第24話 さあ、余興の時間よ

 ♢♦♢ ――ナイル――


 作戦当日。


 北部領主ジェンナイルは、緊張を隠して精いっぱいの威厳を保とうと努力していた。

 竜王デイミオンを無傷で取り戻し、無事に目覚めさせるため。ひいては、北部の未来のため。彼が今日、これから果たすことになる役割は大きい。


(かならずやり遂げなければ)


 空中路をわたり、奥座所へと向かう。同行するのは、国王代理リアナと竜騎手ハダルク、竜騎手サンディ、兵士ケヴァン、妻アイダと護衛役の竜騎手の計七名である。


 老人たちが日課を変えないのを承知のうえで、昼食時をねらった。奇妙なことに、かれらはいつもたった三人、例の大広間で食事をとっている。もっとも、介助人がいなければ口にサジを運ぶこともできないらしいので、単に介助の都合で広いスペースが必要なだけかもしれない。


 ひび割れ、盛りあがった床を避ける場所に、古めかしい巨大な食卓が置かれている。老人たちは車いすのまま、置物のように静かに食卓についていた。給仕役の男が一人いて、これは奥座所の使用人だった。家老とは別のライダーも近くに控えている。

 皿に注がれているのはポタージュのみ。それを、介助人がゆっくりと口に運んでいた。

「スワン家のアレクシス。カールゼンデン家のイーライ、ゼンデン家のマリアム」ナイルは呼びかけた。「お食事中に失礼する」


(まずは、かれらの注意を引くことだ)と、内心で考える。(なるべく混乱を大きく。考える猶予ゆうよを与えないように)


 老人たちの二人はこちらに顔を向けたが、もう一人はまだスープ皿のほうに注意がいっているようだった。ナイルにとっては子どもの頃から見慣れているので、それがイーライ老であるとわかる。もっとも、この三老人に目立った違いはなく、千年に近いと言われる時の流れのなかで個別性というものをうしなったように見える。


 ナイルは意を決して、隣の女性の腕をとり、老人たちのいるテーブルへ近づいていく。ほっそりした白い腕には彼の緊張が伝わっているかもしれないが、彼女は力づけるように握りかえしてくれた。外套がいとうのフードをかぶっているので表情はわからない。ふわふわとカールした金髪がひと房、肩に落ちている。


 ようやく、三老人たちが顔をあげた。

〔おお、王の娘〕

〔おまえは最後の種子〕

〔貴重な種子〕



 ナイルは険しい表情を崩さなかったが、内心ではほっとしていた。彼らをだませたということは、第一関門は突破したということだ。もっとも、すぐにバレることになるが――


 つないだ手をほどき、ナイルは彼女のフードをはらいのけた。巻き毛の金髪にスミレ色の瞳は上王リアナの特徴だ。だが顔だちは違う。同じように若く美しく、本来は新緑色の瞳が、竜術の使用によって色を変えている。


「……ルウェリンさま! まさか」

 声は、アイダ卿のものだった。念のため、彼女には作戦をあらかじめ伝えていなかったので、驚きは当然だった。


〔ごきげんよう、古老の方々。先日はお世話になったわね〕

 〈呼ばい〉の声が、妻ルーイの口から聞こえた。その快活な声はリアナのもの。ライダーである彼女を通じて古竜レーデルルの力を受けたルーイが、手のひらを上向けた。ナイルは食卓からカップをとりあげ、なかの水を妻の手のあたりめがけてぶちまける。


 幻術は光をあやつる竜の魔法で、空気中に水分を必要とする。ルーイの手の上に、種子貯蔵庫シードヴォールトの映像がうつった。 


〔さて、お食事のおともに、楽しい余興よきょうの時間よ〕

 リアナの声にあわせ、ルーイは彼女そっくりの悪だくみ顔をして、にやりと笑った。



 ♢♦♢ ――エピファニー――


 同日、同時刻。


 〈黄金賢者〉エピファニーと竜騎手フラニーは、侍女の格好で種子貯蔵庫シードヴォールトに潜入していた。案内役の兵士ミヤミも、同じ侍女姿で同行している。

 こちらには空中路はつながっておらず、石段と縄梯子を使うしか行き来できる道はない。もっとも、職員以外の出入りは禁止されているので、必要がないともいえる。竜を駆るライダーにもかかわらず高所が怖いエピファニーは、ひやひやしながら入口に立った。

 下っ端の侍女でも入室を許される広間で、掃除の真似事などしながらそのときを待つ。……それほど長い時間には感じなかった。


「――来た!」フラニーが鋭くささやいた。「リアナさまが動きました。作戦開始の合図です」


「急ごう! ことが起こった今なら、警備は薄いはず」

 エピファニーは二人をうながした。「奥座所と老人たちの秘密を探るなら、今しかない」

「それに、子どもたちも、です」すでに走りながら、フラニーが付けくわえた。

「もちろんだ」

 ミヤミを先頭に、三人は走った。カツカツと固い音が響く。こんな素材は見たことがない、とエピファニーは思う。御座所の、磨き抜かれた黒曜石のような床とも違う。固くて頑丈で、石のようなのに驚くほどなめらかで。


