第25話 最後の種子(デメテル)、その名は……

 ♢♦♢ ――ロール――


「私の『ぜひ遠慮したい死に方』が決まりましたよ!」

 ロールは銃を剣に持ち替えて応戦しながら、やけくそ気味に叫んだ。肉を斬っても、刺しても、半死者の攻撃は止まない。剣士のようなすばやさはないが、動きを止める方法がなく、やっかいきわまりない敵だった。

「マスケット銃の銃床ストックで殴り殺されるなんて、絶対に、ごめんだっ」


「この程度でそんなことを言ってもらったら、困るわ、ねっ」

 リアナはあいかわらず銃を逆向きに振り回していた。めちゃくちゃに打って、当たれば儲けものというくらいだが、なにもしないよりはマシだということなのだろう。

 シジュンのおそろしい戦斧さばきで、すでに五体ほどのデーグルモールが倒れているのが見えた。さらに同時に数体を同時に相手しているあたり、さすがハートレスの兵士だが、後方のリアナたちのほうにもうち漏らした半死人が群がってきている。

「わたしにはほかにも、まだとっておきの必殺技があるのよ」


「それは、ほんとうに、知りたくないっ!!」

 腐敗した肉から苦労して剣を引き抜き、ロールは自分の竜へのつながりを必死にさぐった。〈呼ばい〉はそこにあるが、力の源が開かない。雄竜は序列に縛られる。群れの一番竜、アーダルへの恐怖に委縮いしゅくしているのだ。二番竜レクサの主人、ハダルクが竜の支配権を取り戻してくれれば炎の竜術が使える。そしたらデーグルモールなど一度に焼き払ってやれるのだ。そのときを今か今かと待っているのだが――



 種子貯蔵庫の入口付近は、吹き抜けの構造になっていて三階分ほどの高さがあった。ところどころに梯子ハシゴがかけてあるが、そこまでたどり着くのは容易ではなさそうだ。自分一人なら、青竜の強化術で脱出できるだろうが――いや待てよ、エンガス卿も青竜のライダーだから……

 竜騎手ロレントゥスの脳裏に、イヤな予感とでもいうほかない感覚がひらめいた。上王リアナの護衛となってすでに一年がとうとしている。こういうとき、リアナは……。


「貯蔵庫にたどりつかなくちゃ、こんな入口じゃなくて……」そのリアナが言った。目線の先には、吹き抜けから見える二階部分への通路がある。彼女の作戦のためには、そこにたどり着くことが不可欠なのだ。


「打開策を思いついたわ!」リアナが叫んだ。


 ロレントゥスは、心から、聞きたくなかった。もうイヤな予感しかしなかったからだ。だが律儀な竜騎手の耳は、主君の命令を忠実に拾った。

「ロール! 『発射台』よ!」


 彼女のことだから、絶対にグウィナのを覚えていると思っていた。それを、今、このときに。

「あああ! 最悪だ!」

 ロールの脳裏に一瞬、郷里の母と姉たちの笑顔が浮かんで消えた。息子(弟)にはどんな命令でも聞かせられると知っている悪魔の笑みだ。そしてリアナ・ゼンデンは、ロレントゥスにとって、女性というあらゆる悪夢の体現だった。


 イヤだという選択肢は残念ながら地上に存在しなかったので、ロールは観念して青竜の力を体内で燃やした。リアナの腰を抱えると、ハダルクと同様、ぐるぐると数回転してから押しだすように――投げた!


 その瞬間、不気味な半死者たちでさえ、投擲とうてきされた女性のゆくえを目で追ったように見えた。


「クソッ!」

 投げ終えた姿勢のままロールは悪態をついた。すぐに、彼女が落ちていく場所めがけて走る。「竜祖よ、私がどんな悪行を積んだと言うんです!?」

 極限まで強化された筋力で、一気に自分の身長ほどの高さを跳び、デーグルモールの頭に飛び石のように着地してまた跳ねあがり、前方へ駆ける。


「エンガス卿!」

 ついて来てくれ、という意味をこめて叫ぶ。老大公に意図は伝わったと見え、自分と同じように高く跳んでついてくるライダーの気配が感じられた。しかしふり返って確認する余裕はないのだった。なにしろリアナがまさに落ちてきて――いや、白竜の力がうまく作動したらしい。上王は見えない綿にでも包まれたようにうまく勢いを逃がし、二階の床に転げながら着地した。威厳に満ちた着地とはいえないが、無事には違いない。


