第22話 手痛い歓迎


 老人たちの声とともに、地割れのような音が響いた。リアナとライダーたちは、足もとの急な揺れに悲鳴をあげた。広間の上段から下段に向かって、稲妻がはしるように床が割れていく。

「陛下!」

 ロレントゥスが抱えようと手を伸ばしたが、リアナもライダーのはしくれではあり、足をとられることなく宙に浮いて衝撃をのがしていた。

「たいした歓迎ぶりね」

旧都みやこ風の嫌味だって? 冗談じゃないよ」竜術を使えないエピファニーは、竜騎手サンディに抱えられている。



〔陛下! 反撃は――〕

〔ダメよ! 崩れてしまう〕

 おどしが現実になっては、交渉にならない。その意味をこめてハダルクに返すと、浮いた勢いでそのまま三老人のいる上段のほうへ近づく。彼らが白竜のライダーだとして、リアナに直接危害を加えることはできないと見たのだが――そこに跳躍ちょうやくして向かってくる影。 


 ロレントゥスが、背中から白い銃を抜き、すばやく構えた。「来たれ息吹いぶき――」

 だが、そこで舌打ちする。「竜の支配権がない!」

「デイミオンね!」ロールを上回るライダーの存在を、リアナは即座に理解した。


 そのときには、すでにケブが剣を抜き、リアナへの攻撃を防いでいた。がっきりと剣を合わせている相手は、さきほどの家老である。なるほど老人たちの護衛も兼ねていたらしい。いつのまにか、シジュンもリアナを守る位置にいる。不安定な足もとをものともしないのは、さすがハートレスというべきか。


「ほかに〈竜の心臓〉はありますか?」

 シジュンが敵の数を尋ねた。普段はぼそぼそとしゃべる印象の、銀髪の大男だ。ハートレスなので、ライダーが使うグリッド恩恵おんけいにあずかることができない。その分、すぐれた五感で敵をとらえることにけている。

「いいえ。見える範囲だけよ」

 剣の打ちあう音はすぐに止んだ。数太刀を受けた家老はひるみ、ケブの脚でしたたかに蹴られて床に転がっている。フィルバート同様、素朴な青年にしか見えないケブは、息ひとつ乱さずリアナをふり返った。


「そのまま押さえておいて」

 命じると、ケブは黙ってうなずいた。男の剣をからんと蹴飛ばし、足裏で肩を押さえている。


「があっ」

 ハダルクの悲鳴が、肉声と〈呼ばい〉の両方で聞こえた。その強さに、リアナはめまいを感じてよろめく。レクサを通じてアーダルの攻撃を抑えようとしたのだろうが、両者の差が大きすぎるらしい。腹を折って苦しそうにしている姿が見える。

(アーダルがさらに力を使ったら、こっちは持たない)


 雄竜は序列に縛られる。では、雌竜レーデルルなら? そう思って、頭痛をおして〈呼ばい〉の通路をひらく。愛竜の気配は手の届くところにあったが、そこまでしたところで、はっと上段へ目を向ける。


 騒ぎに乗じて、古老たちは姿を消していた。



 ♢♦♢ ――リアナ――



「デイミオン王の〈呼ばい〉が、あれほど近くにあったのに! どうして、攻撃の許可をくださらなかったんです。王を取り戻すチャンスだったのに」

 サンディは、いかにもエクハリトス家の男らしく熊のように歩きまわり、いら立ちを表現していた。一行は土埃まみれになったものの、なんとかケガもなく、王の居室に戻ってきている。


 寝室からの続き間になっている部屋に円卓テーブルを置いて、リアナとナイル、ハダルクらが顔をつき合わせていた。奥座所には同行しなかったエンガス卿もいる。まだ旅の疲れが取れないのか、隣のエピファニーが小姓のように水を飲ませてやっていた。

 サンディのほかに、ロールも立ったままの姿勢だったが、これはリアナの護衛という立場でのことだった。ハダルクはまだ顔色が悪い。


「それで北部領を敵にまわすの? 王国を分裂させたくはないわね」リアナは座ったまま強調した。


「ライダーがもっといれば……。面目ないことです」ハダルクがこめかみを抑えたまま言った。アーダルの強い〈呼ばい〉の影響だろうか。

 結局、こちらの収穫としては、剣で向かってきた家老を捕らえただけで終わった。ひとまず、城内の目立たない場所に監視付きで閉じこめている。古老を追ってさらに内部に深入りするのは、さすがにためらわれたので、こうやって戻ってきたわけだ。


