第27話 ダンス・ウィズ・ドラゴンズ

 ♢♦♢ ――リアナ――


〔奥座所の上空まで来れますか?!〕

 ハダルクの、切羽つまったような声が聞こえた。〔三老人たちの〈呼ばい〉がかれた。アーダルの不安も取り除かれたはずだ。あとは――あなたがきっかけになれば、同期が切れて陛下が目ざめると思うのです〕


〔わかったわ!〕

 リアナは即答した。それがデイミオンとアーダルを助けることになるならば、どこにでも行くつもりだった。

 だが、ここは種子保存庫の二階だ。この半死者デーグルモールたちの集団のなか、どうやって移動する?


 実のところ、移動どころではなさそうだった。デーグルモールのうちの数名にはライダーの能力があると見え、先ほどから火の輪による攻撃を受けている。黒竜のライダーが使う術としてはあまり見ない形だが、おそらく、炎を燃え広がらせることなく対象を捕縛するための術のように見える。

 動きはそれほどすばやくなく、シジュンの斧で草刈りのように倒されていくのだが、しばらくすると起きあがってまた向かってくる。手足を切り落とすと再生にかなり時間がかかることがわかったので、ロールとエンガスはそちらの作業に集中していた。


 だがくり返される再生に、こちらの体力も奪われていく。

(どうすれば――)

 忙しく頭を働かせていると、さっと視界がかげった。斧と剣とを逃れた兵士の一体が、すばやく身体を割りこませてくる。リアナは舌打ちし、拾った剣を顔の前にかかげて相手の剣をなんとかふせいだ。

「陛下!」

 ロールが叫んだが、彼自身、三体のデーグルモールを同時に迎えうっていた。絶体絶命、そんな言葉がリアナの脳裏をよぎったその瞬間、なにかが起こった。



「竜の支配権が戻った!」まっさきに気がついて歓喜の声をあげたのは、ロールだった。「ブロークナンク! 来い!」

 力強く竜の名を呼ぶと、その声にこたえるように勢いよく炎があがった。半死者たちの群れをさえぎる、炎の壁が燃えあがる。デーグルモールの兵士たちはじりじりと後退していく。壁が一部消え、兵士が前に出ようとするのを、ロールは今度は剣で打ち取った。ふたたび、炎の壁はとぎれることなく燃えさかる。おそらく、相手方のライダーが消そうとする力とのいがあるのだろう。


〔レーデルル! 来て!〕リアナも機を見て〈呼ばい〉をひらいた。

〔あなたのを助けに行くのよ〕


「竜が着陸できる屋上は……かなり狭いな……」ロールが竜の網グリッドで確認しつつ言った。

「脱出を援護します。こちらへ急いで!」リアナをうながし、背後に向かって命令する。「シジュンはエンガス卿を頼む!」


 リアナはロールの援護を受けて走りだした。屋上までの最短経路をグリッドで割りだし、追ってくる兵士を炎をのせた剣で圧倒する。ロールは水を得た魚の活躍だった。



 保存庫に屋上は必要ないのだろう。なかば岩山に埋まるような構造になっていたし、斜めに切り立ったごく狭い空気孔のような場所だった。リアナは力をこめ、天窓を思いっきり上向きに押しあげた。苦労して窓のふち部分に立つと、目の前に純白が広がった――輝く羽根をひろげたレーデルルが、リアナを待っていたのだった。


〔わたしの

 レーデルルが言った。〔大きな大きな竜〕

「そうね。助けに行こう」竜の力がふわりとリアナを持ちあげ、背にみちびいた。愛竜にまたがると、朱鷺トキ色の背びれクレストをそっと撫でる。「見える? もう、すぐそこよ」


 もちろん、彼女の目にははっきりと見えているだろう。晴天の下、連なる山々が、そのまま城と化している北部城塞ノーザンキープ。奥座所は目視できるほど近く、そして上空のアーダルは影でできたもう一つの城のような存在感を放っていた。まさに竜たちの王だ。

 そこに、デイミオンがいる。


 アーダルの近くまで来ると、レーデルルは鶏のように頭を振り、羽を動かした。求愛期の雌雄のダンスに似ているが、どことなく他人行儀な動きだ。黒竜アーダルは、その動きをじっと目で追っている。明らかに興味を引かれた様子だ。

