7 ヴィク、竜殺しの剣を賭けてケブと対決する

 ヴィクトリオンはここのところ、つねになく多忙だった。


 従兄いとこにあたる国王デイミオンから、特別な任を受けたばかりである。数日中には出立が迫っていて、準備に追われていた。


 しかし、いついかなる時でも剣の稽古は絶やさない、というのがヴィクのモットーだ。単に、師であるフィルバートの真似ではあるが。


 そういうわけで稽古場に顔を出したら、リカルドとマルがいた。ヴィクたち兄弟が城に呼びだされて、宿屋で別れてから数日とっていない。


「どしたの、リック……って、ああ、わかった」

 雰囲気からだいたいの事情が想像できて、ヴィクはひとりうなずいた。「剣術指南、頼まれたんだ? お疲れさん」


「そうなんだ。しかたなくね」

 困ったように剣を受けとり、重さを確かめるように腕を伸ばす。柔和な顔が、一瞬で剣の道に生きる男の表情になる。リカルドのそんな様子が、孫弟子のヴィクにはしびれるほど格好よく見える。


 周囲に「どうしても」とわれ、剣を教える自分の未来図が、ヴィクの脳裏にまざまざと浮かんだ。

 ――『そうなんだ。しかたなくね』……


「ふふふ」

 なんてことだ、俺、超かっこいい。

 ヴィクは手をあごにあて、一人にやけた。



 指導がはじまると、兵士たちはヴィク同様の羨望のまなざしでリカルドを見守ることとなった。一人目は女性兵士のリーリンで、双方とも型通りに動きながらしだいに激しく打ちあった。リカルドの剣はまったくの基本通りなのに、見るものを惹きつける力があった。落ちつきがあって、まったくブレない上半身の動きがフィルに受け継がれている。


「おお~、さすが我が師の師。やるなぁ」

 感心してつぶやく。

 すでに稽古志願者が列を作って待っている。普段リックにもフィルにも稽古をつけてもらっているので、ヴィク自身は遠慮することにした。それに、今日は別の用件があるのだ。いま思いだしたけど。


 めったやたらに木刀を振りまわしているマルを兵士の一人にまかせ、ヴィクは目当ての人物を探した。「ケヴァン」

 あらたまって呼びかけると、稽古をつけてもらうために剣を用意していた黒い頭がふり向いた。「何すか」


「おまえがフィルバート卿から受け継いだ、〈竜殺し〉の剣……その剣をかけて、俺と勝負しろ」

 ヴィクが指さしたのは、ケブの手にあった稽古用の剣――ではなく、彼が腰に佩いたもうひと振りの立派な剣だ。


「えっ、今すか?」ケブは要領を得ない顔になった。「この剣ならずっと俺が持ってますけど、なんで今ごろ?」


「男の勝負に、タイミングは関係ない……」

 ヴィクはもったいぶって首を振った。「俺が今だと思ったときが、そのタイミングなんだ」


 大貴族の嫡子であるヴィクと、一介の兵士であるケブ。両者にはかなりの身分差があるが、ともにハートレスであることと、フィルに剣技を教わったという点が共通している。少なくともヴィクのほうでは、かれを兄弟弟子(という名のライバル)とみなしていた。



「え~なになに~」

 まだまだ新人の兵士、トールがやってきた。年齢が近いせいもあって、ヴィクとも親しく、気やすい仲だ。ちょっと口が軽いのが、玉にキズ。

「閣下、やっぱ剣ほしくなったんですか? こないだお部屋片づけてたら、陛下からもらった銘ありの剣がびちゃってたんでしょ? 手入れが悪くて」

「わっ、トール、やめろよおまえ」

「そうなんすか。それで新しい剣を……」ケブがわかったようにうなずいた。


「ち、ちがう!! 剣が錆びたとかじゃない! 俺はもっと崇高な理由で……!!」


「いや、欲しければ剣、あげますけど」ケブは淡々と言った。


「おまえはなんで、そんな淡白なんだよ!」

「別にそんな大事にしてないんで……替わりの剣と交換とかでいいっす。鞘はまだ新しいんで、買い取ってもらえます?」


「それじゃダメなんだ! 〈竜殺し〉の剣だぞ!? おまえに勝って譲ってもらうんじゃなきゃ、かっこ悪いだろ!!」


「はァ……よくわかんないすけど……」

 ケブは首をひねったものの、こう言った。「じゃ、勝負します?」


「そうこなくちゃな」

 さっきまでの子どもっぽい言動はどこへやら。ヴィクはそばかすの残る顔を片手で覆い、不敵にほほえんだ。

「たがいに切磋琢磨しあう〈竜殺し〉の弟子同士とはいえ、三代目『剣聖』の座を継ぐのはただ一人。わが妙技にしびれるがいい――いや、真の剣士に、こんな御託ごたくは不要か……」


「わあー閣下また難しいことしゃべってるー」

 トールは無邪気だが、マルの面倒を見ていたスタニーのまなざしは生暖かかった。


「一節(12年)もてば、ベッドの上で思いだして恥ずかしさにのたうち回るやつだな」


***


 勝負はあっけなくついた。


「負けた」

 ヴィクは大の字に寝転がり、ぼそりと呟いた。「なんでだ」

 試合には負けたが、別に倒れるほどやられたわけでもなく、単にやる気が尽きただけである。


 最初の打ちこみから、たがいの技量を探りあう小手試しへ――とはならなかった。二太刀目に、なんかよくわからんのが来て半歩下がったのが敗因だった。様子見しないのかよ! 勝負つくの早すぎだろ。フィルそっくりの、嫌らしいやり口だ。



「いや、普通に俺のほうが、剣やって長いじゃないすか」

 ケブのほうは、ほんの準備運動とでもいった顔をしているのが、また悔しい。息ひとつ切らすことなく模擬刀を棚にしまっている。


「俺もフィルに剣習ったのにー! なんでだー!」

 腹筋だけでぴょこんと上半身を起こし、ヴィクは叫んだ。


「俺はこれが仕事なんで……」

「あっ! ちょっとかっこいい言い方した! そういうのムカつくー」

「はいはい」


 かれらの背後では、リカルドが三人目の挑戦者を打倒したところだ。さすがは〈竜殺し〉の師匠というべきか、こちらもまだまだ余裕がありそう。ミヤミは五番目あたりにわくわくと待ちかまえているが、そこまで体力がもつものだろうか。――いや、おそらく心配はあるまい。


 

「やれやれ」マルがわかったふうに呟き、首をふった。「僕やっぱり、おしっこに行こうかな」

「おっ、こっちの閣下はえらいですねえ~。ちゃんと自分のことがわかってて」

「やめてあげなさい、トール」

 トールがからかい、スタニーがいさめる。普段どおりの、にぎやかな訓練光景だった。


***


 ヴィクことヴィクトリオンはこの直後、王命によってある人物を探すため、西部を旅することとなった。その旅は大変にはちゃめちゃであり、王都にちょっとした伝説を作ることになったが、それはまた後のお話。

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