第19話 作戦会議と予言ふたたび


 ♢♦♢  ――リアナ――


 夕食は、北部領の初夏らしいものだった。ニシン、マス、サーモンのそれぞれの料理。肉にかかったコケモモのソース。古竜たちには、淡水魚が豊富な付近の湖が選び放題だそうで、竜騎手たちにはこれが一番ありがたいことかもしれない。

 リアナとナイルが、それぞれ王と領主として並び、エンガスとエピファニーの両公、北部の三家を代表する貴族たちがそれに続く。夕食が済むと大テーブルの上が片づけられ、かわって領地の地図や書きつけ用の紙、インク壺などが並んだ。


 一同の目をひいたのは、城と周辺の岩山の全体図がわかる精巧せいこうな模型だった。本来なら、外敵となりうる他所の領主貴族たちにおいそれと披露するものではない。王であるリアナが命じる前に用意することで、北部の恭順きょうじゅんを示す意図があるのだろう。

 ナイルは、今回の件に関係の薄い貴族たちを下がらせてから、本題に入った。


「まず……今回の、デイミオン陛下のについてですが」

 拉致らちという言葉を慎重に避けながら、北部領主は言った。「当地の者の関与が考えられますことをおびいたします」


 反逆ととられる行為をなかば認めるような言葉に、竜騎手たちのあいだに緊張がはしった。

 血気盛んなサンディが追及したそうにしていたが、ハダルクのひとにらみで椅子に座りなおした。先ほどの失態が意外に効いたのかもしれない。

「責任の追及はあとよ。デイミオンの救出が先」リアナは鋭く言った。「現時点でわかっていることをすべて話して」


「はい」ナイルは予想していたようにうなずいた。

「みなさまがお気づきになったように、デイミオン陛下の周辺にあった〈呼ばい〉は、北部領主三家のものです。われわれは、かれらを〈冬の老人たち〉と呼んでいる」

「〈冬の老人たち〉とは?」

 真っ先に問い返したのは、エピファニーだった。あいかわらず小姓のような格好だったので、北部側の竜騎手たちはぎょっとした顔になった。まさかこの貧相な青年が王の参謀役、〈黄金賢者〉の称号を持つ青年だとは思わないだろう。


「彼らは三つの領主家を代表する古老のことです。立場としては、領主家の相談役に近いのですが……」

「なにか問題が?」エピファニーは興味しんしんの様子だ。

「いえ、そこは置いて、ひとまず事件の開始から簡単に説明しましょう」

 そう言って、ナイルは話しはじめた。ところどころに、〈呼ばい〉を使ってイメージを送りながら。



 ……シーズンもはじまり、城内でも年頃の青年貴族たちがパーティを開いていた夜だった。その楽しげでにぎやかな音を、ナイルは最上階に近い伝令竜舎バードケイジでうっすらと聞いていた。ちょうど王都で五公会が開かれた日だったので、その報告を待っていたのである。だが、羽音に顔をあげた彼の目に飛びこんできたのは、伝令竜バードではなかった。慌てた様子で飛んできた領地境の兵士とその飛竜の、ばさばさとうるさい羽音に、ナイルは異常を察知した。


 兵士は驚くべき報告をたずさえていた。黒竜王デイミオンがアーダルを駆り、矢のようにこの城に向かっているというのだ。その背後を追うように、竜騎手団長のグウィナ卿とその竜も飛来していた。


 ――王城で眠りに就いているはずの王が? 目ざめたとしても、なぜ? 


 ナイルは疑問をあふれさせながら、とにかく王を迎えようとすぐに竜舎に向かった。だがその必要はなかった。ほどなくして、黒竜王は城の間近で姿を消したのである。竜舎に足を踏みいれようとしたナイルの、目前もくぜんともいえる光景だった。……


 その後は、グウィナ卿の報告と一致している。ナイルがあわてて、デイミオンが消えたと思われる場所へ向かい、その所在と無事を確認した。グウィナはその足で王都へ舞い戻った……


 ……簡潔な報告に、リアナはうなずいた。ここまでの話は、王都での状況と矛盾していない。

「その場所はどこなの? デイミオンが消えたという……」


「老人たちが住居としている、奥座所と呼ばれる場所です。伝令竜舎バードケイジはここで……飛竜舎がここ……ちょうどこの入口近くで、陛下が消えるのを見ました」

 ナイルは模型の各所を指し示しながら言った。

「アーダルほどの巨竜がそのまま入城できるスペースも、そこにしかありません」


「そして、今も……?」

「ええ。間違いなく、陛下はそこにおられる」

 確認しながらも、リアナは従兄の言葉が正しいことを感覚で理解していた。〈血の呼ばい〉だ。ぴんと伸びた糸に引っ張られるような軽い感覚。意識を集中すれば、デイミオンの鼓動まで聞こえてくるほど近い。

 夫の存在を近くに感じられる安堵あんどと、〈呼ばい〉が復活した理由がわからない不安が、同時にリアナをおそった。

(この感覚が本当なら……わたしはいま、オンブリアの王太子なの?)

