寄り道(ハダルクの昔話)

3 ナイム、古竜を持ちたいかどうか尋ねられる

 サンディとナイムは、巨大な指につままれたように、なすすべもなく運ばれていった。


 回廊を歩いていくハダルクと、見えない漁網にとらわれたような青年と少年のくみあわせ。行きかう文官や使用人たちが、めずらしそうに見ていく。柱のわきに飛竜の影が差した。紺色の長衣ルクヴァを着たライダーが、「またやってる」と言いたげな目線を送って、さっと通り過ぎる。平和だ。


「横暴だ!」

 長身のサンディがもがいても、竜の力はびくともしない。

 ナイムは、上位の竜の命令に割りこめないか試してみたが、無駄だった。サンディのときと同じようにたやすく見えるのに、父とレクサ号の〈呼ばい〉に干渉することはまったく不可能だった。竜との結びつきを示す「忠誠度」はサンディと同じくらいなのに、いったいなにが違うのかな。


「研究熱心なのはいいが、割りこみは感心しないな」

 ナイムの内心を読んだように、ハダルクがちらりとふり返って、そう言った。目的地、つまり竜の発着場まで来ると二人のいましめをといた。

 驚いたことに、サンディの黒竜が待っていた。

「ニーベルング」ハダルクは竜の名前を呼んだ。「さっきは、息子がすまなかったね。急に命令者が変わって、びっくりしただろう」


 黒竜は、落ちつかなさそうに前脚を踏み鳴らし、黄色い目をしきりにまばたいていた。それを見たナイムは、急に罪悪感をおぼえた。サンディのもつ命令権を奪って、ニーベルングの力を勝手に使ったのを思いだしたのだ。サンディの支配権は隙だらけだったから、同じくらいの忠誠度を持つ自分にはたやすく割りこむことができた。


(でも、それが竜を不安にさせるなんて、しらなかった)


グリッドをもっと意識して、竜の知覚を離さないようにするんだ」

 ハダルクがサンディに話しかけているのが聞こえた。「そうすれば、支配権を奪われにくくなる」

「わかっていますよ、そんな初歩の初歩」サンディはふてくされたように答えた。

「でも、知覚がんだ。だんだん、自分が竜になったように錯覚して、戻れないんじゃないかと思ってしまう」


「あ、それ、僕も」ナイムは気まずさを覚えつつも、つい同調してしまった。「ほかの竜とか、縄張りとか、獲物の鳥のこととかが意識を占めていくのが怖くって」


 ハダルクは、そんな答えは予想していたようにうなずいた。

「竜の知覚の、さらに上に、ライダーとしての自分の存在を置く。俯瞰ふかんの上にある俯瞰。これも、習わなかったかな?」


 サンディとナイムは首をかしげた。ハダルクはため息をついた。「、教わっているはずだ。二人とも、もっと座学もまじめにやりなさい」


 ハダルクは二人に、騎竜訓練と座学とを罰として与えた。課題をチェックするのは口うるさい年配の騎手シメオンなので、二人ともうんざりした顔になった。


***


 サンディが黒竜に乗っていってしまうと、ナイムは父と二人きりになった。ちょうど昼食の時間だったので、ハダルクは練兵場に隣接した食堂にナイムを連れて行った。竜騎手たちが使う貴族用の立派な食堂ではないので、ナイムははじめて列に並び、きょろきょろと周囲を見まわした。列の多くはハートレスの兵士と、一般兵とで占められている。

「なんか、いい匂い」

 焼けた肉と香辛料の匂いは、食べ盛りの男子にはたまらない誘惑だ。ハダルクも隣で賛同した。

「この匂いにつられて、つい来てしまうんだ。一階まで降りなきゃいけないし、並ぶからめんどうなんだけどね」

 そして、調理場でゆったりと回転している肉の塊を指さした。「あの肉の、好きな部位を選んで削いでもらって、薄パンにはさむんだ。うまいよ」


 たしかに、父の言うとおりだった。


 薄切りの赤身肉をたっぷりはさんでもらったパンは、肉汁とソースがしみておいしい。リックが作ってくれるバーベキューにも似ているけど、濃い味つけが訓練後の空腹にぴったりだった。見ると、顔なじみのライダーたちも、ハートレスや一般兵に混じってちゃっかり列に並んでいた。貴族席のほうに行けば並ばずに食べられるのに、そうまでして食べたいということか。


「ハートレスが多い場所に食堂を作ったのはリアナ陛下でね。最初は、ハートレスびいきだとか、城の風紀に合わないとか、けっこう批判も多かった」

 水の入ったジョッキを渡してやりながら、ハダルクが説明した。「でも、あの肉めあてに降りてくるライダーたちが増えると、顔見知りになる者たちが増えたようだよ。おたがいに稽古しあう者たちも出てきたりして、垣根を下げる効果があったようだ」


「ふうん……」ナイムは感心した。リアナの施策は、単なる人気取りに終わらないものが多い。もちろんある程度計算の上なのだろう。自分がまだ王太子だったとして、同じようなことができただろうかとたまに考える。


 王になる野心が今はゼロかと聞かれれば、すぐにはうなずけないナイムである。竜たちの王は人間の王のような絶対君主ではないが、氏族たちをたばねる領主の、さらに上に君臨する竜王の称号はすなおにかっこいいと思う。


 そんなことを考えている息子を、ハダルクはどう思ったのか――


「さっきの、竜の話に戻るんだが」と、あらたまったように切りだした。

「竜? なに?」ナイムはわれに返って、父を見あげた。


「おまえも、自分の竜を持ってもいいんだよ」

 ハダルクは穏やかに言った。「廃嫡されたからといって、ライダーとしての未来が閉ざされたわけじゃない」


 父の言葉に、ナイムはそっぽを向いて答えた。「今はいい。旅の邪魔になるし」


 ハダルクは、その返答にあいまいにうなずいただけで、是とも非とも言わなかった。


 リアナ王配の失脚をねらう貴族たちの旗印として自分が担ぎ出されたことで、父も母も少なからぬ処罰を受けている。ヴィクたちと旅に出ているときは忘れられるが、城に戻るとどうしてもそのことを意識してしまい、実父に対してもなかなか素直になれないでいる。……こうやって「殿下」も敬語もなしに話してもらえるようになったのだって、つい最近なのだ。


 しばらく考えてから、ナイムは父に話を振った。「父さんが竜を持ったのは、いつ頃だったの」


 その質問は予想外だったようで、ハダルクは息子と同じ色の目をまばたいた。

「竜騎手になってからだから、私はずいぶん遅かったよ。今のおまえの年齢のときは、パートナーとなる竜はまだいなかった」

「父さんが? あんなに能力があるのに? 家柄のせい? それとも、相性のあう竜がいなかったの?」


 ナイムの問いかけを受けて、ハダルクはちょっと目を泳がせた。どう答えようかと考えている顔だ。かすかにうなずいたのは、少しばかり長話をしてもさしつかえない時間だと確認していたのだろう。

「レクサはもともと、別の人の持ち物だったのだよ。それを、私が譲り受けたんだ」


 そして、ハダルクは昔話をはじめた。

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