 ロールはふり返って背後の安全を確認した。だが、

「わっ」

 ヒト型の不死人が、梯子を使って追ってくるのが見えた。……一人、二人。エンガス卿の肩と頭部をつかみ、引きちぎろうとしている。いくら強化された肉体でも、あの不死身の膂力に耐えられるのか――だがロールが駆けつける前に、事態は思わぬ方向で解決した。ブォンッと低い音がして、戦斧がデーグルモールの頭と背中を一度にたたき割った。後ろから、シジュンがのしのしとついてきて、木こりのように斧を引き抜く。……ロールはほっと息をついた。



♢♦♢ ――ハダルク――


 一番雄アルファメイルを刺激してはいけない。しかし同時に、彼から(正確には、主人であるデイミオンから)竜の支配権を取り戻さなければ、黒竜のライダーは竜術が使えない。


 この難しい戦いは、ハダルクと彼の竜レクサにたくされていた。ハダルクはわずかな力で浮遊の術を使い、奥座所の上空で竜たちと対峙たいじしている。北部の初夏、長い昼のはじまりだった。

 竜たちの中心、やや高い場所から見下ろすようにして、国王デイミオンが浮いていた。〈呼ばい〉そのものは通じているのだが、古竜と同期しているせいで、応答らしい応答が返ってこない。アーダルがもう一頭いるような感覚だった。

 彼らに打ちつ必要はない、と自分に言い聞かせる。一瞬のすきがあれば、支配権(のみ)を取り戻すことはできるはずだ。


 今回、同行する雄竜は三柱。群れの二番雄ベータメイルでもある、ハダルクの竜レクサ。そして竜騎手ロールとサンディの竜だ。この二頭はまだ若く、序列争いには関係しない。


 上王リアナからは、白竜レーデルルを使うかどうかはハダルクの判断にまかせる、と言われていた。つがいのメスを間近にすることで、雄竜が落ち着く可能性はある。だが、雌が介入すると、序列争いがさらに苛烈かれつになる可能性があった。ハダルクとしては後者の可能性が高いと考えていた。竜は、ヒトとは似て非なる生き物だ。情愛も持ち合わせているが、それはヒトのものとは違う。野生の生物としての本能とルールがあるのだ。


 眼前では、巨竜アーダルがレクサを威嚇いかくしていた。アルファの気迫に圧されて、レクサが一歩下がった。若竜たちはレクサが心配なのと、縄張り争いの興奮にあてられて、ウロウロと落ちつかなく飛び回っている。

(レクサなら大丈夫だ。アーダルの威嚇には慣れている)

 ハダルクは自分に言い聞かせ、観察をすすめた。(アーダルがデイミオン陛下を操っているのか、それとも逆か? それによって、対策が違うはずだ。考えろ)


(もし、アーダルが主体だとすれば……)


 確認する方法はある。レーデルルをぶのだ。

 争いが激化する可能性もある。それを、三柱の竜で抑えられるか。その力が、ライダーとしての自分にあるのか?


〔白竜レーデルル〕

 ハダルクは決意した。大きく息を吸い、強い〈呼ばい〉を放った。

〔リアナ陛下さま。レーデルル号をこちらへ呼びます〕


 だが、その時だった。ひときわ大きな威嚇音とともに、アーダルが炎を放ったのが見えた。

「……っっ!!」

 避ける暇はない。ハダルクはとっさに防御のため、空気の層を張った。ゴオオオッという轟音が耳を直撃し、ゆらめく空気が赤く染まった。すぐにその場を離脱して、宙返りしながら、尖塔のひとつに着地する。


(浮遊の術。防御の層。この二つは、アーダル号の支配下でも使えるのか。……だが、アーダルの今の炎……レーデルルを呼ぼうとしたからか? だが、なぜ?)


