5 北部領《ノーザン》④ ブルーモーメント

第26話 魔王の娘


 ♢♦♢ ――ナイル――


 孤児だと思っていた。いや、貴族の落としだねと考えなかったわけではない。なんといってもルーイは、王の影武者役が務まるほど力の強いコーラーである。

「いや……むしろ、彼女もライダーなのか……?」

 あまりにも強い力に、そう疑いたくなる。なにしろ、ライダーかそれ以外の階級かをわけるのは成人の儀の一回だけなのだ。もちろん、ハートレスがライダーを装うようなことは不可能だが、コーラーがライダーを装うような種類の不正はありふれている。だとすれば、逆もまたありうるのでは?

 しかし、セドリック王の血縁という話は筋が通らない。なにしろ王が亡くなって数百年経つ。やはり、奥座所に関する黒い噂は本当なのだろうか? 神世からつたわる装置を使って、親とまったく同じ形質を持つ子どもを作りだすというわざ……。


〔聞きなさい、〈冬〉の老人たち。わたしは種子貯蔵庫にいるわ〕

 ナイルのもの思いを、リアナの声が打ち破った。妻ルーイの隣に、幻術でその貯蔵庫の様子が映し出されている。変装のなごりで、リアナがその場でしゃべっているようにも見えなくない。


退くがよい、ゼンデンの娘〕

〔あの不遜ふそんな王の、汚れた血〕

〔貯蔵庫は神聖な場所である〕

 老人たちが一喝した。


〔そうなの?〕

 扉のひとつに手をかけ、リアナは挑発的な笑い声をあげた。〔わたしに命令できると思っているの? あなたたちの大切な種子がここにあるのに?〕


 リアナが扉を開くと同時に、部屋の中から爆発音が聞こえた。爆風とともに煙が舞いあがり、金茶の巻毛を宙に噴き上げる。リアナは片目をつぶっただけで、爆発を予想していたようであった。一瞬、映像がぶれたが、次に映ったのは「種子保存室A」と題された部屋のプレートだった。