「いいわよ、ルル……」

 リアナは握った拳に力をこめた。「アーダルの動きが自律しはじめている。いい兆候ちょうこうだわ……」

 ダンスに乗ってくれば、アーダルが古竜としての自分の意志を取り戻したことがはっきりとわかるはずだ。それが、二人の間の深い同期が切れたことを示すしるしになるのではないか。リアナはそう考えた。


 白竜は流れるような曲線をえがいて優美に飛び、翼をひらめかせた。アーダルはそわそわと身じろぎをはじめ、タイミングを見はからっているように見える。

「そう……いい調子よ……」

 リアナが固唾かたずをのんで見まもるなか、ついにその時がおとずれた。巨大な羽ばたき音とともに、アーダルが漆黒の翼をひろげ――飛んだ!


 デイミオンから離れ、白竜レーデルルのもとへ。アーダルは彼女の誘いに乗り、その動きに追随ついずいするように羽を動かした。最初はぎこちなく、そしてすぐに力強く、その翼で風を生みだしながら。

「やったわ!」リアナは手をあげて叫び、久しぶりに声をあげて笑った。


 もう、ルルの〈呼ばい〉の声は聞こえない。今の彼女は、竜同士の鳴き声とダンスとで意思を伝えているのだろう。それを確認しようと背後をふり返ったリアナは、ちょっと身を乗りだしすぎてしまったらしい。運悪く、それはルルが旋回のために身をかたむけた瞬間だった。


「あ」

 声を出す間もあればこそ。人生で何度目かわからないが、リアナはルルの背から滑り落ちていった。





 落下の瞬間、アーダルとデイミオンのあいだの同期が切れたことが、なぜかはっきりとわかった。風が全身に打ちつけて、服がばたばたと痛いほどにはためく。竜の力は手もとになく、自分のなかにあるのはデイミオンとの〈血の呼ばい〉だけ。眼前いっぱいに北部の青空が広がり、やけにのんびりした雲の白さが鮮やかだった。


 竜たちのなかにいるから、落下への不安はない。すぐにも、竜騎手ライダーが助けてくれるはずだ。そう思ったとおり、しだいに風が弱まり、落下の速度がゆるくなったことがわかった。


「なぜおまえは、いつもいつも竜から落ちているんだ?」

 怒ったような、皮肉まじりの低い声が聞こえた。手をつかみ、引きあげてくれる力強い腕がそれに続く。


「デイミオン」リアナの声に、安堵あんどの涙がまじった。





 ほかのライダーたちがすぐに救出に続いた。ハダルクに支えられながらデイミオンが降下していく。リアナの竜の力も、遅ればせながら戻ってきた。


 上空では、アーダルとレーデルルが宙を旋回しながらたがいに近づいたり離れたりしていた。竜の言語で、たがいの無事を喜びあっているのだろうか。ようやく、王国随一の竜と主人ライダーとの、強すぎる連結がとかれたのだった。


 地面に足をつけると、デイミオンはよろめいた。ハダルクとは逆側から夫を支えながら、リアナは尋ねた。「デイ? 大丈夫?」


「ああ」デイミオンは頭をふり、大きな手で顔をこすった。「長い夢を見ていたみたいだ。まだぼんやりする……おい、なぜこんなに足がおぼつかないんだ?」

「一年も眠っておられたのです。筋力が衰えて当然でしょう」ハダルクがほっとしたように言った。


「歩く訓練もしなきゃね」リアナは明るい声で言った。「でも、それより食事が先よね。ナイル卿には……」

「もう伝わっていますよ」ハダルクも、心なしかはずんだ声で言う。「グリッドがないので詳細はわかりませんが、奥座所のほうもケガ人などはないようです」


 一同は奥座所の前庭にあたる部分に下りてきていた。ここから直接城に戻るか、奥座所にあがってから空中路を使うか話していると、エピファニーたちがこちらにやってきているのが見えた。作戦の成功を示すため、リアナは笑顔で手を振ってみせた。


 そして、竜騎手フラニーの隣に、その子どもたちを見たのだった。ナイルの叔父ジェーニイにそっくりな少年と、自分と同じスミレ色の目を持つ少女とを。



 リアナはまだ夫に肩を貸したままの姿勢で、驚きに目を見ひらいていた。

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