5 ハダルク、古竜との出会いについてナイムに語る(2)


 正式な竜騎手として配属が決まったとき、私は未来への希望と出世意欲に燃えていた。後ろ盾となる金持ちの妻を探して、自分の竜を買うための投資をしてもらおうと思ったんだ。条件に合う女性がいたら、どんなことでもして取り入ろうと考えていたよ。


「そのへん、ちょっと聞いたことあるかも……すごいモテてたとか、女性の家から出勤してたとか」


 こほん。

 誰かな、くだらないうわさ話をおまえの耳に入れたのは? ……まあいい。残念ながら本当の部分もあるよ。


「そのころの騎手団には、母さんもいたんでしょ? ほかの女性貴族より、最初から母さんを捕まえておけば早かったのに」


 それは……ええと……難しかったと思うよ。当時のグウィナ卿は、高嶺たかねの花どころじゃなかったからね。ご夫君とは仲睦まじくて有名だったし。それに私もあまり素行が良くなくて、閣下の心証も悪かった。


 当時は女性の竜騎手も多かったから、彼女たちの前ではそれなりにまじめにやっていたつもりだったんだけどね。グウィナ卿は当時から「黒竜将軍」と言われるくらいで、軍規に厳しかった。「おまえの外づらの良さが気に入らない」なんて言われたっけ。


「母さんが……それも、想像つかないや」

 特別あつらえの黒い長衣ルクヴァで、タマリス中に響きわたるほどの強い〈呼ばい〉を持っていて……強大な力を持っていたし人望も厚かった。女性だということで苦労もしたと思うけど、そういうことを表に出すひとじゃないからね。


「ふうん」


***


 そのころ、所領のほうに一度帰ったのが人生の転機になった。

 なにもない田舎の狭い土地に、親戚の娘が療養に来ていて、彼女はのちに私のつがいの妻になった。彼女は私と同じ貧乏貴族だったから、後ろ盾は見込めなかったけど、それでもよかった。


 私は欲張りだったから、すべてが欲しいと思った。愛する妻も、パートナーとなる力強い古竜も、竜騎手としての栄達えいたつも、すべて。


 そして、思わぬ形でひとつが叶った。とある王都の貴族が、あるじをうしなった古竜を無償で貸与すると申し出てくれたんだ。


 それは、あのセゼールの竜だった。

 セゼールは訓練生のあと肺の病になって、見習い騎手にもならずに自宅で療養していて、亡くなったばかりということだった。

 屋敷にうかがうと、ご両親が遺言を説明してくれてね。なんでも、古竜を私に譲るとの書面が残されていたのだそうだ。ご母堂が言うには、「おなじ竜騎手を目指す訓練生とし、切磋琢磨せっさたくましあい、いいライバルだった」とか、病床で思い出話を語っていたそうだ。


 お悔やみの言葉をならべて、辞退するようなそぶりも一応は見せて、内心は嬉しくてたまらなかったよ。

 理由はまったくわからなかったが、よくやってくれたという気持ちしかなかった。やつの死をいたむような殊勝しゅしょうな気持ちは、まったくなかったんだ。だって、私たちがいいライバルだったなんて、まったくの嘘っぱちだったからね。たぶん、竜をもたない自分への最後のあてつけだろう、なんて思っていた。それでも、念願の、自分の竜だ!



 すばらしい竜を得て、私の出世にもはずみがついた。なにより、竜の力を自在に引きだす万能感、竜と一体になったときの解放された感覚は、ほかのなにものにも代えがたかった。まるで最初から自分が育てた竜のようで、私は不運ないじめっ子のことなど、すぐ忘れてしまったよ。レクサ号はすばらしい雄竜で、すぐに騎手団の第一の竜アルファメイルになった。もっとも、この頃は雌竜が多かったから、運も良かったんだけどね。



 ……セゼールのことを思いだすようになったのは、竜騎手になって、ずいぶんってからだったなあ。そう、デイミオン陛下が騎手団に入ったあたりのことじゃないかな。もちろん、アーダル号とともに。


「展開が読めた」って? うん、残念ながら、レクサがアーダルに負けたのは事実だ。あの当時でさえ、ほとんど勝負にもならなかったよ。

 雄竜の戦いは、あっという間に優劣が決定する。長引かせてお互いにケガでもしたら、繁殖に不利になるからね。


 悔しかったかって? ……うーん、デイミオン陛下は鳴り物入りで入ってきたし、アーダルのことも聞いていたからね。力の差が歴然とありすぎて、悔しさも味わう間がなかった。ただ、勝った本人がつまらなそうにしているのが、正直にいえばしゃくさわったね。


レクサか、いい名前だな。アーダルにも気に入られたらしい」というのが、陛下の最初のお言葉だったかな。いかにも、だろう? 私でなくてもいいから、誰かあの若造に土をつけてやれ、とは思った。それを言ったら、おまえの母さんに殴られたんだが。