「少人数で行って正解だったのよ。見ている者が多ければ、あの家老もその場で処罰しないわけにはいかなかっただろうし」

「そして領主である私も、ですね」

 ナイルが観念したように言った。「国王代理であるリアナ陛下に弓引く行為、私の責任はまぬがれません」

「そうならないように、昨日はわたしを止めていたんでしょ? あなたの責任じゃないわ」円卓の上に伸ばされたナイルの腕を、リアナは優しく叩いた。


「それだからあなたは弱腰だと言うんだ」

 サンディが不満そうに言ったが、リアナは取りあうつもりはなかった。「話を先に進めたいだけよ」


「あえて彼らを刺激してまで、なにが得られたというんです?」ロールも苦言した。「棒でつついた沢蟹サワガニのように、三老人を無駄に警戒させただけでは?」


「だけど、ひとつはっきりしたことがある。少なくとも、連中の狙いはわたしじゃない」リアナは断言した。


「そうでしょうか……」ナイルは、自信が持てないでいるようだった。

「『王の娘、あなたは種守たねもり末裔すえ。最後の種子』。この言葉に該当がいとうする人物は、あなただけだと思うのですが」


「本当に?」リアナが確認する。


種守たねもりとは、農業を守護する白竜のライダーの長を指す敬称です。そのため、多くの場合領主を指します。いま現在そう呼ばれているのはおもに私ですが、領主家全体への尊称として使われる場合もある」

「王の娘のほうは?」リアナが尋ねる。

 ナイルは指をおりながら説明した。「カールゼンデン家から王が出たことはないし、スワン家のセドリック王が没して二百年は経っています。現在『王の娘』と言えるのは、エリサ王の娘であるリアナさまだけでしょう」


「ふーむ」

 リアナは考えこんだ。彼女自身、そう思ったからこそ、彼らが動くと踏んで古老たちのへ乗りこんだのだ。

 だが、三老人の動きは彼女の読みとは違っていた。

「その予言を指すのがわたしだとしても、それで何をなすのかの言及はないわ。単に、希少な血の女性を指すだけなのかも……」


「あるいは、僕たちも知らないような古い詩句を、でたらめに口に出しているだけとかね」エピファニーがもっともなことを言った。「この説だと、古老たちとレーデルルがともに同じ言葉を口にした合理的な理由にもなる」


「ううむ」ナイルがうなった。


「予言なんてどうでもいい。デイミオン王はどうなるんだ?」と、サンディ。


「もちろん、取り戻すわよ。別の作戦もちゃんと……」

 リアナが口に出したのとほぼ同じタイミングで、居室の扉がひらいた。


 その場に入ってきた女性たちの格好を見て、ライダーたちがぎょっとした。白い頭巾のような被りものに、青カビのような色のドレス、頭巾と同じ白い前掛け。奥座所で見た介助人と同じ服装だ。二人いる。

「――誰だ!?」

 思わず剣に手をかけたサンディの誰何すいかに、女性はくすりと笑ったようだった。


「リアナ陛下さま

 頭巾をはらりと落とすと、現れたのは女性竜騎手だった。質素なドレスを着ていても、きりりとした美貌は変わらない。

「「フラニー!?」」サンディとロールの声が重なった。


「お疲れさま。あなたたちのほうも無事でよかったわ」

 ライダーたちのざわめきを無視して、リアナは彼女らに声をかけた。「座ってちょうだい。……収穫はあった?」

「はい」フラニーがうなずく。


「フラニーが潜入していたのか」サンディが呟いた。「道理で、いないと思った……」

「それにミヤミもね」リアナがつけくわえる。

「だが、どうやって?」ロールがいぶかしむ。「レクサが張った網のなかに、フラニーの動きはなかった。ミヤミ殿は、ハートレスだから除外するとしても……」


「潜入していたのは、奥座所ではないのです」ミヤミが言った。フラニーと違い、完全に使用人に紛れこんでしまえそうな雰囲気がある。「私たちがいたのは、種子貯蔵庫シードヴォールトです」

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