 以前にも暴走したアーダルのことが、ふと頭に思い浮かんだ。デイミオンの怒りと絶望とを燃料に、山ひとつ軍ひとつを焼き払った黒竜。その原因は……。


 デイミオンの精悍せいかんな顔にはあいかわらず表情がなく、人形のようだった。だがハダルクのなかで、渦巻く疑問がひとつの答えを形づくろうとしていた。



♢♦♢ ――ナイル――


〔スワン家のアレクシス! カールゼンデン家のイーライ、ゼンデン家のマリアム!〕

 上王リアナの〈呼ばい〉の声が、りんりんと響きわたった。

〔聞きなさい、〈冬〉の老人たち。わたしは種子貯蔵庫シードヴォールトにいるわ〕


 どうやら、無事貯蔵庫に潜入できたらしい。ナイルは多少ほっとしながら、攪乱かくらんのために周囲に張っていた〈呼ばい〉をいた。

 もう、変装は必要ない。あとは、いかに彼らをここに足止めするかということだけを考えればよい。


 だが、ルーイの幻術を通じて貯蔵庫の映像が見えているはずの老人たちは、リアナの言葉が聞こえていないように平然と会話していた。その目線は、ルーイにそそがれている。


〔王の娘〕

〔よい種、最後の種子デメテルだ〕

〔そしてわれらには原初の火がある〕

〔すばらしい〕

〔『容器』に入れなければな〕

〔よきかな〕

〔よきかな〕


(まさか、ルーイとリアナの区別がついていないのか?)

 ナイルは三老人の判断力を疑った。(いや、いかに似せた髪と化粧をしていても、〈呼ばい〉の波長でわかるはず――?)


「スワン家のアレクシス!」ナイルは声を張りあげた。「カールゼンデン家のイーライ、ゼンデン家のマリアム! 聞いておられるか? 竜たちの王、リアナ陛下は種子貯蔵庫で卿らを待っておられる!」


〔ジェンナイルの息子、シグムントの息子ジェンナイル〕

 マリアム老が、ぎこちなく首をこちらに向けた。ついで、残り二人の老人も。

〔貯蔵庫からゼンデンの娘を退けよ〕

〔貯蔵庫は神聖な場所である〕


「聞こえなかったのか?」ナイルはさらに声を強めた。「リアナ陛下こそゼンデンの末裔、卿らの探し求めるエリサ王の娘であられる。陛下の要求におこたえなされよ」


〔ゼンデンの娘〕

〔ゼンデンの娘は残念なことであった〕

〔よい種であったのに〕

〔すぐれた血であったのにな〕

〔汚れてしまった〕

〔変性してしまった〕

〔それにはらも使えぬようだ〕

〔よいのだ、ゼンデンの娘はもう一人おる〕

〔そうであったかな?〕

〔そうよ〕

〔では使おう〕

〔うまく使わねばな〕


 次に起こったことは、完全にナイルの想定の外にあった。


 ひゅんと軽いうなりをあげて、輝く火の輪がルーイを襲う。とっさに、アイダがルーイをかばったのが見えた。飛んできた火の輪を、ナイルは竜術ではじき返した。竜騎手サンディが剣で払うと、残りはすべて煙と消えた。

「老人の誰かは、黒竜のライダーなのか?」

 サンディは嫌味なほど長い脚をふって火の輪を消し、面白そうに目を細めた。竜術は使えないはずだが、ライダーの余裕は失われていない。「それとも……黒竜のコーラーの力を使っているだけか?」


「話が違う!」老人たちに向かって、アイダが叫んだ。幼子をかばう母のような姿勢のまま。「セドリック王のお血から作られた娘は、新しい領主のため。次代の北部領主を産むための妻。そうおっしゃったではありませんか!」

 予想もしていなかった告白だった。

「アイダ」ナイルは、思わず妻の名を呼んだ。


〔そうであったかな?〕老人たちは緩慢かんまんに顔を見あわせる。

〔そうよ〕

〔だが、『容器』もちょうど空いておるしな〕

〔そうであったかな?〕

〔『容器』など知らぬ、知らぬぞ〕

〔おまえたちが管理していたものだぞ、アレクシス〕

〔そうであったかな?〕

〔そうよ〕

〔うむ。思いだした。あれは確実だ。男女の交合は不確かだ。あれに任せたほうがよい〕


「なんてことだ」

 アイダの言葉と、今の老人たちの反応で、ナイルにはこの茶番の背景が分かってしまった。この年長の妻が、孤児のはずのルーイを疑いなく受け入れ、領主夫人にふさわしい教育をほどこしているその理由わけも。


が、王の娘なのか。『最後の種子』とは、リアナさまではなく……」

 北部領主ジェンナイル・カールゼンデンは、ぼうぜんと呟いた。

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