 エクハリトスの嫡子で、お母上は当時の王太子レヘリーン殿下。叔母のグウィナ卿からは我が子のごとく愛されていて、おまけにアーダル号のライダーとあっては……。なにひとつ欠けたるところのない人生というのは、どんなものなんだろうかと思ったよ。


「……案外、つまらないものだよ。だけど、つまらないってことにも気づかないんだ。だってみんながうらやましがるから。不幸なはずがないからさ」


 ……うん。

 おまえには、デイミオン様の気持ちがわかるんだね。だが私には……。そうやって、おまえの苦しさに気がつかなかったのも、申し訳なかった。


「……それは、もういいんだけどさ。……わっ、ぐしゃって撫でないでよ。髪が!」


 悪い悪い。

 さて――私の野心が、貧乏という目に見える不遇にたんを発しているのなら――強い者、持てる者の孤独というのは、見えにくいものかもしれないね。


 後で知ったことだけど、デイミオン陛下にも鬱屈うっくつしたものはあったんだ。お父上のイスタリオン様はもう亡くなっていて、若くして一族の長としての重圧がのしかかっていた。レヘリーンさまとは表面的でよそよそしい母子関係だったし、フィルバート卿のこともあったからね。


「僕は、ヴィクと離れて暮らすのはイヤだよ。ハートレスだからって、兄弟はなればなれなんて……。そういうの、レヘリーンさまたちはわかんなかったのかな?」


 そこは、憶測おくそくで話せる部分ではないよ。かの人たちなりに息子の将来の幸せを考えたのかもしれない。それは独りよがりの勝手なものだったかもしれないけど、戦時の英雄フィルバート卿を生んだ英断だったかもしれない。ただ、二人の距離が離れてしまったのは事実だろうね。


 デイミオンさまは、フィルバート卿に家に戻ってきてほしかったんじゃないかと思う。子どもをつくるという建前とは別に、家族としてね。でも、それはかなわなかった。


 指導役としてかかわるようになると、デイミオン様と打ちとけるのは早かった。アーダル号との強い絆を見ていると、かれの孤独が理解できるような気がしたんだ。


*** 


 持たざる者には屈託くったくがあるが、持てる者には孤独がある。


 繁殖期の相手として適格だとみなされるようになると、まあいろいろあって、母さんのお相手をつとめるようになった。


「いろいろって、そこが知りたいのにー」


 まあ……いろいろだ。

 子どもをなすための義務という感覚がおたがいに強かったし、職場の上司でもあるわけだから、……そんなに最初からむつまじかったわけではないよ。むしろ……いや、やめておこう。


「そこが知りたいのにー。母さんに聞こうかな?」


 や、やめなさい。


 私が言いたいのは……

 おたがいの立場や心情が理解できるようになるまでに、ずいぶん長い時間がかかったということだ。デイミオン様のことにしても、グウィナのことにしても。

 

 そして気がついたら、自分が欲しいと思っていたものをすべて手にしていた。そのあいだに失ったものもあった。何に代えても守りたかったはずなのに、結局自分の意思で手放したものもある。

 竜を持てない少年だった自分はいつ、になったのだろうか? 騎手団に入った自分の活躍を、セゼールはどんな気持ちで、病床で聞いたのだろう? そういうことを、ときどき思うようになった。


 私は自分のことを貧乏で不遇だと思っていたけれど、ライダーの才能に恵まれていたし、健康で努力し続けられたのは幸運の積み重ねだった。たったひとつの不幸で、それが叶わなくなるとは知らなかったんだ。


 ――最後に、私はセゼールの竜を相続した。レクサという、かれがつけた名前ごとね。初代のレクサはもう亡くなったが、かれの子をまた相棒にしている。



 ♢♦♢



「知らなかった」

 聞き終わったナイムは、そう言った。「いい話だね」


「どうかな」

 食べ終わったあとの串を息子の分とまとめながら、ハダルクは肩をすくめた。

「結局、セゼールがなにを思って私に竜を譲ってくれたのかは、わからないままだ。

立場の違う者に思いをはせるのは、難しいことなんだよ。この年齢になっても」


 もの知りたげに見あげてくる息子の目が、かつて鏡のなかに見た自分とそっくりであることが、たまに不思議になる。立ちあがって容器を運ぶと、ナイムはそのまま後をついてきた。

「でも、ナイム、おまえは違う。竜を持ちたがらなかったのは、ヴィクのことを考えていたからだろう? ヴィクは竜を持つことができないから……。他人の心を思いやることができるおまえは、私より、ずっと立派だよ」


 ナイムはそっぽを向いた。否定するというよりも、父の言葉をしばらく自分で噛みしめているようだった。迷うように目を泳がせていたが、やがて、

「やっぱり……竜を持つのを、考えてみる」と言った。


「ああ」ハダルクは息子の肩に手を置き、柔らかく笑いかけた。「そうするといい。竜は、きっとおまえの助けになってくれるよ」



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※寄り道編(ハダルクの昔話)は、これで終わりです。

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