第16話 城の内部と昇降機
〔
〔屋敷の奥に、閉じ込められているんです!〕
声の主は、ナイル卿の妻ルウェリンを名乗った。そして、アイダは悪党だ、とも告発している。
自分の背後で、ロレントゥスは竜騎手たちの緊張を感じた。
〔どうする?〕と、サンディ。〔竜騎手は、弱者と女性を守る者のはずだ〕
〔女性が閉じ込められているのよ。放っておけないわ〕と、フラニーも言う。
上王リアナを抱えてしゃがみこんだままのロールは、すばやく答えた。
〔だが、自分は動けない。陛下のおそばを離れるわけにはいかない〕
〔ここは北部領だぞ。リアナ陛下にとっては実家も同然だろう。なんの危険がある? 危険があるとすれば、われわれのほうだ〕サンディは不満げだ。
〔団長――〕
フラニーが言いかけるが、ハダルクは〔ダメだ〕と一喝した。自身の竜の力で、〈呼ばい〉をナイルたちから遮断している。だがナイルは、その会話が聞こえているかのように薄い笑みを浮かべていた。
〔自分たちの役割を忘れたのか? デイミオン陛下の奪還と、リアナ陛下の安全確保が第一の任務だ〕
〔その両任務が衝突した場合には?〕サンディが陰鬱な声で確認した。
ハダルクは間髪おかず、〔リアナ陛下の安全だ〕と答えた。
〔忘れるな。リアナ陛下は、デイミオン王から全権を託された。いま現在、オンブリアの王はリアナ陛下だ。
竜騎手たちのあいだに沈黙が流れた。しかし、ロレントゥスにはサンディの不満が感じ取れた。
♢♦♢
奇妙な城だ。
ナイルに先導されて、竜騎手たちは城内への入り口をくぐった。列の先頭をハダルクが歩き、中ごろにリアナを背負ったフラニーと、エンガス・ファニーの両公と竜医師たちが進む。ロレントゥスはしんがりをつとめた。
迷路のように入り組んでいて、驚くほど天井が高い。
天然の洞窟のような通路を進んでいくと、行き止まりとなった。
「……?」
竜騎手たちの顔に疑問の色が浮かぶ。が、行き止まりに見えた壁が扉であることがわかると、ナイルにうながされその先に進んだ。内部は、とても狭い部屋になっていた。全員が入ると、立っておくだけのスペースしかない。
領主その人がいるとはいえ、警戒せずにはいられない。ぴりぴりとした緊張のなか、ナイルはごく自然な動作で部屋の隅にあるレバーを操作した。大人の腕ほどもある巨大なレバーの、片方を上にあげ、もう片方は引く。ガコンッと威勢のいい音がして、つぎにガラガラと蛇腹状に扉が閉まった。外扉の内側に、もう一枚扉がある形になる。
(何を――……)
疑問を口に出そうとしたロールの耳に、「わっ」という誰かの声が聞こえた。内臓が持ち上がるような感覚は、ライダーなら慣れたものだが、これは違う。
「床そのものが、上がっているのか……!」ロールは叫んだ。
「そういえば、
フラニーは感嘆したように周囲を見まわした。ギギイッときしみをあげながら、部屋は床ごと上昇していく。部屋と見えたものは実際には鉄製の籠で、上昇するうちに城の各層の一部が見え、通り過ぎていった。
「城に来たかたがたがこれに驚くのを見るのが、楽しみのひとつでね」ナイル公はにこやかに言った。……まもなく、籠の上昇が止まった。
急に視界がひらけ、暗さに慣れていた目にまぶしい人工の明かりが飛びこんできた。
「さあ、
ナイルのあとをついて大広間の脇を通る一行に、驚きが広がった。竜騎手の威厳をたもち、首を動かさないようにするには、かなりの努力が必要だった。家ひとつ分が入りそうなほど広く、天井はかすんで見えるほど高い。実際にそこは町の広場のようで、出入りの商人風の者もいれば楽師風の男たちがおり、領主に目通りを願う領民たちが集まった場所もあった。……
(これが広間というなら……城全体は、どれほど巨大なのか)
ロールは思いを
「リアナ陛下のご紹介と、歓迎の宴はあとにしよう。……まずは、休息を取っていただかねば」
ナイルはそう言って、応接間らしい場所に一行を通した。
「ご配慮に感謝します、ジェンナイル公」
ハダルクが頭をさげてから、おもむろに言った。「しかし、われわれはデイミオン王と黒竜アーダルをお助けするために参ったのです。そちらと情報を共有させてもらったうえで、竜騎手団のほうで救助にあたりたいと思うのですが」
「もちろん、その必要があるだろう」ナイルは穏やかに言った。「こちらの竜騎手たちと顔合わせを兼ね、夕食時までには打ち合わせられるようにしましょう」
