エロ本収集家、ドトールでテスト勉強をする

空腹に耐えることやっと2時間。やっと『シュガー・ラッシュ:オンライン』が終わった。最後まで観たら、なかなか面白かった。しかし、映画館なんて、小さい頃に親と観たクレヨンしんちゃん以来なのではなかろうか。なんとなく、洒落たことをしているような気分になった。


「ごめんな。お腹すいた?」


「うん。めっちゃ。帰っていい?」


つまりは、ひとり映画館が気まずいから、誰かに一緒に行ってほしかっただけだろうと俺は思っていた。


「あかん」


「なんで?」


「夜更かししたいから」


「夜更かしぃ?」


やっぱりよくわからない。


「とりあえず、ここで何か食べようや」


「え?4階で食べるん?」


イオンの飲食コーナーは2箇所ある。ひとつは、2階にある、ソータとヨドと3人で麻倉ももの話をしていたフードコート。マクドナルドやミスタードーナツ、サーティワンアイスクリームなどの軽食が中心で、俺たち高校生がいつも行くのは断然こっちの方だ。


もうひとつは、少しお高めな値段のメニューが並ぶ、ガチな専門店街。基本的にファミリー向けの店舗が多い。鎌倉パスタ、カプリチョーザ、いきなり!ステーキ、塚田農場、……やっぱりどこも、無職の高校生にはきつい。


「まだ8時半やから2階開いてるやろ。マクドでええやん」


俺の提案に、島本はあくまで首を横に振る。


「そんなん、いつもと一緒でおもんないやん。ウチは今日、普段せえへんことをしたいねん」


「金が……」


映画の1000円さえも痛いのに、これ以上の支出はなるべく避けたい。親に昼メシ代込みで月8000円もらっているが、ただでさえ、マクドでの交際費とエロ本代で逼迫しているのだ。以前オカンに10000円へのお小遣いアップを交渉したが、2学期は英語の成績が下がっていたので認めないと言われた。


でもたぶん成績が上がっても、うちの親はお小遣いを上げてくれないだろう。俺ももう高校生だ。昔はモルツが好きだったオトンが金麦ばかり飲んでいる理由がなんとなく察せるようになってきた。


結局、間を取って、ドトールに入った。島本は最初は不服そうだった。コーヒーなら映画館で飲んだからもういい、と。しかし、かぼちゃタルトを奢るから、ということで納得してもらうことにした。やっぱりなんとなく、ちょっとだけカッコつけたい。


「じゃ、テス勉はじめよか?」


そう言って島本は、ノートと筆箱をカバンから取り出した。ああそうか、もともとはテスト勉強がどうこうという話になっていたのだった。白いカバンには、スチュアートのキーホルダーがぶら下がっている。


「学校のカバンには付けられへんから」


島本は嬉しそうに、俺にカバンを見せつけた。白地に赤いマジックで書いたような、H&M、という文字がある。H&Mってなんだ。ほっともっとの略だろうか。


うちの高校は校則が厳しく、通学には学校が指定しているカバンしか使ってはいけない。カバンにキーホルダーやバッジを取り付けることも禁止だ。休日である今日は、少しは自由でありたいということか。


そういえば以前に、ソータが髪を染めてみたいと言っていたことがある。俺も、その気持ちが全くないわけではない。別に金髪になったからといって、いきなりヤンキーになれるわけではないだろうが、なんとなく、違う自分に変われそうな気がする。


しかし、違う自分に変わるよりも、今は目先の英文を訳さねばならない。


「これで合ってる?」


問題集の問いは、食後にタバコを吸わないことにしてみよう、という文章を英語にしなさい、というもの。それに対する俺の回答は、I try quitting smoking cigarette after a meal.、だ。


「ちゃう。2箇所、間違ってる」


「え?マジで?嘘?」


完璧な回答のつもりだったのだが。食後、を意味する、after a meal、という熟語もちゃんと覚えていたし、cigaretteのスペルも間違っていないはずだし、ピリオドもちゃんと書いたぞ。


「try ~ingは、既にしている状態で使う文法やねん。この場合は、タバコを吸わないことにしよう、やから、try to~を使う。だから、I try to quit smoking after a meal.、が正解。あと、smokingだけで喫煙するって意味になるから、cigaretteは付けんでええねん」


「英語って、ややこいなあ……」


アルファベットの羅列をたくさん目にして、頭がクラクラしてきそうだった。


映画館は夜中まで開いているが、それ以外のテナントは夜の10時で閉まる。俺は別に構わないのだが、島本は女子だ。門限とかはないのだろうか。向こうから何も言ってこないので気にしなかったのだが、もうちょっと早く訊いておくべきだったかもしれないな。すると、なぜか嬉しそうに、こう答えた。


「今晩は、親が仕事やから」


「え?じゃあ、メシとか洗濯とかは?」


「ウチが1人でお留守番。そういうの、たまにあんねん」


うーん。


話せば話すほどに、島本見歩という子の事情が、よくわからなくなる。どういう家庭でどう育っているのだろう。仕事といっても、もう夜おそい時間だし、今日は土曜日なのだが。親御さんはブラック企業にお勤めなのだろうか。


気にかかることは先週よりも増えたが、単語の問題を出し合っているうちに彼女の家の近くに着いたのでさっさと別れた。最後に見せつけられたH&Mの文字が目蓋にこびりついて、げっそりしながら帰った。英語を覚えることにしよう、I try to remember English……。ああ、これもどこかを間違えているような。

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