第23話 謎また謎・夜の女子会


 ミヤミは、今朝からの動きの前に、奥座所おくざしょの説明からはじめた。

「奥座所は、組織上は領主家の下にありますが、独自のライダーや使用人も持っています。リアナさまたちが奥座所で遭遇したという者たちもそうですね? ナイル卿」


「その通りだ」ナイルがうなずいた。

「しかし、老人たちの身のまわりの世話をする者たちで、数は多くない。侍女や調理番、竜飼いなどはこちらから拠出している。彼らからある程度の報告も受け取っている」


「タマリスの御座所ござしょのように、独立した権力はない?」エピファニーが確認した。

「〈冬〉の年齢にあるということで、一種の生神いきがみのように崇拝する者もいるようです。スワン家の者たちが、領民と古老との仲介役を担っています」ナイルが答える。


「寄付金なんかの動きはあるの?」リアナが抜け目なく聞いた。

「いえ。祭祀さいしなどがあるわけでもなく……生まれた子の名づけ親を頼まれたときには、領民が小金を渡しているようで、それはこちらも黙認しています。ですが経済的には領主家の支援がなくては立ち行きません」


「ということは、支援を打ち切れば、こちらの要望を聞かせられる?」と、リアナ。


「可能性はある」ナイルは慎重に言った。「ですが、話の通じなさはあの通り古竜に等しいですし、古老として尊敬を集めてもいる……領民たちの手前、強硬策には出にくい」

「竜王と古老が対立するとしたら?」

「竜騎手や若い者たちは陛下に味方するでしょうが、年長者はどうでしょうね」


「……結局、おおっぴらには動けない、というわけね」

 ナイルへの質問は、一同への情報共有の意味もあったので、リアナはひとまずミヤミのほうに視線を戻した。

「それで、ミヤミ。あなたとフラニーには、奥座所で事が起こるあいだに、潜入調査を頼んでいたわけだけど」


「潜入調査なんて、聞いてない」

 女性たちの方を見て、サンディが子どもっぽい不満を述べた。もしかしたら自分もそちらの任務をやりたかったのかもしれない。

「閣下はご存じだったのですか?」ロレントゥスが、ハダルクに向かって聞いた。

「君たちがもう少し腹芸をこなせるようにならなければ、こういう任務の詳細は打ちあけられないよ」

 ハダルクがやんわりと釘を刺した。ライダーの青年二人は不満そうにしている。


 二人の女性は、リアナの声かけに同時にうなずいた。「はい、陛下」

「もっとも、最初から種子貯蔵庫を目標にしていたわけではありません」

 フラニーが言った。「ナイル卿と相談のうえ、介助人にまぎれて奥座所を調査する予定でした」

「ところが、ほかの介助人についていった先が貯蔵庫だったという次第です」ミヤミが後を取った。

 自分の服装を指さして、説明する。

「この服装をした侍女たちは、いくつかの役割に分かれています。一般の女中、老人たちの介助をする者。そして、乳母ナースと呼ばれる者たちがいる」


「実は、内偵を入れていたのも、彼女たちへの疑念があったからなのです」

 ナイルが言った。「あんなところに子どもはいないはずで、前々から気になっていました。当人たちは『冬の老人たちから、伝統の子守歌ナーサリーソングを習っている』というのですが……なぜ、貯蔵庫に? あそこは、有事にそなえて王国のすべての穀物の種子を保管してある。もちろん重要とはいえ、それだけの場所なのだが」


「あやしいね」エピファニーも賛同する。「なにがあったか、説明してくれる?」


 フラニーとミヤミはうなずき、順を追って簡潔に説明した。貯蔵庫に向かった侍女たちは、内部の雑役を振り分けられた。二人は、建物内の掃除や、洗濯物の回収をこなしながら他の女中の動きを探った。竜の網をもつフラニーが全体の監視をし、隙を見てミヤミが内部まで入りこむ。種子のある場所に入れるのは専門の神官だけだが、ミヤミは難なく姿を消しながらついていった。そこで、神官以外には秘されている内部の構造を観察する。

 一方フラニーは、「乳母」と呼ばれる女の仕事が気になった。竜の網グリッドには、自分以外のライダーの気配が複数ある。まだ〈呼ばい〉を制御しなれていない、若いライダーだ。……


「ライダーの子どもたちがいると?」エピファニーが尋ねる。


「目視するにはいたりませんでしたが、子どもたちはいると思います」フラニーがうなずいた。「ただし、ナイル卿に露見していないことや、食料の搬入方法などを考えると、多くても五人は超えないでしょう。洗濯ものの量から見ても、一人か二人の可能性もあります」


「まさか、そんな……領主わたしの知らない子どもが」

 ナイルは絶句し、リアナはけわしい表情になった。「あまりいい予感はしないわね」


「奥座所に子どもがいることと、デイミオン王と、なんの関係があるんです?」いぶかしそうにサンディが尋ねる。


「あの土偶たちの言葉を聞いていなかったの? 彼らはライダーをやしたがっているのよ。そして領主が把握していない子どもたちがいるとする。これが指すことは?」


 それはあまりに不吉で冒涜ぼうとく的な考えに思われた。一同は黙りこみ……そして作戦会議は継続した。決行は明日の正午、昼食の準備で奥座所への出入りが多い時間を狙うことになる。



 意外だったのは、エンガス卿が作戦に同行する、と申し出たことだった。正直に言えば、この老大公を戦力として期待していたわけではないので、リアナは困惑した。しかも、竜騎手の護衛も必要ないという。


