2 サンディが竜の支配を奪われ、ザックはちょっぴり見直される


「ナイメリオン卿――」

 フラニーがあわてて立ちあがり、制止しかけたが、もう遅かった。

 ナイムの目が黄緑色に発光し、銀の短髪がふわりと浮きあがる。宙に見えない文字を描くように指を動かすと、炎が光の筋となって少年の周囲をめぐった。


 成人前のナイムは、まだ竜騎手ではないが、黒竜のライダーとしての能力はかなり高いともくされている。だがサンディも、竜の忠誠度では他の追随ついずいを許さないものがあるし――。


 一瞬、両者の能力に興味を感じてしまったフラニーだが、優劣はすぐに明らかになった。


「竜の支配権が!」サンディが焦って叫ぶなか、ナイムの手には青白い炎が鬼火のように揺らめいている。炎の術は細かく制御するほうが高度で難しいとされていて、ナイムのような少年が扱っているのは驚きだ。


 フラニーは頭を抱えた。

「殿下、この男の非礼は私がびますので、どうかおおさめを――!!」


「『殿下』は今、あなたのほうでしょ」

 ナイムは敬語をやめ、あきれたように言った。鬼火をくるくるとまわして遊んでいる。

「それに、どうしてこのアホ騎手の非をあなたが負うの? そうやってまわりが尻ぬぐいするから、ますますアホづらがつけあがるんだ」


「だ・れ・が・アホ面だ……!!」

 秀でた額に青筋を立てたサンディの周囲にも、炎がうずまきだしている。大きな拳を握りこみ、なんとか竜の力を取り戻そうとしているのだろう。一度奪われた支配権を取り戻しかけているあたり、サンディも地力があるとは言える。

「訂正しろ!! 王都に並ぶものなき美貌だろうが!!」

「そこかよアホ騎手!」


「二人とも! せめて外でやってください!!」フラニーは悲鳴をあげた。仕事をこなせないだけでなく、王宮の備品に損害を与えたとあっては……竜騎手としての面目を失うことになる。



「おーまーえーらーなあーぁ!」

 聞きなれた幼なじみの、あきれかえった怒号が響いた。「子どもの遊び場じゃないんだぞ!」

 入口からずんずんと入ってきたのは、ザックだった。

 もっともなセリフとともに、遠近が間違ったのではないかと思うほど太い腕が男と少年の頭をつかんでかち合わせた。なかなか激しい音がした。

「いったぁ! かよわい子どもに、なにするんだよ!」

「おい、骨が歪んだぞ」

 口々に文句を言う二人に、ザックが返した。「そんだけ騒げるなら、無事だろうよ。エクハリトス家の石頭どもが」


「ザック。助かったわ……」

 言いかけたフラニーは、その後ろからやってきた男に気づいて青くなった。竜騎手団での上司、ハダルク卿が能面のような無表情で立っている。

「ハ、ハダルク卿」

「政務ご苦労さまです、フランシェスカ殿下」

 ナイムとおなじ銀髪をきっちりと撫でつけた竜騎手団の副長は、部下に向かってきちょうめんに頭を下げた。それから、もう一人の部下と息子に冷たい視線を向けた。


「やれやれ、〈呼ばい〉を感じて来てみれば……サニサイド卿。ナイメリオン卿」

 呼びかけられた二人が、びくっと肩をふるわせた。

「お城で暴れるな、と注意しなければいけないのかな? 羽毛も抜けない幼竜こどもですか?」


「「僕は悪くない!! こいつが悪いんだ!!」」二人は同時に叫び、たがいを指さした。


「サンディ……あなた自分が何歳いくつだと思っているの……」フラニーはあきれて首を振った。ナイムはまだいいとしても……。


「二人とも。の意味からお教えしないといけないようですね」

 ハダルクは口の中で竜の名を呟いたようだった。「来なさい」

 ナイムとサンディは、見えない巨大な指につままれたように、ハダルクのほうに引き寄せられていく。これも竜の力――本来なら、竜の飛行能力(とライダーの飛行補助)に使われる力だ。


 ハダルクが二人を連行していくと、部屋にはフラニーとザックだけが残った。ザックは大きな背をかがめて書類を拾いあつめ、とんとんと揃えて執務机の上に置いた。


「書類、汚れてないか?」

「大丈夫みたい、ありがとう」フラニーは書類をあらためながら言った。「サンディはあなたの言うことは聞くのよね」


「相手を見て態度変えるの、あいつの悪いとこだよな。絡んできたら無視して返事をしないくらいがいいんだ」

「そうなの?」

「うん。ロールがそうしてる」

「でも、それってよけいに絡まれてない? サンディって、気に入った子をいじめるタイプじゃない」

「ロールは……ええと……それでいいんだと思う」

 ザックは目をそらし、煮えきらない言いかたをした。


「私たちって、ロールがいないと、ほんとダメよね」フラニーは頬に手をあて、ため息をついた。「王太子役だって彼のほうがずっと向いてるわ」


「まあな」ザックも賛同した。「能力は攻守のバランスが取れてるし、仕事もできるし、ねたまれるくらい人望もあるし。あとは家柄が五公十家ならな。おまえと結婚すれば、後ろ盾的には完璧なんだが」

 言いかけて、「あっ待って、今のなし」とあわてて打ち消す。


 フラニーは思わず笑った。幼なじみの、あいかわらずのお人よしぶりが面白かったのだ。家柄といい性格といいザックとは共通点が多くて、そのあたりが逆に、二人を友人以上のものに進みづらくしているのかもしれない。恋人として見るような急な方向転換をする気分にはなれないが、ともあれ友情をありがたく感じたのは間違いなかった。その先のことは、まだわからない。

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