「それは――」
できれば、今すぐに動きたい。ハダルクの要求は口まで出かかっているように見えたが、ナイルの笑顔には有無を言わさぬ威圧感があった。
「……
(われわれの動きは、あちらに筒抜けということか)
ロールは思った。もちろん、自分がナイルの立場でもそうするだろう。
ナイルが立ち去ると、お目付け役の竜騎手が残った。色の薄い金髪の、見分けがつかないほど似た双子の竜騎手たちだった。
〔
残された竜騎手たちは、あれこれと勝手な
〔城の上空にあらわれた、アーダル号とデイミオン王のお姿……その周囲を、カールゼンデン家の〈呼ばい〉が取り巻いていた〕
〔反逆の意図ありということでは?〕
〔めったなことを言うものではない。……そもそも、北方は王権に無関心だ。デイミオン王を
〔そのつもりがあれば、すでにやり終えているだろうしな〕
〔むしろ、デイミオン陛下を
〔エリサ王が亡くなって、ゼンデン家は断絶したと思われていたわけだからな〕
〔いずれにせよ、もう少し情報が集まるまで動くつもりはない〕
ハダルクは憶測をいさめ、念を押した。〔王の安全がかかわる重大事ではあるが、軽率に動くことは厳に禁じる。北方領主家を刺激するようなことは、なるべく避けねば〕
たしかに。北部は、王国内でもっとも多く白竜のライダーを抱える。彼らの仕事なくして、王国の農業は立ち行かない。騎手である前に領主でもある貴族たちにとって、北方領主家は敵に回したくない存在だった。
リアナはすでに意識を取り戻していて、長椅子に腰かけ、エンガス卿の診察を受けていた。きれぎれに問診の内容が聞こえてくるが、どうやら先ほど竜から転落したのは、〈呼ばい病み〉の症状らしい。……エンガスが「私にも経験があります」と言っているのにロレントゥスは驚いた。同じライダーである自分は、一度も〈呼ばい病み〉を経験したことがない。サンディやザック、フラニーは幼なじみだが、彼らから聞いたこともない。
ライダーとしての、力の強さが関係しているのだろうか? それとも、〈血の呼ばい〉の不思議な満ち引きか? 王権保持者のあいだにある〈血の呼ばい〉を失ってからも、リアナは北方領主家の継承権を保持している。……
(強い血の力には、それなりの代償をともなう?……いや、そう結論づけるのは早すぎるか。デイミオン王やグウィナ卿はどうなんだろう?)
リアナのこともそうだが、とらわれのルウェリンのことも気にかかる。彼女のことが、というよりも、血気盛んな同輩の二人が何をやらかすか、という方面の心配なのだが……。ロレントゥスは、華々しい美貌を
♢♦♢
ロレントゥスの不安は的中した。ハダルクがリアナへの報告にかまけているあいだに、同輩たちが不穏な会話をしはじめている。
〔この城のなかに、無実の女性が閉じこめられているんですよ! 竜騎手として、放っておけません〕
サンディは急にいきいきとしだした。この長旅がよほど退屈だったのか、とらわれの女性と聞いて騎士道を発揮したくなったのか。どちらもありそうだ。
普段は冷静なフラニーも、その発言に顔を
〔聞けば、ルーイ殿は元侍女で、平民出身だとか。立場の弱い第二配偶者を、本妻たちが虐待しているのでは?〕
(勝手に動いてくれるなよ……)
ロールははらはらと見守っていたが、サンディの
年長の竜騎手たちが「まあまあ」などと適当にあしらっているのも、ロールの不安を増大させた。ハダルクはこちらに注意が向いていないし……。
同輩と上司とのあいだで、あわあわと身動きしているロレントゥス。幼なじみの心幼なじみ知らず、というのだろうか、フラニーは涼やかな声で切りだした。
「
ロールは目を見開いた。この部屋を出る口実にしても、下策すぎる。もう少しこう……あるだろう、と思ってひやひやと見守っていると、サンディも「僕も、
「花摘み?」
「雉撃ち?」
双子の竜騎手は、そろって同じ角度に首をかしげた。どうやら、北方ではなじみのない言いまわしらしい。
「「小用ということです!!」」
美貌のライダー二人は、自信のみなぎる顔で、堂々と嘘を言いきった。
幼なじみたちの子どもじみた行動に、ロールは一人いたたまれなくなり、顔を手でおおった。
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