 一同が夕食のためにぱらぱらと席を立つタイミングで、エンガスに同行の意志を確認する。

「王のひざ元で、私兵たちに襲われたこともおありのあなただ。医者がすぐそばに付添うのが安全でしょう」

 小柄な老人は、ガラス玉を思わせる淡い水色の目で凝視した。

「だけど、あなたは……」

「老人への気づかいは無用と申し上げる。私にも肉体強化の心得こころえはあるのだ」

 そこまで言われれば、リアナに断る道理もない。といっても、この老大公が彼女の身の安全にこれほど熱心だとは、なかなか信じがたい。王と五公として、長年にわたりなにかと対立してきた相手である。しかも、若く壮健なリアナとくらべ、エンガスのほうは引退間近の病弱な老人だ。


があると言っても、くれぐれも〈竜の心臓〉の酷使こくしはなさらぬように。ケガにも重々ご注意めされよ」エンガスは念を押した。

「力を使うのは……できるだけ避けるわ。人よりちょっと死ににくいとはいっても、姿を、あまり見られるわけにもいかないし」

 それに……デイもフィルもいないのでは、血をもらうこともできないだろう。

 リアナは気楽に肩をすくめたが、エンガスの表情はいつになくけわしかった。


「外見だけの問題ではない。本当に危険だから、衷心ちゅうしんより申しあげている」



 ♢♦♢


 夕食が終わり就寝しゅうしんするまでも、リアナは一人きりの円卓に紙をひろげ、あれこれと作戦を練っていた。


 しばらくするとルーイがやってきた。彼女らしい、趣味のいい部屋着姿で、手にはカゴを下げている。「はいこれ、お夜食です」

 籠は、そばに控えていたミヤミが代わりに受けとった。

 

「ルーイ。こんな遅くに、どうしたの?」

「だって、ナイルさまもリアナさまもお忙しくて、ちっとも構ってくれないんですもん」ルーイがふくれっ面をした。

「今日だって一日、あのおつぼね様の個人授業だし」

「いいじゃないの、平和で」リアナが返す。「お貴族さまの奥方になりたかったんでしょ?」

「私だって、フィルさまに教わってるから間諜スパイの任務できるのに。部屋で勉強してるより、ミヤミと潜入調査したかった」

「ルーイは……そういう潜入は向かない」

 ミヤミがもぐもぐと口を動かしながら言った。リアナのほうを向き、「大丈夫です」と言う。毒見のつもりらしいが、口いっぱいにほおばる姿がリスのようでかわいらしい。

「これ私が焼いたんですよ。ノーザンはお金持ちだから、上等の真っ白な砂糖もいっぱい買えるの。リアナさまはレーズンの入ったやつも食べてくださいね、貧血ぎみなんだから」

 言いながら、ルーイはてきぱきと周囲を片づけはじめる。なんだかんだ、侍女時代の癖が抜けないらしい。

「リアナさま? ドレス、お着替えになるでしょ?」

「ええお願い」


 有能な侍女に就寝の支度を手伝ってもらいながら、リアナはおよその経緯を話してやった。


「へえー。王の娘、種守たねもりの末裔、かぁ」

 聞き終わったルーイは、クッキーを食べつつ、完全に他人事の顔をしている。

「あのねぇ、これはあなたの夫と、その一族の一大事なのよ。デイミオンになにかあれば、北部をかばいだてるのは難しくなるんだから」

「だけど、昔の王様なんて私には、関係ないですもーん」

 ルーイは、ジャムののったクッキーをミヤミの口に放りこんだ。「クソババア……じゃなかった、アイダ卿はスワン家の傍流ぼうりゅうらしいですけどね」

 アイダ卿……。古老が指す「最後の種子」が、彼女である可能性もあるとリアナは思った。

「じゃ、彼女のほうからも情報を探ってみてちょうだい。その家からも王が出たことがあるらしいのよ」

「わぁい、私も諜報任務だー」


 ミヤミがここで寝泊まりしていることを知ったルーイは、自分もここで寝ると言い張った。

「はいはい、領主夫人は気ままでいらっしゃること。寝具は自分で用意するのよ?」


「やったぁ」

「こんなところに三人も寝るのですか。狭いし警備しづらいです」

 ルーイとミヤミはそれぞれに反応した。


 ミヤミが明かりを落とし、部屋は常夜灯ひとつの、ぼんやりした琥珀色の光だけになった。広い寝台の上に腹ばいになって、三人はひさしぶりにとりとめもない話をした――もっぱら、おしゃべりなルーイが城の出来事を面白おかしく披露した。陰謀も謎もない、誰も傷つかない、たわいない楽しい話だ。


 ミヤミが寝てしまうと、久しぶりにルーイがマッサージをしてくれた。柔らかく細い指が、硬くこわばった背中や腰をほぐしてくれる。フィルバートのことを訊かれたら、とリアナは身構えていたが、彼女はなにも言わなかった。見かけほど天真爛漫なわけではなく、孤児としてつらい経験もしてきたらしい。そのせいかルーイは、他人が大切にしている心の部屋を無遠慮に開けるようなことはしなかった。それが、いまのリアナにはありがたかった。


 マッサージのおかげだろうか。ようやく気持ちがほぐれて、疲労と眠気を感じられるようになった。デイミオンの〈呼ばい〉は規則的で温かく、やはり手が触れそうなほど近かった。あと少し。きっと明日には、彼を取り戻せる……。


 どうか、フィルバートなしでもうまくやれますように。


 そう願いながらリアナは眠りに落ちた。最後に感じたのは、ルーイがかけてくれた夏毛布の感触だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る