エロ本収集家の日常

いつも通り、始業30秒前に教室へと入った。きっちりと30秒前に登校するのが俺の偉大なところである。それよりも早くも遅くもない。朝はきちんと3度寝し、頭をすっきりさせてから1日をスタートさせるのだ。まあ眠いだけだし、実際には頭はいつまでもぼんやりしているのだが。


「おいエグチ、後で、貸せよな」


前の席に座っていた男が俺に話しかけた。主語をあえて言わずに用件のみを伝えられたのだが、要するに、俺が入手した悦楽バッファローを貸してくれ、という意味だ。


こいつは中学の頃からの同級生で、岸辺爽太(きしべ そうた)という。名前に「爽」という字が入っているが、少なくとも顔面はちっとも爽やかとはいえず、目ヤニが付いている。こいつ今日も顔を洗わずに出てきたな。爽太じゃなくて、ソータと呼んでいる。いやまあ、音にすればどちらも一緒なのだが。


「ああ、持ってきた」


速やかに要点だけを答えた。ここは神聖なる教室であり、ここにいる人間の半分は女性なのである。エロ雑誌の名前をデカい声で喚くなど、恥ずべき行為である。俺たちは紳士なので、この取引についてはあくまで内密に行っている。悦楽バッファローの上下を教科書で挟んで、誰にも気づかれぬように素早く机の引き出しに入れた。


ところで、俺の本名は「もとぐちこう」なのに、なぜソータが俺のことを「エグチ」と呼んだのかについて説明しておかねばなるまい。


前に話した通り、俺の名前を漢字で書くと「本口工」となり、逆から読むと「エロ本」になってしまう。中学生になったばかりの頃に仲良くなったソータを始め、友人からは当初は「エロス」と呼ばれていて、1年生の頃は俺自身も面白がって気に入っていたのだが、ある時になんだか虚しくなって、新しいあだ名を考えようぜ、という話になった。そこで、旧名の「エロス」から「エ」だけを残して、本名から「グチ」の部分を切り取ってくっつけて、「エグチ」なわけだ。


今まで、江口という苗字の男子が同じクラスにいたことはなかったので、他人と紛らわしくなることもなかった。


島本はクラス内では、活発なタイプと大人しいタイプとのちょうど中間みたいな存在だ。これといって目立つことも浮き立つこともなく、どのグループともそつなく仲良くできるような人間だという印象。


昨日のことがあるので、俺はチラッとだけ島本の方を見た。何の話題だかはわからないが、特にテンションが高くも低くもない感じで、まあまあ楽しそうに話していた。


秘密についてはたぶん、ちゃんと守ってくれていると思う。周りの女子には活発なタイプの奴もいるが、特に俺をジロジロ見たりなどはしてこない。良かった。安心したところで、古典の教科書を忘れたことに気づいた。後で隣のクラスの奴に借してもらわなきゃ。

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