残された人たち 後半

6 リカルド、ハートレス部隊に駆り出される(マルもいっしょ)


 リカルド・スターバウは野外が好きで、格式ばった場所が嫌いである。


 そこそこ広く豊かな土地の領主だったこともあり、腰を落ち着けてまじめに働いていた時代もあるが、その日暮らしの流れ者のような生活のほうが性に合っている。


 今は領地経営からは一線を退しりぞいているので、念願だった「旅に暮らす」を満喫まんきつする毎日だ。最近では子どもたちが同行することが多いが、子どもは好きなので、苦にならない。野宿に不慣れで背中にあざを作っていたマルも、上手に寝床をととのえられるようになった。日に日にたくましくなっていく子どもを見るのは、大人にとっての最大の喜びといってよい。ヴィクやナイム、それにかつてはフィルバートも、そうやって成長していったのを思いだす。


 そういうわけで、かれの嫌いな場所のひとつに城がある。

 階級社会の凝集ぎょうしゅうのような場所だし、自然となじまない建築物である城そのものも好きになれない。


「それが、こんなことになるとは」

 首を振ってためいきをつくと、隣のマルが真似をして「なるとは!」と言った。


***


「ちゅうもーーく!!」

 鼓膜が破れるのではと思うほどの大声が、稽古場に響きわたった。うるささに顔をしかめたリカルドの目の先には、屈強な金髪の兵士が一人。ハートレス部隊の現在の長、テオだ。その周囲を、ハートレスの兵士たちが取り囲んでいる。みな同じように屈強で、チュニックに革の防具姿、まさに戦うために鍛えられた剣という言葉がふさわしい。


「ここにおられるのは、剣聖と名高いリカルド・スターバウ様である! 今日は、剣術指南のために特別にお越しくださった!」


「なにが『お越しくださった』だよ……」

 リカルドはマルの手を引いたまま、小声でこっそりとぼやいた。「秘密にしていた宿泊先を嗅ぎあてて、有無を言わさず連れてきたくせに……」

「びっくりしたよね!」マルが同調した。「僕、おしっこが引っこんじゃった」

「大丈夫か? 今のうち行っておこうか」

「今だいじょうぶ」

「本当かなあ」

 リカルドは、少年のつむじを見下ろして心配になった。この年頃の男児の「大丈夫」ほどあてにならないものはない。



「われらは一本の剣、剣の腕を磨くことこそわれらの存在意義! 閣下の妙技をしっかり目に焼きつけて精進するように! あのを超えるチャンスだぞ!!」

 テオがあおると、「うおおおお」と野太い賛同の声があがった。



「なんだか、ちょっと見ないあいだにずいぶん体育会系になったね……」

 リカルドはおよび腰になりながら、そう感想を述べた。「あの子フィルの時代には、もっとこう殺伐さつばつとしていたと思うんだけど。……いいことなのかな」


「実際の戦場を知らない世代が増えてきましたからね」

 近くに立っていた顔なじみの兵士、スタニーが柔軟をしながら説明した。「ライダーたちの心臓をあずかる器としての役割もあることがわかり、世間の偏見の目はずいぶん和らいできた。竜の網に感知されない俺たち〈ハートレス〉は、王の守りに欠かせないと重宝されるようになった。安定した職場と見なされて、隊への志望者も増えた。われわれとしてはありがたいことだが、その分、隊全体の練度れんどに不安が残る。……来てくださって光栄ですよ、リカルド卿」


「そう言われると、あの子の育ての親としては弱いね」リカルドはため息をついた。彼自身は竜の心臓を持っているが、ライダーたちからは取るにたらない存在と言われる〈聞く者リスナー〉である。階級主義的な竜騎手たちへの反発はずっと持ってきたし、ハートレスたちの処遇にも胸をいためてきた。


「やむを得ない、半刻だけつきあうよ」


「やれやれ」リカルドの心情を代弁するように、マルが言った。


***


 それで、そういうことになった。

 すでに剣も防具も用意され、中心をあけて隊員たちが円を作っている。マルも子ども用の木刀を貸してもらって元気いっぱいだ。とにかく、なんでもリカルドの真似をしたがるので。


「フィルバートさまの、ご師匠……」

 目をきらきらと輝かせて見あげてくるのは、女性兵士のミヤミである。「ぜったいに強い……戦いたい……」


「閣下! 俺にもお願いします!」「稽古を!」「模擬試合を!」「いえ、むしろ真剣で!!」


「ああ~~~」

 むさくるしい男ども(と、若干名の女性)の熱気に満ちた懇願こんがんに、思わず半歩下がってしまう。「こうなるからイヤだったんだ」


 リカルドはどちらかといえば、もくもくと一人で稽古をするほうが好きなタイプだ。その求道者じみた剣への姿勢は、養子むすこであるフィルバートに引き継がれた。稽古は好きだが、体育会系のノリは疲れる。


「でも、しようがないか……」


 これも、あの男を育てた責任だ、とリカルドは思った。ハートレスたちの居場所となる隊なのだから、どうせやるなら、きちんと稽古をつけてやろう。


 そう思いなおして、手渡された剣を受けとったときだった。


「ん?」

 のんびりと入ってきた青年が声をあげた。「あれ、リックがいるじゃん。マルも。どうしたんだ?」



 稽古用の剣を肩にかついで稽古場に入ってきたのは、つい先日まで一緒に旅をしていたヴィクトリオンだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る