しまもと散歩(2回め)

2回めとなる「散歩」は、イオンの4階にあるゲームセンターから始まった。


「いける……いける!いける!いけ……あああっ!ちょ、なんで?……最悪や」


ミニオンズのぬいぐるみのUFOキャッチャーを前に、島本は不機嫌な顔をした。プレイする前はこちらを向いて笑っていた推しのスチュアートは、キャッチャーから遠ざかって、そっぽを向いてしまった。スチュアートというのは、1つ目で細長いあいつのことらしい。ミニオンは知っていたが、あいつら個々の名前は知らなかった。


どうやら、巷で一番よく見かける奴がボブらしい。髪がちょこっと生えている奴はケビン、センター分けの奴はデイブというらしい。他にもミニオンについて解説されたが、俺はボーッと聞いていた。島本は映画の1作めが好きらしい。ミニオンはもともと敵キャラで、アンパンマンでいえば、かびるんるんみたいなものだ、とか、なんだかそんなようなことを言っていた。いちおう怪盗グルーというおっさんが主人公らしい。


そんなにミニオンが好きなのに、USJには行ったことがないらしい。ミニオンにも遊園地にも興味のない俺ですら、2回ほど行ったことがあるのに。最初はあんまり記憶にないが、小さい頃に親に連れられて。2回めは中学2年の頃、ソータたちと行った。わりと近いのに、なぜ行ったことがないのだろう。なんとなく疑問に思ったが、特に理由を訊くことでもないと思ってスルーした。


「で、今日はどこ行くん?LINE送る言うてたのに、結局送って来んかったやん」


そういえば、今日の目的地を知られていなかった。だが、返ってきたのは意外な答えだった。


「ここ」


「……え?」


「ここ。イオン」


「……はあ?」


このイオンなんて、今まで何百回も訪れている。なにしろ俺はピカチュウのベビーカーに乗ってブイブイ言わせていた頃から15年来の常連だ。大抵の店舗の配置を覚えているし、火曜市の目玉商品の51円のコロッケは夕方5時半には売り切れるから早めに買わないといけないことも知っているのだ。先月あたりに引っ越してきて今日ここのスーパーのレジのバイトを始めたおばさんより詳しいぞ。


「イオンって、夜遅まで開いてるやん?」


「うん。11時とかまで開いてたと思う」


「映画館やったら、レイトショーとかあるやろ?あれ、12時ぐらいまであるやん?」


「……映画観んの?」


「うん」


1人で観たらええやんけ、と感じたが、口には出さなかった。女の「おひとりさまレベル」は男とは違う、とかいうのをテレビで視た。しかしそれにしても、だったら仲の良い女子を誘えば良いのではないのか。学校ではいつも数人に囲まれているし、ぼっちという印象はない。友達がいないわけではなさそうだ。いや、もしかしたら裏でいじめられているのだろうか。よくわからない。


詮索したい気持ちはあったが、同時にめんどくさくもあった。別に映画に興味があるわけではないので、1000円マイナスになるのは痛い。やっぱりバイトしよう。くそっ、エロ本がバレただけでどうしてこんな目に遭うのだ。


「お金?出すよ?」と言われたが、女子に奢られるというのもなんとなくダサい。別に島本にカッコつけたところでしようがないのだが。


公開されている映画の中で俺が辛うじて興味をそそられるものは『ドラゴンボール超ブロリー』だけだったが、島本は『シュガー・ラッシュ:オンライン』が観たいと言った。


「じゃんけんで決めよか」


「いんじゃんほい!」


いんじゃんほい、というのは、じゃんけんほい、の関西ふうの言い方である。いん、が何なのかは俺にもわからない。


負けたので、『シュガー・ラッシュ:オンライン』の吹替を観ることになった。前作を観ていないのに大丈夫かと俺がまだ渋っていると、何が根拠かはわからないが、というかたぶん根拠なんかなさそうだが、島本は「大丈夫大丈夫」と繰り返した。「HIKAKIN出るから。変顔してくれるから」いや、HIKAKINの顔は出てこないだろ。


しかし、映画館のメニューというのは何故あんなにも高いのだろうか。諦めて何も買わずに入ったから、観ている間に何度も腹が鳴った。メシが食いたい。


島本は何やらコーヒーを飲んでいた。HIKAKINの声は出てきたが、ブンブンハローユーチューブとか、登録登録登録うう~、というセリフはなかった。当たり前だ。

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