CIGARETTE

学校はもちろん、バイトを始めたことについては親にも内緒だ。保護者の同意書というものを出すように言われたが、実はソータに頼んで、彼のお兄さんに代筆してもらった(※真似してはいけません)。お兄さんとは高校生になってからは一度も会ったことがないが、浪人生らしい。受験シーズンの今は日夜ずっと猛勉強しているとのことで、そんなお忙しい中で申し訳なかったのだが、隠し事がバレても困らない人としては、いちばん身近な大人だったのだ。


「ただいま」


「たっくん、今日はえらい遅かったやないの」


もう高校生なんだから、たっくん、はやめろよ。全く。うちのオカンは、いつまで俺のことを子供だと思っているのだろう。


「ああ、ちょっと、友達と喋っててな……」


中学生の頃なら「うっさい。ほっとけや」などと返していたものだが、反抗期はもう過ぎた。最近は、ちゃんと「ただいま」と言うし。俺も丸くなったものだ。


「冷蔵庫に肉じゃがとかサラダとかがあるから、テキトーに食べや。今日はお父さんが早よ帰ってきたから、たっくんが帰ってくる前に晩は済ませたんや」


オトンは、流し台の手前で新聞を拡げてタバコを吸っている。


「お父さん、何本吸うねんや。臭いわ。なんやっけ?アイコスとかゆうのに変えたんちゃうん?煙たないやつ」


オカンが鼻を摘まんだ。


「あれは、どうも吸った気がせんのや。やっぱり、こっちに戻ってまう」


オカンと逆の方を向いて、オトンが煙を吹き出した。どこで吹き出そうが、台所のどこかに副流煙は散らばっていく。


「なあ、たっくんも思うやろ?タバコなんか吸うても、何も得あらへん」


だから、たっくん、はやめろ。


「うん」と生返事をして、温まった肉じゃがとよそったご飯と冷蔵庫から出したサラダの乗った皿をテーブルに運び、すぐに食べ終えた。いつもより食のペースが早い。やっぱり、労働の後のメシというのは美味いものだな。労働といっても、ひたすら同じことをぼやいていただけだが。お世話になっております、株式会社ハードエニイの代理店ユーエイの本口と申します……。


山崎さんの胸ポケットのAMERICAN SPIRITという文字が脳裏をよぎった。俺も会社で働くようになったら、タバコを吹かすのが気持ち良く思えたりするのだろうか。


「たっくん。お風呂上がったら換気扇付けといてや」


だから、たっくん、はやめろっての。

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