第17話 とらわれのルーイ?


 彼らが出ていくとすぐに、ロールは後悔しはじめた。彼らは、とらわれのルウェリンを探しに行ったのに違いない。竜騎手サンディは家の大きさをかさに着て無理を押しとおすタイプだし、フラニーも冷静に見えて実は直情型なところがある。この二人を放置して、城内で問題を起こしたら? ここはタマリスではなく、北部領主のおさめる地なのだ。彼ら自身が罰を受けるのはしかたがないとして、竜騎手団や上王リアナの立場を悪くするようなことがあれば、大問題である。なにより、今はデイミオン王の救出という重要任務に差し障るような動きをさせるわけにはいかない。


 それでなくとも、糞がつくほどまじめなロレントゥスだ。観念して、上司であるハダルクとリアナにすべてを打ちあけることにした。



「なるほどね」説明を聞くと、リアナは嘆息した。「みんなで固まって、なにかそわそわしてると思ったら。そういう事情だったの」

「申し訳ありません、同輩を止められず……」ロールは普段の嫌味をひっこめ、恐縮して肩を縮めた。

「勝手なことを……」

 ハダルクが慌てて追いかけようとするのを、リアナがとどめた。「待って。随行団の責任者が追いかけると、かえって怪しいでしょ。……グリッドで彼らの位置を把握しておいてくれればいいわ」

「それは……もうやっていますが……」


 ハダルクを止めるように伸ばした腕をそのままにした姿勢で、リアナは首をかしげた。隣に立つ兵士に声をかける。

「ケヴァン? 実はね……」

 その先は竜術で聞こえなくしてある。ケヴァンと呼ばれた短髪のハートレスは、説明を聞いておなじく首をひねった。

「ルーイのことなら、その手の心配はいらないと思いますけど」


「陛下……」

 ロレントゥスは文字通り、恥をしのんで頭をさげた。「申し訳ないのですが、私も彼らに同行するわけにはいかないでしょうか? 今から追いかければ、少なくとも足止めくらいのことはできると思うのですが」


「……そうね。いいでしょう」

 リアナは、拍子抜けするほどあっさりと承諾した。「どうせ夕方までやることはないんだし。彼らの独断専行で多少の情報が得られれば、それもよし。できなくても、多少の不手際は竜騎手団でカバーできるでしょう」


「ご信頼は嬉しいのですが、そううまくいくでしょうか?」ハダルクは渋い顔だった。



 しかし、とにかく、この下策が功を奏したのである。


 ♢♦♢


 ナイル側の竜騎手たちは、便所の場所を口頭で説明したのみで、サンディとフラニーの行動を制限することはなかった。

 もとより城内には領主家のグリッド(竜術による〈呼ばい〉の網)が行きわたっているはずで、どこを動こうとも彼らに筒抜けであることに違いはない。だが、お互いに網をくぐりあうような真似をすれば、どちらかの網は使い物にならないはずだ。だというのに、この監視のゆるさはどうしたことなのか? ロールはいぶかしんだ。


 彼が同輩たちからの〈呼ばい〉を頼りにその部屋を探し当てたのは、リアナたちに事の経緯を報告してからすぐあとのことだった。


「……?」

 柱の陰からこっそりと扉付近の警備を確認していたロレントゥスは、周囲の様子に不審を覚えた。まず、警備の兵士が立っていない。フラニーとサンディが暴力で片づけた――とは思いたくないが、さすがにそれはないだろう。彼らなら、騒動後に工作をするよりも、撤収てっしゅうを優先するはずだ。……


 剣の柄に手を置き、警戒しながら近づいていく。ドアノブをそっと回し、静かに押して開ける。中からは話し声が。


「やぁ、象を取られてしまったな」


 穏やかながらも威厳をはらんだ声は、意外な人物のものだった。「そうすると私の次の手としては……オオカミを西の2番に、っと」

(……ナイル卿!? どうしてここに……)


「あーっ!」若い女性の、非難の声が響いた。「ナイル様、そんなところに置くなんてずるい! 次の手で私の門番が取られちゃう……」

「ははは、それよりも女王に気をつけたほうがいいんじゃないかな? 私のオオカミで、どちらも狙えるよ」

「えーっ……嘘!?」


 中をのぞき見たロールは驚いた。そこはまず、監禁用などではなく、ごく普通の領主夫妻の部屋だった。イーゼンテルレ風の繊細な調度類。カナリアイエローやターコイズブルーを基調とした、美しく明るく、贅沢な部屋である。

