エロ本収集家、バイトを始める
今までアルバイトというものをしたことがなかったのだが、それにしても、やけにあっさりと事が決まるものなのだな。正直なところ拍子抜けというか、びっくりした。形式的な面談はしたものの、週に何回くらい入れるかとか病気はあるかとか、月なん万くらい稼げたら満足かとか、そんなことだけで終わった。履歴書にはそれっぽいやる気アピールを書いたのだが、たぶんろくに読まれていないのではないか。まあ、志望動機なんて、金ほしい、それだけしかない。自己PRなんて、少なくともバカ校ではないそれなりに偏差値のある高校に通っている、ということくらいだ。
最終的に俺がどういうバイトを選んだかといえば、テレアポだ。与えられた書類の文面どおりに相手に電話で話せば良いという、誰にでもできる仕事なのだそうな。成功すれば、高校生バイトでもインセンティブがもらえるらしい。インセンティブが何かはよくわからないが、とりあえずプチボーナス的なものがもらえるようなことを聞いた。
少しくたびれたビルの3階にオフィスがあった。外からみたら、ただのアパートの一室の玄関みたいだ。ドアの脇に社名のプレートが掛かっていなかったら、まるで気づかなかっただろう。会社というのはどこでも、立派な建物を構えているものだと思っていた。
ここは株式会社ハードエニイの子会社の、株式会社ユーエイ。ハードエニイの代理店業務を行っているらしい。ハードエニイは俺でも知っている。スマートフォンを売っている会社で、しょっちゅうCMを見かける。
社員の方は、高校生の俺ごときに対してきびきびと「はじめまして山崎(やまざき)です。よろしくお願いいたします」と挨拶した。そんな改まった挨拶に慣れていない俺は緊張してしまい、「よっしくおねがいしやす!」などとたいへん無礼な返しをしてしまった。間違いなく俺より10歳は上だと思うが、おじさんと呼ぶには若々しすぎる。かといってお兄さんでもない。カッターシャツの胸ポケットに、AMERICAN SPIRITと書かれたタバコの箱が見えた。
山崎さんによると、ユーエイは今後は事業を拡大し、電気にも手を出すのだそうだ。電力自由化がどうとか言われたが社会の話はよくわからなかった。そして、ハードエニイのスマホを既に契約しているお客様には、通常よりも安く電気料金をご案内しますよ、だから契約しろ、と電話で言うのが、我々のお仕事らしい。社員にはノルマがあるが、バイトにはないのでご安心を、などと言われたが、信憑性は低い。
オフィスの中にはパソコンデスクがずらりと並んでいた。各デスクに1つずつ電話器が配置されていた。椅子に座ると、1枚のコピー紙を渡された。まずはそのコピー紙に書かれている通りに読んでください、と言われ、それに応じた。
「お世話になっております。株式会社ハードエニイの代理店ユーエイの本口と申します。先日は、ハードエニイのスマートフォンをご契約いただき誠にありがとうございました。本日はお客さまに、お得な電気サービスのご案内を……」
しばらく1人で復唱した後、今度は、山崎さんに電話をしているつもりで、感情を込めて読んでくださいと言われた。小学校の国語の宿題で出た音読みたいだ。まさか高校生になって音読をやらされるとは。しかしその行為は、この業界ではロープレと呼ぶらしい。コピー紙のセリフをひたすら喋った。もともと、6行ほどの短い文章である。記憶力が良いわけではない俺でも、繰り返し口にしていれば、身体が覚えてくる。
結局、バイト初日は、それだけで終わった。時給1500円で3時間、日給4500円。シフトの融通はかなり効かせてくれるらしく、根気がない俺は週3とか週4では入れないだろうということで、週1、水曜日のみ、ということにしてもらった。4500円が月3回くらいとして、13500円くらいか。まあ、親からもらっている8000円と足せば、20000円を超える金額だ。悠々自適である。マクドでは安いハンバーガーかチーズバーガーばかり食べていた俺だが、今後はマックグランが食える。ちなみに関西人もマックグランのことはマックグランと言う。マクドグランとは言わない
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