第12話 ナメられるのは大嫌い


 休憩を挟んだことがよかったのか、その後、古竜たちは順調に飛行を続けた。もともとの予定よりもひとつ先、つまり翌日の昼に訪問する予定だった館に、その晩は逗留とうりゅうすることとなった。


 飛竜たちは見知らぬ竜舎で寝泊まりする訓練を受けているが、古竜たちはなかなかそうもいかない。ハダルクのレクサ号などは、軍事行動に慣れている古竜の筆頭だ。そのため、レクサに従う黒竜のオスたちは比較的落ち着いているようだった。問題は、レーデルルと紅竜たちだろうとリアナは思っていた。ルルは北に行きたくて気が急いているし、紅竜は寒さに弱い個体が多い。



 夕食の席が、旅程の報告や作戦の打ち合わせも兼ねている。王を迎えるための小広間は部外者の立ち入り禁止で、給仕も王都からの者たちだけでおこなっているから、巡幸というよりも前線基地のように見えた。北部領ノーザンからの伝令竜バードしらせを持って、ハートレスの兵士シジュンが入ってくると、談議はさらに本格化した。


「アーダルほどの大きさの竜を、無理やり連れて帰ってくることはできないわ。デイミオンの〈呼ばい〉がないと」

 食事をそうそうに切りあげ、リアナが言った。

「デイミオンとアーダルの同期を解くことが、第一の目標になるはずよ」


「古竜との同期が深いものであるなら、解除にも細心の注意が必要になります」と、竜医師タビサが言った。こちらはまだパンを手に持っている。

「だとすれば、相応の日数がかかると見るべきですね」と、ハダルク。


「えぇ? そうなんですか?」

 横から、ザックの場に合わないのんきな声が入った。グレイビーのたっぷりかかった肉を、皿の上に山と盛っている。「じゃ、今年の繁殖期シーズンはもう、期待薄かな」

「その可能性については、前もって説明したはずだが……」と、ハダルクが渋い顔をした。


「だいたいおまえは、今季はどこにも通ってないじゃないか」

 黒髪のサンディが、にやにやと彼を小突いた。ザックは「別にそれは関係ない」などともごもごと言い、リアナの隣あたりに視線を向け、耳のあたりを赤くした。

 リアナの隣、つまりフラニーはその視線にまったく気づく様子はなく、「竜騎手ならば、繁殖よりもまずは王の任務を第一とすべきです」と堅苦しく言った。彼女もすでに食事を済ませていて、女性らしい指をナプキンでぬぐっていた。


 実のところ、リアナは竜騎手たちのたわいもない話をこっそりと聞いていた。タマリスに長く君臨していると、人間関係がものごとに及ぼす影響というものに熟知するようになる。まして竜騎手たちにとっては、繁殖が人生の目的の多くを占めているから、なおさらだ。


 サンディはデイミオン似の美貌もあり、女性関係は華々しいという噂を聞いたことがあった。南部領のザックが特定の相手を作っていないのは、フラニーが気になっているからなのか。やはり名家の出であるロールも、今季はまだ成果がないとサンディにからかわれている。堅苦しい性格のせいか、女性が苦手だという印象を受ける。


「よかったじゃないか、任務とはいえデイミオン陛下の救出に同行できるなんて。なぁフラニー?」

 サンディの挑発に、フラニーはのってこなかった。わざとらしくため息をつき、「もう少し竜騎手らしい口の利きかたはできないものなの? リアナ陛下の御前よ」と言う。

 この女性ライダーがデイミオンの熱心な求婚者ファンだったことを、リアナは忘れていない。それを踏まえて、彼女には果たしてもらいたい役割もある。この旅のあいだに、人となりを見極めたいと考えていた。……あまり、心楽しい仕事ではなかったが。


 ♢♦♢


 会議が終わり、湯あみも済ませると、リアナはふと現実感におそわれた。旅というより軍事行動という意識が強いせいで、思ったより気を張っているのかもしれなかった。フィルが側にいてくれれば、とまた思ったが、同時に彼がいなくてよかったのかもしれないという気もする。側にいればきっとフィルに頼ってしまっただろうし、そうすれば竜騎手たちはリアナのことを、レヘリーンのような惰弱だじゃくな王だと思うだろう。彼女の髪を拭いていたミヤミは、優しく笑って黙っていた。


 領主の館には立派な主寝室があったが、リアナはそれを断って竜舎で眠ることにした。〈呼ばい〉をつうじてレーデルルの不安が伝染してくるので、落ちつかない。今夜は彼女のそばについていてやるつもりだった。


