8 テオ、単身赴任の寂しさを嘆(なげ)く


 先日の話である。


 ハートレス部隊の長であるテオは、城内で竜騎手の一人に呼びとめられた。報告のついでに資材置き場に寄っていこうかとしているところだった。


「テキエリスの姫君のご夫君というのは、貴様か?」

 じろじろと無遠慮に見てくるので、テオも相手を観察しかえした。繁殖期シーズンにだけ王都に出てくる、名ばかり騎手といったところか。年齢は自分と同じか、ちょっと若いくらい。女児向けの絵本に出てきそうな、目にも眩しい典型的なライダーの美男子である。 


 妻の実家の名前を出され、テオは「そうですけど。俺になにか用ですか?」と尋ねた。男は先日の夜会で妻を見かけて一目ぼれしたらしく、長ったらしい詩歌のような状況説明をした。


「納得がいかん……顔だけでもと思って見に来たが、なんということはない普通のハートレスじゃないか……」

 ライダーはぶつぶつと自分勝手な文句を述べた。「そもそも、ライダーとハートレスという組み合わせ自体が、竜祖のお導きを冒涜ぼうとくしている」


 ライダーである妻と結婚してはや十年。こういう難癖なんくせには慣れているので、テオは肩をすくめて軽く返した。

「いいじゃないすか、よそはよそ、うちはうちですよ。夫婦の組み合わせが気に入らないからって、いちいち文句をつけてまわるのは不毛ですよ」


「なぜなんだ! 彼女のような可憐な姫君が、貴様のような筋肉ダルマを選ぶなんて!」

 男は大げさな身ぶりでうれいた。「たとえるならば彼女ははかなげに揺れる一本のスズラン、そして貴様は花を蹂躙じゅうりんする牛」


「筋肉ダルマだの牛だの失礼な。綿入りの防具キルティングジャケットで着ぶくれしてるだけなのに」

 テオの抗議を、男はまったく聞いていないようだった。


「なにか、彼女の弱みでも握ってるんだろう!? そうに違いない! どんな汚い手を使ったものか、お父様に調べさせるからな! 覚えていろ!!」 


 ♢♦♢


「……って言って、走り去ったんですけどね」

 

 男同士の、気の置けない飲み会@城下の居酒屋。場もずいぶん盛りあがって、今の話題は「最近のヤバかった出来事」だ。テオは火酒をちびちびと舐めながら、もったいぶって続けた。「それでヤツに言いそびれたんですよ……うちの奥さん、いま出張中だってことを……」


「えっ、出張中?」

 隣に座っていたスタニーが問い返し、別の兵士が問うた。「じゃあそのライダーは、夜会でいったい誰を見初みそめて……?」


 テオは効果的な間を置いてから、答えた。「おそらく、宮仕みやづかえをしているうちの義兄あにじゃないかと」


「「キャーッ!!」」

「怖い! その話、めっちゃ怖い!!」

「ロギオン卿、逃げてー!」

 ハートレスたちはきゃあきゃあと、年頃の娘のように騒いだ。

 メンバーはいつもの独身男ばかりで、みな勤務後の酒と食事を楽しみに集まっている。酒を飲まないケブやミヤミは、「さっさと食事を済ませて寝たい」とかで、顔を出すことは少ない。

 この話は自分でも鉄板だと思っていたので、男たちの反応にテオは気を良くした。


 しっかし、あの義兄は本当に、美貌が幸運をもたらさない典型例だなあ。外見がはかなげな美女に見えるだけで、中身は妹思いの普通の成人男性なのだが。



「だけど、奥さんが出張中っていうのはさみしいね」

 男たちのバカ騒ぎから一人はなれて、リカルド・スターバウが穏やかに言った。剣術指南の慰労ということでつきあってくれているが、酒飲みではなく、今日も肉の少ない牛シチューに薄いエールという粗食を口に運んでいる。そういうふうにフィルバートに似ているところを見つけるので、テオはこの剣豪に会うといつも不思議になる。血のつながりよりも濃いナントカ、というやつなのかもしれない。


 子どもの面倒を見るのが苦にならないタイプのようで、今も酒場女たちに囲まれたマルをちらちらと確認していた。そのマルは、子ども向けにひき肉で作ったミートパイをよそってもらって満足そうだ。


「そうなんすよ。仕事を応援してやりたい気持ちはやまやまなんですけど、離れて生活するのが寂しくて」

 テオはため息をついた。兄であるロギオンが王都から離れられない分、妻セラベス

がかわって領地におもむくことが多い。また大学の仕事もあるので、部隊の長であるテオ以上に多忙な妻なのだ。最近ではこうやって単身赴任の状態も長くなりつつあって、夫としてはつらいところだった。

 こうやってたびたび飲み会を開いているのも、妻と離れた生活の寂しさを埋めあわせるためというところもある。


「奥さんもそう思っているかもしれないね」

 リカルドは優しく言った。「どういうふうに生活していきたいか、一度、二人で話してみるといいよ」

「そうですかねえ。でも、おたがい責任もある立場だし」

「だとしても、どちらかが何かを変えれば、もっと二人で過ごせるようになるかもしれない。やってみて損はない」

 そう言って、テオの拳をぽんぽんと叩いた。「……死ぬ間際に、もっと仕事がしたかったと後悔する人は少ないよ。愛する人ともっと過ごせばよかったと皆、悔やむものだ」


 なるほど、たしかに、そうかもしれないなぁ。

 串焼きの羊肉をほお張りながら、テオは先達の言葉にうなずけるところがあった。夫婦二人とも責任を負いがちなところがあるし、知らず知らず仕事を抱えこんでいたのかも。



 しばらく歓談が続いたが、リカルドは「さて」と立ちあがった。

「そろそろ失礼するよ。マルはもう寝る時間だからね」

「宿屋まで送りますよ」

「ありがとう、だが暖かい夜だし竜車はいらないよ。歩いて帰るから、気にせず続けてくれ」

 二、三の事務的なやりとりのあと、テオはふと「いつご出立ですか?」と尋ねた。明日にでもふらっといなくなるタイプに見えたからだが、リカルドは意外にも「一週間ほどは滞在するよ」と答えた。


「まだ、王都でやることが残っているのでね」


 それが何なのか気になったが、テオが確認する前に元〈剣聖〉は立ち去った。秘密主義なところもフィルバートそっくりだ。


「あの人、今ごろどうしてんのかなぁ」


 一人つぶやいて、テオはまた火酒をあおった。



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