4 ハダルク、古竜との出会いについてナイムに語る(1)

 知っていると思うが、私は中流貴族の出だ。東部の名ばかり貴族で、見習い騎手になるのも苦労したものだよ。


 自分がライダーの能力を持っていると確認したのは十歳の冬だった。近隣の貴族の家に、竜と会わせてくれるように親から頼んでもらってね。


「しっかりした子どもだったんだね」? たしかにね。今だったら、この能力だけで大貴族の養子にしてもらえる道があるけれど、当時はまだライダーの数もずいぶん多かったからね。なるべく早く、将来の計画を立てたかったんだ。


 竜を持てないライダーの家に生まれて、自分の階級を確認するにも、親に頭を下げてもらわねばならない。父はそれでいいと思っていたようだったけど、私は子ども心に悔しかった。自分の子どもには、絶対にそんな思いはさせないと思っていた。


 能力はあるが、コネも資金もない。そういう子どもが成りあがろうと思ったら、竜騎手団を目指すのがいいだろうと考えた。さいわい、見る目のあるご領主が近くにいたから、その家に奉公に出ることにしたんだ。そう、東部の大領主、エクハリトス家だよ。


 エクハリトスの先代、イスタリオン様――デイミオン陛下とフィルバート卿の亡きお父上が、まだご健在だった。二人に似てたかって? ――そうだね、デイミオンさまはお父上似だった。寡黙かもくで宮廷のパワーゲームはお嫌いだったから、そこは陛下と違うところかも。

 小姓として雑用をやっているのを、目に止めてくださってね、「ライダーの能力があるなら」と見習い騎手に推挙すいきょしてくださったんだ。それから、同じ年頃の貴族の子弟たちと訓練を受けるようになったんだよ。


***


 最初の訓練は、ナイムも知っているだろうけど、基本的な〈呼ばい〉やグリッドの術からはじめる。訓練には教官の竜を使うから、建前たてまえとしては自前の竜は必要ない。


 だけど、まわりの子どもたちはもう皆、竜を持っていた。


 私の実家いえには、古竜をあがなうだけの金銭的余裕はないから、しかたなかった。でも自分だけパートナーとなる竜がいないのを、悔しく、恥ずかしく思ったものだった。


 まわりの子が仔竜と絆を育てているのを見て、置いていかれるような気分にもなったしね。訓練では筆頭の成績を残していたが、いつも自信と不安のあいだを揺れ動いていたような気がする。私も気が強かったから、貧乏だとはやし立てられるとムキになったが、内心では辛かった。


 なかでもセゼールというガキ大将とそりが合わなくてね。こいつは、王や諸侯ともつながるような立派なお血筋のクソガキだった。もう、典型的ないじめっ子だったよ。金髪で小太りで、取りまきどもを連れていて。それでいて小心者だから、自分では絶対手を下さないんだ。子分たちにああしろこうしろと指図するあいだのニヤニヤした顔は、いまでも忘れられないね。


「どんなイジメだったの? 大変だった?」って? そりゃあね。

 ……訓練の道具を隠されたり、やってもいない失敗を告げ口されたり、なけなしの小遣いを取られたり。それはそれは陰湿にやられたものだったよ。貧乏だったから、服や持ち物を破損されるのが一番イヤだった。

 そういえば、きみの伯母上――レヘリーン卿が、洋服なんかを一式くださったことがあったっけ。あの人の善行は気まぐれだから、目立つとよけいに妬まれるなんてことはご存じなかっただろうね。


 私も黙ってやられるタイプじゃないし、訓練の場で実力の差を見せつけたり、ヴァーディゴの試合でこっそりやりかえしたりしていたよ。絶対に負けるものか、俺のほうがずっとうまく竜が扱えるんだ、そう思っていたね。


 竜といえば。そう、セゼールは血統書付きの立派な仔竜も持っていて、ヤツはそれが自慢だった。悔しいが、いい竜だった。黒くて大きくて、褐色のかっこいい縞が入っていたんだ。

 実際に炎の竜術を使っての模擬試合ともなれば、セゼールを打ち負かすことに全力を尽くしたよ。やつは竜が自慢だったから、ライダーとしてうまく力を引きだせていないというのが一番こたえると知っていたんだ。やつが地面に転がったのを見て、どんなに嬉しかったことか! それから何倍にもやられ返したけど、気分は最高だった。


「ずいぶん負けず嫌いだったんだね。今の父さんからは、想像つかないや」


 どうだろう。今でも負ければ悔しいと思うけど、長いこと負けていないからね。


「そういうこと言うんだ……なんか、目をつけられるのもわかるよ。ロレントゥス卿みたいな感じ?」


 たしかに、立場は似ているかもしれない。ロールも小さな家の出だからね。でも彼は職務にまじめだし、正義感が強いところもあるから、私より立派だと思うよ。私は、もっと利己的だったし、野心家だった。


 だから今思うと、竜を持てないことへの鬱憤うっぷんを、あの少年に向けて発散していたんじゃないかとも思うんだ。セゼールは本当に嫌なヤツだったんだが、私も人に言えたものじゃなかった。


 竜騎手団に入ったのは、それから少し後になる。そのあいだは見習いとして、イスタリオン卿についてあちこち、飛びまわっていたんだ。それでも閣下のおはからいで、同期と遅れることなく入団することができた。



 セゼールは竜騎手団にいなかった。落ちこぼれめ、いい気味だ、と私は思った。

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