第11話 美しく、自己主張が強く、やかましい兵器たち


「フランシェスカ卿」

「リアナ陛下さま


 黒髪をきりっと結いあげた美女が、リアナの姿をみとめて会釈えしゃくした。女性なので長衣ルクヴァは着ておらず、グウィナのものに似た動きやすそうな服装だが、彼女も竜騎手団の一員である。黒髪に、赤がベースのドレスなので、色味もちょうどグウィナと逆に見えた。


「古竜たちの様子を、タビサ先生にご報告していました」

 リアナが尋ねる前に、フラニー(フランシェスカの愛称)がそう報告した。「紅竜は寒さに不慣れな個体が多いので、特に注意しておくべきかと思いまして」


「もし、集団から遅れる場合は?」

 そう尋ねると、間髪おかずに答えが返ってきた。「紅竜は二柱ですが、ザックが率いて王都へ帰還。私は黒竜のコーラーとして残ります」

「黒竜のコーラーとして? 紅竜のライダーのあなたが?」

「私は、『鉄の息吹いぶき』としての訓練を受けています。ザックはまだ、訓練が完了していませんので」

 言われてみれば、フラニーは華奢な背中にいかついマスケット銃を背負っている。いざとなれば、この銃を自在に使えるというわけだ。今回は、専任のコーラーは連れてきていないので、彼女の存在は心強いはずだ。


 竜医師のことを一瞬忘れて、(なるほど、やはり有能な女性だわ)とリアナは思った。そして、黒竜と紅竜の氏族に顔がく。そういう理由で、彼女には仮の王太子役を任せたい、と思っていたのだった。ナイメリオンが廃嫡となってから、現在、オンブリアの王太子の座は空席となっている。


「その訓練って、俺も受けなきゃなんですかね?」

 肩をまわしながら大股で歩いてきたのは、当のザック――ザカリアス卿――だった。大柄な金髪の若者で、エサル卿の年少の従弟いとこにあたる。フラニーはエサルの姪なので、二人のあいだにもなにがしかの血縁関係はあるのだろう。どちらも、リアナとだいたい同年代になる。

「俺、フラニーみたいに器用じゃないんで」

「それはわたしじゃなくて、ハダルク卿が判断することよ」

 リアナはそっけなく返し、タビサと話しはじめた。先ほどの、レーデルルのいら立ちと不機嫌のことを伝えると、竜医師はそれを手帳に書きつけて考えこむ様子だった。


 ザックは二人の会話をしげしげと見下ろしていた。エサルに似た獅子のような総髪をくしゃっとかきまわし、首をひねった。

 そして何を思ったか、こんなことを言った。

「んーやっぱ、出るとこがもうちょっと出てないと、俺は無理かなぁ……」

 

「はぁ!?」

 思わぬ暴言に、リアナは地の声で不機嫌に返した。隣のタビサのほうがびっくりして、黒縁の眼鏡がずり落ちそうになっている。

「まさか、外見についての話じゃないでしょうね?!」

 出るとこに出るのはそっちのほうよ、と詰めよろうとすると、ザックは後ずさりした。

「あ、いや。俺の意見じゃなくて。ただあなたがもうちょっと、デイミオン王をしっかり確保しといてくれたら、俺もこんな苦労せずにすむって――」

 何かそのような意味不明なことを言いかけたが、「いたっ」と跳びあがって中断した。ガシャンと威勢のいい金属音がする。フラニーが、厚みのある足鎧のかかとで彼の足を踏みつけたらしい。