 ロレントゥスを連れて竜舎に向かっているところで、サンディが前からやってきた。ほかに二名のライダーも一緒だったが、リアナの姿をみとめると立ちどまる。前を行く二名に、「じゃあ俺はここで。また明日」と声をかけてから、リアナにむかって微笑みかけた。

「こんばんは、リアナ陛下さま。夜のお散歩ですか?」

「いいえ」

 リアナは返した。「竜舎に行くところよ」


 ちょうど道をふさぐ場所にいるサンディが、さらに腕をのばして壁に手をついた。リアナはけげんな顔で青年を見あげた。扉近くに明かりがあるため、その顔はぼんやりと薄暗く照らされている。

「今夜は月がきれいだ。僕も、竜舎にご一緒してもいいでしょう?」

「ありがたいけど、それはあなたが護衛の当番のときでいいわ」


「だけど、僕は当番に入ってない」

 サンディはにっこりして言った。

「そうだったわね」

 実のところ、そのことは知っていたが、リアナは今気がついたようにそっけなく返した。サンディことサニサイド卿は、エクハリトス家の貴公子だ。夜勤の免除くらいは簡単なものだろう。リアナは事務的に言った。「ご一緒できなくて残念だわ」


「ふむ」

 サンディは、美しい顔にちょっとした当惑の表情を浮かべた。「じゃあ、僕はいつあなたとお話できるんでしょう? せっかく、あなたの第二の夫の座が空いたというのに」


「わたしの夫の座に興味が?」リアナは片方の眉をあげてみせた。「デイミオンを独占しているという理由で、エクハリトス家はわたしを嫌ってると思っていたけど」

「エクハリトス家はね。でも僕個人は――正直、シーズンのつとめを途中で放りだしてきたのは、この機会チャンスをものにするためですよ」

「ヒュダリオンが聞いたら嘆くでしょうね」

「ヒューは、僕に手出しはできませんよ。あなたの後ろの竜騎手ライダーもね」

 会話しながら、リアナはしだいにイライラしてきた。夜だというのに、こんな茶番に時間を取られたくない。後ろに立っているはずのロレントゥスは、なぜ同輩を制止しないのか?

(ロレントゥスの家はエクハリトス家の分家、おまけに彼自身、養子ときている。そのせいなの? 男同士の連帯? あるいは何か、弱みでも握られているとか?)


 黒髪の青年は、さらに距離をつめてきた。顔だちと髪形、それに竜騎手団の長衣ルクヴァが、出会ったころのデイミオンを思いださせる。「あなたの、スミレ色の目。ゼンデンの女性とは寝たことがない」


「美男子に言い寄られて、悪い気はしないわね」

 リアナは笑顔になった。青年の胸もとに手を当てると、薄闇のなかで黒く見える長衣ルクヴァと白い指が、なまめかしい対比に見える。

 サンディがつられたように微笑んだところで、リアナは左手を差しだした。ほっそりした指に吸い寄せられるように視線が動き、青年はくるむように自分の右手を出した。……その手のひらに、ぱらぱらとなにかが落ちる。

 小さくて、丸いもの。長衣ルクヴァのボタンだった。


「……でも、ナメられるのは大嫌い」リアナはボタンの最後を落としながら言った。


「リアナ陛下さま

 サンディがぼうぜんと呟く。見れば、上王の右手には小刀が握られていた。表情と左手の動きに気を取られていたとはいえ、ライダーにあるまじき醜態だった。


 リアナは甘さの消えた声で告げた。「次の五公の座が惜しかったら、おかしなそぶりはやめなさい。次はボタンでは済まないわよ」


「……おまえ、見てたんだろう」サンディが渋い顔で聞いた。リアナにではなく、その背後のロールに向けて。

「見ていた」ロールは感心したように答えた。「同じ手口で、以前、フィルバート卿にやりこめられたことがある。はたから見ると手品のようで、面白いものだな」


「あなたたちが箱入りすぎるのよ。美人局つつもたせとか、聞いたことないの?」

 騎手たちのぬるま湯ぶりはよく知っているが、リアナはそう言わずにいられなかった。ナイフを元どおり、部屋着の帯にしまう。


「僕はあなたのために言ったのに」

 冷笑を浮かべても、サンディの端正な顔立ちは変わらなかった。「その男は、ベッドではお役に立ちませんよ。……でも、きょうがれた。今夜は失礼します」

「!!」

「……?」

 捨て台詞を残して去っていくサンディと、真っ青な顔で立ちつくしているロレントゥスを、リアナは疑問顔で交互に見やった。


「フィルと別れたからって、ベッドの相手は募集していないんだけど……。ロール? 大丈夫?」

「は……はい……」

 サンディの捨て台詞には気になる部分があったが、ぶるぶると震えているロールにいま尋ねるのもこくな気がして、リアナはやめておいた。

 

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