「こっちです」

 ミヤミは迷いなく先導していく。「御座所に似た装置がある広い場所。そこしかない」


 途中、作業用の簡素な長衣ルクヴァを着た男たちとすれ違った。

「な、なにかあったのですか?」エピファニーは、いかにも慌てた侍女のそぶりで尋ねる。

「侵入者がいるらしい!」男の一人が通りざまに答えた。「君たちは、を頼む。驚かすなよ、まだ力の制御に慣れていないはずだ」

「で、ですが……侵入者なんて。女手だけでは不安です。ついてきてくださいまし」本物の女性であるミヤミやフラニーもかくや、という迫真の演技で、エピファニーは訴えた。

「悪いが、われわれは応戦しなければ――」


 ごすっという固い音とともに、男の一人が床に倒れた。「失礼」フラニーは律儀にことわってから、もう一度男の顔を蹴った。同じタイミングで、ミヤミは残り二人の男を倒している。

「わお」と、エピファニー。

「閣下、お早く」と、フラニー。ミヤミが無言でうながす。


 通路を、さらに奥へ。

 点された明かりの数が少なくなり、ひとつの扉の前で三人は止まった。ミヤミが周囲を警戒するあいだに、フラニーが竜術で内部の危険を確認する。三人は無言でうなずき、部屋の扉を開けた。



 ♢♦♢ ――リアナ――


 侵入者ありとの〈呼ばい〉は、すぐに伝わったらしい。

 細い扉から入ったリアナは、そのことに気がついた。種子貯蔵庫は天然の洞窟を掘り進める形で拡張されており、入口は天井の高い広間だが、徐々に狭く細長く、ウナギの寝床式になっていると聞いていた。その、入口からさほど離れていない場所にいる。


 もとより、ハートレスと違いライダーはグリッドの目を逃れにくく、潜入には不向きだ。ナイルたちが時間稼ぎをしてくれるだろうが、重要なのは三老人をあちらに釘づけにしてくれることで、こちらはこちらで対処するしかない。こちら――つまり、リアナと竜騎手ロレントゥス、エンガス卿、兵士シジュンの四人だ。ふだんは紙のように白く弱々しいエンガスだが、往年の若々しさと壮健さをいくらか取り戻していた。この時のために、青のライダーの力を使って肉体を強化しているらしい。


 どやどやと扉を越えてやってきた敵側の兵士たちの異様に、一同は目を見開いた。その数ではない。

 光を通さないための防護服で、生気なく歩いてくる者たち。服に覆われていない部分には、黒い文様がうごめいている。さらにその背後に、醜く膨れあがった水死体のような姿もある。

「どうして……」リアナは息をのんだ。「ここに、がいるの?!」


「やはりな」エンガス卿が静かに言った。「があるということは、成功作もあるのだろうが」

「どういうこと――」リアナは尋ねようとしてやめた。「いえ、後でいいわ」

 目の前に、すでに異形いぎょうの兵士たちが迫ってきているせいだった。彼女をかばうように、シジュンが大柄な身体で前に出た。「焼くのが、一番早いと思いますが」


 確かに。リアナはロールに向かって尋ねた。「ハダルク卿は、黒竜の支配権を奪い返したかしら?」

 青年は「いいえ! まだです!」と悲鳴をあげた。


「では、散らばる前に数を減らしてきます」シジュンは散歩に出かけるような口調で言い、前方に駆けていく。武器は、おあつらえ向きの戦斧だ。

 対するデーグルモールは、数名が剣をもち、盾や槍などの武具も見えた。元ライダーのデーグルモールなら、外見上はほとんど普通の竜族と違わないから、いわばなりそこないなのだろう。大柄な〈ハートレス〉は戦斧を振りかぶり、縦に横にと薙ぎ払った。……だが、彼の戦斧をのがれたデーグルモールたちが、ぱらぱらとこちらに向かってくる。


「このままでは、竜術が使えません!」ロールが叫ぶ。そのすぐ横を、短い槍がうなりながら通り抜け、リアナの背後の壁に刺さった。


「なによ、それくらいで! あの老人たちじゃあるまいし、自分の竜がいないと尻も拭けないってわけ!?」

 横向きに飛びすさりつつ、リアナが喝を入れた。「その銃は飾りなの!?」


「畜生! 『放て矢』!」ロールは観念したように叫び、銃を撃った。人間の銃と違い、コーラーなら術を込めて数発の連射ができる。魔弾はみごとデーグルモールの一人を絶命させた。……だが弾が尽きたところに、一人のデーグルモールが襲いかかる。ロールはその腕を銃ではたき落そうとしたが、逆に銃を落としてしまった。


 よろめくロールの足もとにかがみこみ、リアナはすばやく銃を拾った。

「無駄です。連射はできない――」


「あらそう?」リアナは銃身をつかんだ。ロレントゥスを襲おうとしているデーグルモールの側頭部めがけ、横向きに思いっきり銃床を振り下ろした。ごすっという鈍い音とともに、半死人はくずれ落ちる。


「こうやって使うものだとばかり思ってたわ」

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