〔ふうむ〕

 手もとの小袋を宙に放って遊びながら、リアナは気軽な調子で言った。〔小麦粉ってよく燃えるのね〕


〔種子が!〕

〔王国の、われわれの、貴重な種が!〕

〔なんたる蛮行ばんこう! なんたる蒙昧もうまい!〕

 老人たちは口々に悲嘆し、呪詛じゅそをはいた。だが、そんな言葉がリアナに通じるだろうか? いや


 ぽん、ぽん。リアナは小麦粉らしい袋をなおも放ってはキャッチしている。それは、彼女流の余裕の演出だとナイルは知っていた。

〔あなたたちがいかにデイミオンを操り、アーダルの支配権を手にしていても、わたしの竜はメスだから関係ない。そしてこれくらいの爆発、竜の力がなくても起こせるのよ〕

 ぽん……ぼとっ。

 リアナの手から、受けとめそびれた袋が落下した。ルーイの「目」が、袋からこぼれた白い粉状のものを映し出す。

 そして、次に彼女の「目」が映したのは、「保存室B」というプレートだった。その先には、別の部屋がある。別の、希少な種たちが。


〔デイミオンを解放し、アーダルとの同期を解きなさい〕

 リアナは、先ほどまでとと口調を変えて凄んだ。〔さもなければ、あなたたちの大切な種子とともに、凍土に消えるがいいわ〕



「王国の種子を盾に脅すなんて、なんと悪魔じみた発想だ……」

 竜騎手サンディが、感心しているようなあきれかえっているような声で言った。「まさに、魔王エリサの娘にふさわしい」


「なんと無茶な!」アイダが悲鳴を上げた。

「リアナさま、すごーい。戯曲おはなしの悪役みたい」ルーイはきゃっきゃっと無責任に喜んでいる。「いいぞーやっちゃえ!」

 おそらく、自分が王の娘であるともまだ知らずにいるのだろう。それでいい、とナイルは思った。


〔貯蔵庫に――〕

 あわてて移動しようとする老人たちを、ナイルは「おっと」と声でとどめた。実際に剣を出して行く手をふさいでいるのはケヴァンだ。

「私の役割は足止めです。……どのみち、あなたたちでは彼女に勝てませんよ」


度胸試しチキンゲームでは彼女に勝てない。タマリスの竜族なら、みな骨身に染みていることだ」

 三老人たちにたっぷりとにらみを利かせてから、ナイルはそう宣言した。



 ♢♦♢ ――ハダルク――


 奥座所の上空に、黒々と巨大な竜が旋回せんかいしている。周囲を三老人たちの雲のような〈呼ばい〉が取りまいていて、アーダルのいら立ちは手に取るようだ。

「わかった。アーダルは暴走しているわけではないんだ」ハダルクは誰にともなく呟いた。


。強すぎる〈呼ばい〉で、リアナ陛下さまを傷つけないように、ライダーたちが竜術を使えないようにしているのか」

 もちろん、普段の術使用でそこまでリアナに負担がかかるとは思えないから、アーダルの動きは暴走ととらえても間違いではないのだが、そこは本質ではない。デイミオンを通じて、アーダルがそう思いこまされていることが原因なのだ。両者は今おたがいに深く干渉しあっているから、まるで自分のが危機におちいっているかのようにいら立ち、混乱しているのだろう。


 では、どうする?


 思いついたのは、単純な計画だ。ハダルクは蛍光色に光る眼をとじ、黒竜レクサとの同期をいっそう強めた。城のある区域を岩山ごとカバーできるほどの網を、いっせいに縮めていく。遠くまで伸びて薄まっていた身体感覚がはっきりと戻ってくるのを感じる。指先から離れていく、小さな生き物たちの脈動と熱……

(大丈夫だよ、レクサ)

 領域テリトリーが脅かされることに不安がる竜の気持ちをなだめながら、さらに狭く狭く……


 そしてその空想の毛布を、上王リアナに向かって投げかけた。



 ♢♦♢ ――リアナ――


 鋭い棘のあいだを歩くようだった〈呼ばい〉の網が、ふと消えた。


「……?」

 リアナはいぶかしげに周囲を見まわす。目の前にあるのは種子保存室の扉の列、そして、舞い散る小麦粉と自分が吹きとばした種だった。もっとも、ここに保管されていたのは春きのふつうの小麦である。ルーイの「目」を利用して、希少な種子の保存室と錯覚させたのだ。ごく単純なトリックだが、うまくいった。必要ならどんな貴重な宝物ほうもつでも吹きとばす覚悟はあるが、脅しだけで済むならそれにこしたことはない。

 そこで、自分にかかる柔らかで密な網に気がついた。「ハダルク卿が、わたしを保護している?」


「保護?」周囲を警戒しつつ、ロレントゥスが問い返した。

「何からです?」

「強い〈呼ばい〉から……?」自分でもよくわかっていないので、リアナは歯ぎれ悪く答えた。

「ああ……〈呼ばい病み〉しやすいとおっしゃっていましたね」

 ロールの言うとおり。だが、それは今に始まったことではなく、ライダーになった当初からのことだ。ありがたい保護だが、なぜ今、この時に?


 そのタイミングで、ハダルクの呼びかけが聞こえた。

〔リアナさま〕

〔ハダルク卿〕リアナも返す。〔この保護の網は、どういうことなの? デイミオンに、なにかあったの?〕


〔デイミオン陛下を、意識下で縛っているものの推測です。以前の、アーダルの暴走を思いだしてください〕

 ハダルクは性急に説いた。

〔デイミオンさまが、アーダルをぎょすための強い〈呼ばい〉を使えなかった理由。それは、あなたとの繋がりです〕

〔わたしとの?〕

〔デイミオン王の〈呼ばい〉は、熟練のライダーにとってさえ強い。あなたの健康を害しないように、王は無意識に〈呼ばい〉を制御しているのです〕

〔……〕

〔その懸念が、アーダルに伝わっている。そしてライダーたちに強い力を使わせないようにしているのです〕


〔だとしたら――……〕言いかけたリアナの言葉が止まった。ヒュン、という軽い音とともに、火の輪が顔の横を通り過ぎる。とっさに避けたものの、焼け落ちた髪がひと筋、はらりと肩に落ちた。