 デイミオンに移った王権が、ふたたび自分に戻ってくる? その考えはあまりに突拍子もないものに思えた。ここ数日はめまぐるしくて、まだこのことを誰にも相談していない。この打ち合わせが終わったら、すくなくともエンガス卿には伝えなければ。



「どうやって、陛下とアーダル号を呼びよせたのでしょうか?」ハダルクが尋ねた。

「実のところ、それははっきりわからないのです」ナイルが答えた。「〈呼ばい〉については、私も他のライダーの方々と同程度の知識しかない」


「竜との精神同期が深いときには、催眠にかかりやすいという知見がある」

 代わりにというのか、エンガスがナイルの後を続けた。「その三名の〈呼ばい〉の網をつかい、陛下に持続的に催眠をかけ続ければ、そのようなことが可能かもしれぬ……が、ひとつ問題がある」

 エンガスはひと呼吸おいた。「睡眠下で命令どおりに動くよう、デイミオン陛下に〈呼ばい〉を使うとすれば、その人物はある程度、陛下の近くにいる必要があったはずだ。おそらく、五マイルも離れてはいなかっただろう」

「あるいは、陛下の近くにそのような術をかけた者がいたか」ハダルクの声に緊張がみなぎった。内通者を想像したのだろう。


「わかった。方法の追及は竜騎手団にまかせるわ」リアナは言った。

「それで、仮に催眠術のようなものだとして、解く方法はあるの? エンガス卿」

「催眠は魔法ではない。長期にわたって効果が持続するとは考えにくい」

 エンガスは細い顎に手をあてた。「精神同期を解くことと同じと考えていただいてよいのではないか」

「結局、そこに戻るのね……」リアナはため息をついた。「それができないから、困ってるのに」


「むしろ好都合かもしれないよ」エピファニーが、彼らしい楽天的な声で言った。「催眠がとすれば、催眠を解くこともできる。そのときに、アーダルとの同期も解けるかも」

「ふむ」

 そういう考えもできるのか。だとすれば、古老たちにも利用価値はあるのかも?

「ともかく、その三老人とやらを引きずりだしてきて話をさせるわけにはいかないの? 目的は何か。どんな方法を使ったのか。どうやって催眠を解くのか」


 ナイルが答えた。「もっとも年若い古老でも、興亡こうぼうの節(竜族の五百歳)を超えるといいます。……私もデイミオン陛下をお返しいただくように話をしにいきましたが、正直、古竜と話しているようなものでした。たとえるなら、支離滅裂な予言者のようなものだ。要点をつかむのは難しいし、交渉をするのはもっと難しい」


「いざとなればで取り戻すわ。そのための竜騎手団よ」

 リアナは冷淡に言った。

「正攻法からはじめるの? からめ手が有効? わたしが王として交渉に向かう? 内偵を入れる? 彼らが欲しがりそうなものや情報は? ……あなたが一番、このなかでは三老人に詳しいはず。一緒に考えて」


「内偵はもう入れています」ナイルは観念したように言った。「ですが、最初は随行団の表敬訪問から行きましょう。一筋縄ではいかないことがわかっていただけると思う……」

 

 彼らがより詳しい計画に踏みこもうとしたところで、ふいに竜騎手たちがざわつきだした。

「申し訳ありません、陛下」ハダルクが割って入った。「雄竜たちのあいだに、狩漁すなどりをめぐる小いがあるようで」

 レーデルルの主人であるリアナにも、騒ぎの原因がわかった――北部領の、もともとの古竜たちのテリトリーに、タマリスの古竜たちが入ってきたことによる混乱だ。こちらの群れのボスは思慮深いベータメイルのレクサだから、うまく収めてくれるだろうが――

「しかたないわ。古竜たちのところに行きましょう」


 竜騎手たちがばたばたと部屋を出ていくのに、リアナも続いた。ナイルが後ろから肩をたたき、そっと彼女の注意を引いた。「陛下」


「この場では切りだせませんでしたが。……あなたは、奥座所へは行かないほうがいい」

「なぜ?」

 二人の、同じスミレ色の目がかち合った。ナイルは一瞬だけためらってから、彼女にだけ聞こえるように小さく言った。

「私が三老人たちと会ったとき、彼らの一人がこう言っていました。

 『王の娘、あなたは種守たねもり末裔すえ。最後の種子デメテル』」

「それは――」デイミオンが消えたあの日の、レーデルルの言葉と同じだ。リアナは息をのんだ。


「この言葉は、あなたを指しているように私には思えます。もしそうなら、デイミオン陛下同様、あなたも彼らに狙われるおそれがある――いや、むしろそちらのほうが、彼らの真の狙いである可能性すらある」

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