8 永遠の春の、その先は

第43話 やってきた子どもたち


 ♢♦♢ ――リアナ――


 ちょうど竜神祭の時期にあわせて、掬星きくせい城に北部領からの客人があった。――奥座所で見つかった、二人の子どもである。多忙な領主、ナイルの代わりに、妻のルーイも一緒だった。


 つわりが落ちつくまで公務は見合わせており、謁見の間でなく居住区のほうでかれらを迎えた。直前に妊娠のことは伝えていて、ルーイの喜びようは相当なものだった。

 

「タマリスのお店で、上等の毛糸を買ってきたんです。ここにいる間に、私、ベビーソックスを編んであげますね」

「まだ早いわよ」

「そんなこと言って、あっという間なんですから。……何色がいいですか?」

 言いながら、テーブルの上にうきうきと毛糸を積んでいる。かわいらしい淡い色の毛糸を見ると気持ちがなごみそうだ。


 連れてこられた子どもたちは、きょろきょろともの珍しそうに部屋のなかを見まわしていた。


「王さまのお城っていうから、もっと大きいかと思ったのに。ノーザンキープよりずいぶん小さいんだね」

 それが金髪の少年、カイの最初の一言だった。「だけど竜がたくさん飛んでて、すごいや。僕、あとで竜舎を見に行ってもいい?」

 同じ北部出身のジェーニイに似て、妖精の化身のような美少年である。北部らしい、明るい花の刺繍が入った立派な衣装を着せてもらっていた。

 子どもたちは二人とも、竜族の十歳前後とみられ、だいたいマルミオンとおなじ年頃ということだった。しかし、複雑な出自と育ちのせいか、マルよりもいくらか大人びて見える。


「もちろんよ」

 ルーイと話していたリアナは、そう答えた。「いちばん上の階に新しい竜舎があるわ。頼めば仔竜も見せてもらえると思うわよ」

「やった」少年は顔を輝かせた。


「あなたも一緒に行く?」リアナは少女に向かって尋ねた。


 故メドロート公に似た、癖のある茶髪の少女がうなずいた。白い肌にそばかすが浮いて、不機嫌そうな痩せた子どもだ。エリサ・ゼンデンは魔王のような所業に似合わぬ地味な容姿の持ち主だったらしい。


「賢い子なんですよ」ルーイが言った。「大人の話でも、なんでもすぐ理解しちゃうんです。本なんて、一日に三冊も四冊も読むし」


「そう……」リアナは複雑な気持ちで相づちをうった。「じゃあ、わたしが本を読めないのは父親譲りということになるのかしらね」


「あ、そっか……」ルーイは思わずというふうに口をおさえた。「ほんとに、いまいち信じられないんですよね。こんな子どもたちが、昔の王さまたちと同じ人物だなんて。しかもこの子が、リアナさまのお母さまと同じだなんて」


 ルーイはリアナと同世代だから、当然彼女を見たことはなかった。だが、なにしろ悪名高い『魔王エリサ』である。数枚のこる肖像画にそっくりな少女を見て、不思議な気持ちになるのはリアナと同様らしかった。