〔陛下!?〕ハダルクの声。


「悪いけど、ちょっと今それどころじゃないみたい」

 リアナは肉声と〈呼ばい〉の両方でつぶやいた。いつのまにか二階へ上がってきたデーグルモールたちの群れが、目の前にもう迫っている。



 ♢♦♢ ――エピファニー――


 広く、埃っぽい場所だった。窓はないが明かりはあり、特に中央のあたりはまぶしいほどの光量がある。御座所にもある、謎の人工灯だ。想像したとおり、用途の分からない未知の装置類があり、その半分ほどはすでにち果てていた。残骸ざんがいは片づけられているので、うち捨てられている感じではない。


 ミヤミが先導し、ナイフを両手に警戒しながら進んでいく。

 と、なにかが転がってきて、竜騎手フラニーの足先に当たった。エピファニーの目には小さなボールと映った。フラニーはそれを拾い上げ、前方の薄暗いあたりにじっとまなざしを注ぐ。


「だれ?」薄暗がりのなかから声がした。子どものかん高い声だ。

「だれ?」もう一人、子どもの声が重なる。「アネット? ゾーイ?」


「アネットでもゾーイでもないわ」

 乳母と思われる名前を否定して、フラニーは優しく声をかけた。「私たちは王の竜騎手ライダーと兵士で、領主さまのお客よ。あなたたち……どこの子どもなの?」


 薄暗がりからは沈黙だけが返ってきた。ミヤミがそちらに行こうとするのを制して、フラニーはボールをそっとそちらに転がして返した。

「……もしかして、ずーっとここにいるの?」フラニーがまた尋ねた。「ここから出たことはない?」


「今日はご飯はないの?」

 子どもらしき声は、質問に質問で返してきた。「勉強もお歌も、散歩もないの?」

「僕、領主さまを見たことない」もう一つの声。「竜騎手なら竜を飼ってる? 僕、竜も見たことない」


「私の竜は柘榴ザクロ色で、やんちゃな女の子よ」どうやら、竜の話題で子どもたちの気を引けるかもしれない。フラニーは辛抱強く会話を続けた。「エピファニー卿の竜は幼竜こどもなの。……竜が見られるように頼んでみましょうか?」

「僕、黒い竜が見たい」

「黒竜もいるわ。感じるでしょう? 強く、おおきな雄竜の気配を?」

「……うん、わかるよ。すごく大きいんだ。怖いくらい」

「カイ!」もう一人の子どもが、たしなめるように名前を呼んだ。


(なるほど、たしかにライダーの能力がある)

 エピファニーは推測した。フラニーの誘導尋問ではっきりした形だ。そして、ライダーであることは秘密にするよう言い聞かされている?


 ともあれ、「竜が見られる」というのが決定打になったらしい。暗がりのなかから、二人の子どもがおずおずと姿をあらわした。

 服も髪も、きちんと整えられた子どもたちで、汚れても空腹そうでもない。そのことに、エピファニーは人知れずほっとした。どちらも十歳前後だろうか。


 前に出てきたのは、北部の子らしい金髪の少年だ。当主の叔父、ジェンナイル卿に似た面差しがあり、〈夏〉の年齢になればさぞ娘たちが放っておかないだろうというように見える。

「私はフランシェスカ、フラニーと呼んでね。そこに立っているのはミヤミと、こちらはエピファニー卿。……あなたたちの名前は?」

「僕はカイ」

「そう、カイというのね。……あなたのほうは?」


 肩のあたりまで伸びた癖っ毛の、地味な少女が前に出てきた。

「あなた……その目……」フラニーが思わず、自分の口もとをおさえた。「リアナさまと同じ、スミレ色。ゼンデンの目」


「あたし、エリサ」少女はそう名乗った。「どうしてここに、竜がこんなにたくさん集まっているの? それに、あたしそっくりの〈呼ばい〉が近くにあるのはどうして?」

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