1 フラニー、王太子業に奮闘す


 損な性分しょうぶんをしている。


 人に言われることもあるし、自分でもそう思う。フラニーことフランシェスカは、困っている人を放っておけないという美点を持っている。裏を返せば、お人よしで面倒事をしょい込みやすい優等生タイプ。


 今も、立派なオークの一枚板でできた執務机について、書類を前にうんうんとうなっているところだった。最初の半刻ほどは、「ここで憧れのデイミオン王が執務を」とか「王は私を信頼して職務をお任せになったのよ」などと考えて気をまぎらわせていたが、それも限界だ。


(そもそも、そのデイミオン様が元凶なんだわ)

 認めねばならない。デイミオン・エクハリトスはフラニーにまったく興味がなく、頭のなかは愛妻のことでいっぱいで、自分は単に面倒ごとを押しつけられただけだという悲しい現実を。


「ううっ」

 美しい掬星きくせい城。よく晴れた、夏の涼しい朝である。執務室の大きな窓から見るに、昼には気温が上がりそうな空模様だった。

 こんな日には愛竜とともに近隣の湖に行き、水遊びでもして涼みたい。きっと今ごろは、デイミオン陛下もリアナさまとともに楽しい休暇を過ごしているに違いない……私一人に仕事を押しつけて……

「うううっ」


 考えているとわが身が悲しくなってきた。フラニーはと鼻をすすって、書類に目を戻した。


「そんなふうに湿しめっぽくなるくらいなら、最初から断ればよかったんだ」

 もっともなことを言ったのは、竜騎手サンディだった。

 秘書や文官たちが使う長机の前にどっかりと腰かけて、長い長い脚を机の上に投げだしている。デイミオンと同じ黒髪をざっとくくって背中に流し、ひとり涼しげな格好だ。


「ちょっと弱気になっただけよ。引き受けた仕事は、ちゃんとやりますっ」

 幼なじみをとにらみつけ、フラニーは強がった。デイミオンに失恋したばかりなのに、顔の似たこの性悪男を間近に見なければいけないというだけでも腹が立つ。

 おまけに、つい昨日も執務を手伝いに来たヒュダリオンが、「デイミオンのことは申し訳なかったなぁ。どうかなフラニー、かわりにサンディで手を打たんか? 顔はだいたい一緒だろ」などと言って傷口にたっぷり塩をすりこんでいったのだ。


(デイミオンさまとこの男じゃ、まるっきり、ぜんぜん、違うじゃないの!!)


 そう叫びたかったが、デイミオンの無神経そのものの発言を聞いてからというもの、しだいにその根拠なき確信も揺らぎつつある。結局、デイミオンもエクハリトス家の男なのだ。無神経さではヒュダリオンやサニサイドと同程度なのだし、それ以外の面だって、似たようなものなのでは……。


「書類仕事は得意だろ。いつもの手腕を見せてやれよ」

 幼なじみの心も知らず、サンディが偉そうに言った。「さっと済ませて、気持ちよく竜乗りに出るといい」

「手伝う気もないくせに、よくそんなふうに偉そうに言えるわね……」

「国の運営も竜騎手団の運営も、実質はおなじだろ、規模が大きいだけで」



「ぜんぜん違いますよ、騎手団なんかとは」

 馬鹿にしたように口をはさんだのは、おなじ長机の左側にきっちりと腰かけているナイムだった。王太子という立場で、いろいろと助言をしてくれている。

「減税の可否については、形式的なものも多いですから前例を参考になさるといいですよ。ロギオン秘書官がいま、前年度までのリストを作ってくれていますから」

「ありがとうございます、ナイメリオン卿」


 フラニーはこわばった顔をゆるめた。廃嫡はいちゃくというき目にあってはいるが、ナイムこそ、国王デイミオンからの〈血の呼ばい〉を持つ正当な後継者だったのだ。実務経験こそないが王の仕事を間近で見てきてもいる彼に、こうして政務を補佐してもらえるのはなにより助かる。


「まだ竜も持っていない子どもが、口だけは達者だな」

 サンディが、完全によけいな一言を口にした。


(まったく、どうしてこの男は……!!)

 鵞ペンを折れんばかりに握りしめ、フラニーは悪友との縁を呪った。世間には「子どもは親を選べない」などと言いがちだが、それを言えば、幼なじみだって選べない。これまで何度、この男の失言で窮地きゅうちに立たされたかと思うと、いいかげんフラニーも我慢の限界をおぼえる。


「竜を持っているだけで他人の上に立ったつもりなんて、大人になったってたいして頭が成長してないんですね」ナイムが言いかえす。

 サンディとナイム――どちらもエクハリトス家につらなる貴公子は、非友好的ににらみあった。

「そんなひねた考えをしてるから、竜からの信頼を得られないんだ」


「竜の信頼?」ナイムは馬鹿にしきった顔で笑った。「そんなもの。僕は別に、どんな竜だって選べる。なんなら、あんたの竜だっていい」


 その言葉の不穏な響きに、フラニーははっとした。

「ナイメリオン卿――」

 あわてて立ちあがって制止しかけたが、もう遅かった。


 ナイムの目が黄緑色に発光し、銀の短髪がふわりと浮きあがる。宙に見えない文字を描くように指を動かすと、炎が光の筋となって少年の周囲をめぐった。

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