しまもと解読
俺たちの相手をしてくれた3人のメイドさんは、全員で「行ってらっしゃいませ」とエレベーターまで見送ってくれた。
もちろん我々だって馬鹿ではないので、実際にミウたそが猫と人間のハーフだなどとは思ってはいないし、裏ではもしかしたらキモがられていて、今ごろリンナさんやカナちと陰口を叩いているのかもしれないという気持ちは少しはあった。が、ミウたそは可愛くて優しくて癒されたということは紛れもない事実なので、それだけで満足した。俺たち3人の野郎どもはデレデレしながらメイドカフェを後にした。
ミウたそは欅坂46の人に似ていたのだが誰だか思い出せず、誰だっけと話していたところ、ヨドが推測するに菅井友香という人らしいという結論に達したところで、ソータは「あれ?」と口にした。
「あれ、うちのクラスの島本とちゃうか?」
なんメートルか先に、見覚えのあるツインテールの後ろ姿が見えた。確かにあいつは島本だ。俺は、目が合わないように遠くの方を見た。この間の件があるので気まずい。
「こんなとこ来て、何しとるんやろ?」
この辺りは繁華街で、建ち並ぶ店舗のほとんどはバーやキャバクラなど夜のお店で、本来はあまり高校生が来るべき場所ではない。メイドカフェに年齢制限はないものの、ほんの少しだけ、大人っぽい場所に入るという冒険心があったからこそヨドの提案に乗っかった部分もあった。
「おい、島本、何しとんねん、こんなとこで」
ソータは単刀直入に話しかけた。こいつのこういう性格は、俺が見習わなければいけないところかもしれないな。
「うん、ちょっと……。人を待ってて」
島本は、スマホをいじりながらそう返した。ソータは少しだけ首を捻っていたが、「あ、そう」と言って、「帰るか」と、俺とヨドの方を見た。ヨドはもう少しこのあたりを探索するとのこと。俺はソータと共に帰ることにした。
「ああ、俺、バイトあるから、どっちにしても帰らなあかんし」
と、立っている島本を通り過ぎようとしたところを、「あ、本口くん、ちょっとだけええかな?」と呼び止められた。ソータは「え?何?なんの用?」と首を突っ込んできたが、島本にあっさりと「岸辺くんは関係ないねん」と跳ね返された。やっぱりこいつを見習ってはいけないかもな。
「じゃ、ごゆっくり」と、ソータは1人で帰って行った。何か勘違いをされているような気がする。
「えーーーっ、と…………」
何をどう切り出せば良いのかわからない。この間は喧嘩別れのような形になっていたが、どうしてあのようになったのか、あれから自分なりに考えてはみたが整理ができなかったし、LINEで問いただしたりなどすればますます逆鱗に触れかねない予感がした。
「……………」
無言が1分ほど続いたのち、ついに島本の方から口を開いた。
「こないだのこと……やけど、…………」
言葉に詰まりながら、島本は、長いツインテールを思い切り振り乱して、頭を下げた。
「ほんっまに、ごめんっ!」
頭が下がっているので、顔は見えない。ここまで来てやっときちんと、俺は島本の頭にきちんと目線を合わせた。ぐすん、という音が聞こえた。鼻をすすったのか、それとも泣いたのか。前者であってほしい。理由はさっぱりわからないが、もし女の子を泣かせたのだとしたら、なんとなく辛い。
「あの、……謝らへんくてええから、なんでここにいるん?それだけ教えて。この時間にここに来てもメイドカフェくらいしか開いてへんかったで?」
「うん。……ほんま、ごめんな……」
「謝らへんでええって」
「えっと……」
なんとか落ち着いてくれたらしい。俺の方も、気持ちが落ち着いて、島本の顔を見られるようになってきた。ホッとしたような表情をしている。なんだかわからないが、その一瞬、かわいい、と思った。
世の中には可愛い人はたくさんいる。麻倉ももやミウたそや欅坂のゆっかーは可愛いし、エロ本に出てくるセクシー女優の皆様ももちろん可愛い。でも、そういうのではない。なんだこれ。
ぼんやりしていると、島本はぽつりと話し出した。
「ウチの親、このへんで働いてんねん。ウチ、パパしかおらんねん」
「パパ……、あ、ああ、オトンか」
オトン・オカンではなく、パパ・ママと呼ぶ家庭で育ったのか。そして、離別か死別かはわからないが父子家庭のようだ。謎だらけだった島本について少しだけわかった。なぜか、ちょっと嬉しい。そして、もっと知りたい。俺は黙って聞いていた。
「パパは若い頃からバーテンダーで生活が夜型やねん。夕方6時に起きて、ウチが起きるくらいの時間に帰ってくる。ウチの門限が6時なんは、パパが出勤前にウチの顔を見たいから、っていう理由。アホやろ?」
アホやろ?と同意を求められても、俺は島本のパパ上を見たことがないのでなんとも言えないのだが、「ああ」と生返事をした。
「でも、高校生やねんから、たまには夜出歩いたり、ちょっと遠く行ったりしたいやん。パパは過保護やから、ウチが遊びに行ったりすんの、嫌がんねん。で、心配性やから、友達と行くってゆうても、女子ばっかしやったらあかんとか。時代錯誤やねん」
だいぶ謎が解けた。だから、男子である俺を誘って、夜のイオンとか、ちょっと遠いイズミヤとかに行ったのか。
「最初に本口くんがエロ本買ってるん見た時は、そのことでパパと喧嘩しててん。で、勢いで家出て、でも途中で怖なって、7駅先までで下りたのが正直なとこや」
「じゃあ、別になんか目的があってあそこ行ったわけとちゃうんや?」
「うん。散歩するつもりもなかった。その晩、普通にパパと仲直りしたし。イオンに行った日は夜遅かったけど、あの時はオープン前の知り合いのバーの手伝いに行ってて何日か家におらんかってん。バーテンダーって横の繋がりが強いらしくて、そうゆうの多いねんて」
「……そうなんか」
島本のパパって、どんな人だろう。いや、それよりもこの、ちい散歩ならぬしまもと散歩は、今後も放送されるのだろうか。
「……で、その散歩は、いつまで続けるん?」
その問いに対し、島本はしばし考えて、こう答えた。
「フィッシャーズはモトキ派やな」
ああ、そんな話を振ったっけ。いや、今はその話はしていない。モトキってダンスが上手くてあんまり出てこないレアキャラの人?あ、それはザカオか。
「また、LINE送るわ。送ったり送らんかったりでごめんな」
そう言って、島本は繁華街へと消えて行った。まだ夕方の5時過ぎだというのに暗くなってきた。
長いこと立ち話をしていたせいで、指先が悴んでいた。冬は苦手だ。2月がまだ20日以上も残っていると思うとうんざりした。2月なんて早く終われ。
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