 その中央に、巨大な鳥籠のようなものが置かれている。

 真鍮しんちゅう製のおりが、しいていえば牢と言えなくもないが、中にはクッションが山と積まれて快適そうだ。とらわれの貴婦人、ルウェリンはたしかにその中にいた。クッションに半身をうずめるようにだらしなく寝そべり、手だけを檻の外に出して、ボードゲームの駒をつまんでいる。


 その前には、ナイル卿がにこにことボードを囲んでいた。さらにその背後には……


「ルウェリン様は、ほんとに、素直でいらっしゃるわぁ。たった一手先を、一生懸命考えてらして。かわいらしいわぁ」

 遠回しに「おまえは馬鹿か」と言っているらしい女性は、なんと、例の悪者呼ばわりされていたアイダである。


「ボードゲームなんかなさらず、外を走っていらっしゃるほうがお似合いになりそうねぇ」

「はァ!? うらやましがってるんですかぁ?!」

 ルウェリン――上王リアナがルーイと呼ぶ女性――は、元気いっぱいに顔をしかめた。「おばさんになると外も走れないですもんね!! 私なんか、お肌もぴっちぴちで! すみませんね!」

「まぁ、声が大きくて。元気がよろしいこと。やっぱり、でのびのびとお育ちになった方は違いますわねぇ」

「タマリスは田舎じゃないっつってんでしょ、このババア!」


「ルーイ。年長の女性に失礼な言葉を使うのはやめなさい」たまりかねたように、二人の夫であるはずのナイルが割って入った。

「じゃあ、あのおばさんの嫌味はいいんですか!? ぜんぜん納得いかない……あ」

 ぶうぶう訴えていたルーイが、扉をなかばまで開いて顔を出しているロレントゥスに気づいた。「別の騎手様もいらしたわ! なんてイケメンなの、ラッキー」



「これは……その……どういうことなんです?」

 もはや、身を隠している必要性がない。ロレントゥスは彼らの前に出て、困惑しながら自己紹介し、それから尋ねた。「私たちは、ルウェリン卿がとらわれていると……」


 助けを求めて同輩を見るが、サンディとフラニーも同じくらい途方に暮れていた。

「とらわれていますわ! 今日なんか、もう朝から!」

 ルウェリンが急に、少女っぽい可愛らしい声を作って訴えた。「ハンサムな黒髪の竜騎手様! 私をここから出してください!」

「えっ」

 鳥籠のすぐそばにいたサンディが、思わず差しだされた手を取ったのが、なんだかおかしい。


「北部領主の妻にふさわしい、最低限の教養を身につけていただこうと、課題を毎日出していますのよ」

 ルーイに代わって、アイダが説明した。「それを、毎日毎日毎日毎日お忘れになるものですから。しかたなく、こうやってお部屋で勉強していただこうということです」


「自習! 自習!」ルーイは檻をつかみ、がたがたと鳴らしながら叫んだ。


「では……これらはすべて、ルウェリン卿の虚言だと……?」ロールはあっけにとられた。


「そこまでは言いませんよ。本人の意に反して、閉じこめているのは事実です」

 ナイルは肩をすくめた。「外聞の良いことではない。まして今は、リアナ陛下がお越しになっているのだし」

「リアナさま、到着なさったんですか?」ルーイは顔を輝かせる。「ミヤミは来たかしら? テオは? ケブは?」


「私はここに」

 突然、壁にかかったタペストリーがべろんとはがれ、そこから小柄な少女が顔を出した。黒髪をてっぺんでお団子にした、一目でハートレスとわかる身のこなしの兵士だ。


「「「わーっっ!!」」」

 ロールとサンディ、フラニーは、幼なじみらしいタイミングで同時に声をあげた。突如現れた不審者のはずの女性を、ナイルはにこにこと手招きしている。

「私が招きいれたんだよ。君が退屈しているかと思って」

「じゃあなんで、壁に擬態ぎたいしているんですか?」ルーイが聞いた。


「なんか……いつものクセで……」ミヤミはぼそぼそと気まずそうに言った。「途中で出にくくなっちゃって」


 なるほど、道理であちらの竜騎手たちがサンディらを止めなかったわけだ。単純に、見られても困るようなものがなかったわけだから。


「本来は、おやつも抜きなんですのよ」

 アイダはにっこりとつけくわえた。「それなのに、ナイル様はものですから、こうして退屈しのぎとおやつを持っていらっしゃって。わたくしには思いつかないことですわぁ」

 その言葉は、アイダの嫌味に慣れた者には『よけいなことをしくさって、ボケが。お仕置きが台なしじゃろうがい』くらいのニュアンスに聞こえた。ナイルはそのニュアンスを正確にくみ取ったと見え、気まずそうに横を向いて、妻から視線をそらした。

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