「っっにすんだよ!」

 ザックは吠えたが、フラニーは気にする様子もなくリアナのほうに向きなおって頭を下げた。

儀礼しつけの行き届かない竜騎手が、失礼を申しました。陛下」

 そうびる。顔をあげると、高く一本結びにしてあった黒髪が肩から落ちた。うらやましくなるようなまっすぐの髪質だ。


「男性の不愉快な性的発言を、女性が謝罪する必要はないわよ」リアナは威圧的に腕組みをしたまま言った。


「はい。ですが男女の別なく、わたくしは卿の指導役ですので」

「指導役としての釈明というわけ?」

「ザカリアス卿は、いささか馬――鈍――浅――寡聞にして思慮と判断力に乏しいところがあり」

 フラニーは怜悧な顔で、隣の男を遠回しにこき下ろした。『馬鹿』『鈍才』『浅薄』と言いたかったらしいがそうしなかったあたり、彼女の配慮なのか、それとも皮肉なのか。涼しい顔から判断はつきにくい。

「エサル公にも『考えてからしゃべれ』とたびたび注意を受けているのですが、まったく駄目――いえ改善にいたるまでに長い道のりがあるようで、よい方に考えれば大器晩成とも言え」

「嘆かわしいわね」

「まったくです」


「なんだか俺、すごく馬鹿にされてる気がする」ザックがしょぼんと呟いた。

 そのまわりに、ほかの竜騎手が連れだってやってくる。

「おっ、ザックおまえ、またなにかやってフラニーを怒らせたのか? 今月何回目?」

「いつものことだ。フラニーがわざわざ構うから、こいつが調子にのるんだぞ」

 先に声をかけたほうがサンディ、後者はロレントゥスだ。この三人は背格好も年齢も近く、よく一緒にいる場面を見かける。リアナには嫌味ばかりのロレントゥスだが、仲間をこづく様子は年齢相応に、上機嫌に見えた。


 ロールことロレントゥスも美男子だが、ザックとサンディもそれに劣らない。

 サンディことサニサイド卿は、黒髪にハシバミ色の目をしたエクハリトス家の若者で、整った横顔にデイミオンの面影があった。知らないうちに彼をじっと見つめていることに気づき、リアナは慌てて目をそらした。視界に入らなくても、ロールと談笑する声は夫そっくりの低音で、また胸をざわつかせられる。



「陛下」

 ミヤミの声で、われに返った。

「エンガス卿は、エピファニー卿と談話中でした。話題は大学の研究内容についてのようでした」

 隣に戻ってきた彼女が、そう報告した。この元侍女は諜報活動を得意としていて、こうやってちょっとした情報を耳に入れてくれるので、リアナとしては助かっている。

「ありがとう、ミヤミ。お茶、まだ残ってるわよ」

 ミヤミはうなずいて、自分の飲み残しをぐいっと干した。どうやら、リアナの見ていた方向を確認したらしく、「竜騎手たちを見ていると、なんだか目がちかちかします」と言った。


「本当にね」

 この、元侍女の率直さがリアナは好きだ。竜騎手たちは揃いもそろって美形で目にまばゆく、ルーイあたりが随行していたなら喜んだかもしれない。オンブリアの支配層であり、また一騎当千の生物兵器でもある竜騎手たち。かつてはリアナも憧れた、光り輝くドラゴンライダーだ。

 リアナは、この半ダースの美男子たちよりもデイとフィルのほうがいい、と思い、自然と二人を同列に考えていることに我ながらあきれてしまった。そして、こんな考えだからフィルに逃げられるんだわとも思った。


 フィルが出ていったのは、彼女の愛に失望したからだ。二人の一年はすばらしいものだったけれど、それはフィルが言ったように、彼自身が作りあげたものだった。リアナはただ、そのはかない幸福を甘受かんじゅしただけだ。デイミオンという、最愛の夫を待ちながら――自分がフィルにやったことをふり返ると、やはり中途半端で、身勝手だったとしか思えない。……おなじあやまちを、デイミオンでも繰り返したくない。


(デイミオンを取り戻したら、今度こそ、彼だけを愛そう)

 そう決意を新たにしようとしたが、フィルのくれた指輪が目に映ると、やはりリアナの心はゆれ動いてしまうのだった。

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