がおなじなのよ。中身まで複製というわけじゃないわ」

 リアナは注釈をつけた。「それに、他人事ひとごとみたいに言ってるけど、あなた自身もそうなのよ」

 厳密には、ルーイは王自身の複製ではなく、王の種を使った人工授精のような方法で母胎から生まれたらしい。が、男女の交合以外で生まれた子どもという点は共通している。

「『王の娘、最後の種子』――でしたっけ?」ルーイはかわいい鼻をしかめた。「正直、今さらそんなこと言われても、って感じですよね」

 北部領での、あの老人たちの言葉が本当なら――ルーイは、リアナやナイルと同様、ふるい家系の高貴な生まれということになる。

 リアナの侍女から、領主の奥方という玉の輿にのったルーイだから、当然喜びそうなものだと思ったのだが――どうやらそうでもないらしい。

「あなたが望むなら、王都にそれなりの地位を用意してもいいのよ。スワン家の当主からも打診はあったと思うけれど」

「あー、いいです、そういうの」ルーイは大げさに手をふった。「奥様業に精いっぱいでそれどころじゃないし。あのババアの鼻を明かしてやらないといけないし」


 なんだかんだ、アイダともうまくやっているようで、リアナはほほえましくなった。

 もともと世話焼きなところのあるルーイは、いまも落ちつきなくうろうろするカイのシャツを引っぱって整えてやったりしている。

「それに、この子どもたちのことを考えなきゃ。……それから、もちろん、リアナさまの子どももね」

 そう言ったルーイは、意味深な顔つきになった。「父親は、フィルさまなんでしょ?」


「そうとは限らないじゃないの」

 リアナが尖った声で返すと、ルーイは笑った。「ほら、そうやって怒るあたり、図星なんでしょ? 父親がデイミオン陛下なら、そんなにカリカリしてないはずですもん」


 リアナはため息をついた。「あなたには隠せないわよね」


「いいなぁーフィルさまの子ども。私も欲しい」

 侍従が持ってきたジュースをエリサに与えながら、ルーイがうらやましそうに言った。生の果汁は北部では珍しいから、エリサは目を見開いておいしそうに味わっている。

「ナイルはどうしたのよ」

 リアナは自分のことは棚にあげて言った。

「もちろん、ナイルさまの子どもを三人くらい産んでからですよ。その次がケヴァンで」ルーイはあっけらかんと言った。「でも、フィルさまも好きだもーん」


「あなたって変わらないわね。恋多き美女で、けっこうですこと」

「そんなこと言っていいんですか? リアナさまだって、私のマッサージが恋しかったでしょ?」

 妙に淫靡いんびな声色を作ってささやきかけてくるので、リアナは笑ってしまった。「ぜひお願いしたいわ。金貨を積むわ、もちろん毛糸の分は別料金で」

「腕が鳴りますね!」


 浮名を馳せていた時代もあったが、ルーイはよく気がつく優しい女性でもある。腰を揉んでもらうと、思わずため息を漏らしてしまうほど気持ちがいい。


 リアナがうとうとしはじめ、子どもたちが退屈して騒ぎはじめたあたりで、ちょうどよくデイミオンが入ってきた。書類仕事の日だったらしく長衣ルクヴァは着ておらず、夏らしい麻のチュニックを腕まくりしている。仕事が終わったという報告は受けていないので、妻の顔を見にちょっと立ち寄ったというところだろう。


「ああ……例の子どもたちか。しばらく滞在するんだったか?」

 デイミオンがつぶやくと、子どもたちがぴたりと動きを止めた。二対の大きな目が、黒竜の王をじっと追っている。


「竜神祭のあいだはね。いろいろ決めておくこともあるし」と、リアナは返した。

「やだ、陛下って短髪も似合いますね。私こっちのほうが好きかも」ルーイはこそこそとリアナにささやいた。


 デイミオンはつかつかと歩いて子どもたちに寄っていった。

「小さいな。……マルとおなじくらいの年か? 顔がよく見えん」

 言いながら、もうカイを抱きあげている。少年は急に目線が上がったのが面白いのか、くったくなくきゃっきゃと笑った。エリサはびっくりして目を見ひらき、思わずといったふうにリアナのドレスのすそに隠れた。


「すごく高いよ! 天井に手がついちゃう」少年は目いっぱいに手をのばした。

「そんなはずはないだろう」

「竜舎もすごく高いところにあるんだって。僕、あとで見に行くんだ。リアナさまがいいって」

「そうか」

「大きな黒竜が見たいな、それに餌をやるところも見たい。仔竜も」

「ああ」

 デイミオンは適当に少年をあしらってから、下ろした。


「そっちがエリサ・ゼンデンか。……おいで」

 特に優しい声を出したわけでもなかったが、エリサはおそるおそる王に近づいていき、すなおに抱きあげられた。威圧的な外見だが、意外にも子どもには好かれるタイプのデイミオンだ。

 

「たしかに、ゼンデンの目をしている。おまえと同じ色だな」

掬星きくせい城に来たばかりのとき、ネッドにおなじセリフを言われたわ。……不思議な因果いんがね」

 同じ高さになった少女のスミレ色の目を、リアナはのぞきこんだ。エリサはとまどったように、ぱちぱちとまばたきをした。


「エリサ・ゼンデン。城は気に入ったか?」

 デイミオンが尋ねると、少女は慎重に答えた。「まだわからない。来たばかりだから」

「そうか」

「あたしも竜舎に行って、そのあとは本があるところに行きたい」

「好きにしろ」

 ……内気な少女という印象があったが、デイミオンに物おじせず答えられるあたり、しっかりした利発な子どもなのかもしれない。


 子どもを下ろすと、デイミオンはリアナを抱いてキスをしてから、「今日は腰はいいのか?」と聞いた。あいかわらず記憶は完全ではないが、夫らしいふるまいだけは日に日に上達してきている。もとのままのデイミオンなのではないかと、錯覚することもあるほどだった。


「ええ」

「じゃあ昼に。ルウェリン卿と子どもたちも一緒に、食事をしよう」


「楽しみにしてるわ」と、リアナ。

「ありがとうございます」と、ルーイ。


 デイミオンが執務室に戻っていくと、エリサが「さっきの男の人がデイミオン王?」と聞いてきた。

「そうよ」

「〈呼ばい〉が、竜みたいに大きい」

「……あなたにはわかるの?」

「うん」

「頭が痛くなったりはしない?」

「別に、大丈夫」


 なるほど、たしかにライダーの素質がある。おそらくは、わたし自身よりも。……リアナは複雑な気分になった。

 魔王エリサは〈双竜王〉と呼ばれることもあったという。もともと白竜のライダーで、さらに竜王レヘリーンの黒竜を使役することもできたというが、それが本当なら、リアナなどよりはるかに優れた資質を持っていることになる。


 いまや、ゼンデン家はリアナが最後の一人――そう思われていたところに、もう一人、娘と言ってもおかしくないほどの年齢の少女があらわれた。出自はともかく、大切な竜騎手の卵だ。


 この子たちの処遇を決めるのが、今回のかれらの訪問の目的でもある。考えるべきことはたくさんあるが、ひとまず、子どもたちの意志を確認することが大切だった。



 ……ところが、やってきた子どもは彼らだけではなかったのである。

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