第2話
暑い日差しが降り注ぐ中、啓太はアヤとコウジを連れだって歩いていた。子供達のアイスを買ってくる事になり、それなら本人に選ばせた方が良いだろうと言うことで連れてきた。
本当はコタロウとミウも連れてこようかと思ったのだが、ミウは少し前に眠ってしまって、その兄であるコタロウは側についていると言って家に残った。優しいやつだ。
コウジも少しは見習えと思うが、相変わらず隙を見てはアヤにちょっかいを掛けようとしていて、その度に啓太に嗜められている。
「コウジ。お前、これから何かやらかしたらその度にゲンコツ一発な。アヤ、何かあったらすぐに言えよ」
「なんだよ。それじゃ、アヤが嘘ついたらどうするんだよ」
決して懲りないコウジにいい加減うんざりしながら言うと、思った通り不満の声が帰ってくる。だがもちろんそんなものを聞く気はない。
「アヤはそんな事しねーだろ。なあ」
「うん!」
守ってもらえるのが嬉しいのか、アヤはさっきからくっつくように啓太の隣に張り付いている。この暑い中でくっつかれるとさらに暑くなるのだが、かといって引き離すのもかわいそうなので、やりたいようにさせておく。
そうしているうちに、目指していた近所のスーパーへとたどり着いた。
「好きなアイス一個ずつ持ってこい。コタロウとミウの分も選んでやれよ」
二人にそう言うと、自分は入り口にあるカゴを手に取りゆっくりと中に入っていった。
店内は冷房が効いていて、服の中に溜まっていた汗も引っ込んでいく。それから、目当てのアイスコーナーに向う最中だった。
「あれ、三島?」
ふと名前を呼ばれ、声のした方を向く。するとそこには、見覚えのある顔があった。
「藤崎?」
服は青いワンピース、髪は束ねてポニーテール。そんな彼女は、同じ中学に通うクラスメイト、
「三島も買い物?」
「あ……ああ。向こうにいる親戚のチビ達と一緒にな」
藍とは家も近所なので、休みの日にこうしてバッタリ顔を合わせる事も珍しくは無い。普段学校で見る制服とは一味違った私服姿だって、可愛くはあるが今までにも何度か見たことがある。
なのにこんなにもドキリとしたのは、きっと少し前にあの事を思い出していたからだろう。できることなら封印したい、あの過去を。
そんな啓太の動揺に気づくそぶりもなく、藍は啓太の差したアイスコーナーの方へと目を向けた。
「親戚って、あの子達のこと?あれ、あの子……」
藍が何かに気づいたように言葉を切る。そこにはアイスを手に取るアヤとコウジの姿があったが、どうしてだろう。よく見ると、僅かにアヤの表情が曇っているようだった。
いや、今までの事から、その理由はだいたい想像がついた。少し目を話しただけですぐこれだ。
「おい、今度はいったい何をした」
「啓太!べっ、別に何もしてねーよ」
二人に近寄り、いきなりコウジが何かをしたと言う前提で話を始める啓太。場合によっては理不尽ともなるが、彼の今までの行いを見ると仕方ない部分も大いにある。その証拠と言うべきか、コウジはとたんに嫌そうな顔をし、アヤはそれとは対照的に、パッと表情明るくした。
「私がアイスをたくさん持ってるのを見て、食い意地が張ってるとかブクブク太るぞとか言ってきたの。コタロウくんやミウちゃんの選んでいただけなのに」
「あっ、てめえ!」
コウジが怒って怒鳴りつけるが、これで有罪確定だ。そして啓太は、自分がさっき『何かやらかしたらゲンコツ』と言う取り決めをしっかりと覚えていた。
ゴンッ!
有言実行。しばらくの間、コウジは痛そうに頭を押さえていた。
そんな三人の様子を見て、側にいた藍がクスリと吹き出した。
「三島がお兄ちゃんやってるなんて、なんだか変な感じ」
「変ってなんだよ」
抗議する啓太だが、なんだか今の姿を見られたのが妙に恥ずかしい。
いや、それは多分、今のコウジを見て、またかつての自分を思い出したからだろう。
まだ小学生だった頃、今のコウジと同じように、相手の嫌がることをしながら喜んでいた自分を。
『お前、悪い霊に取り憑かれてるぞ』
『幽霊だけじゃなくて、妖怪までいるな』
『呪われてるんじゃねーの』
今思うと、嫌がらせのほとんどは心霊ネタだったような気がする。今思うとそのほとんどがバカバカしい子供の妄言だったが、それを言われる相手もまだ子供。しかも自分が寺の息子と言うのも相まって、大いに怖がっていたものだ。
今更ながら、恥ずかしさと申し訳なさが込み上げて来る。
「三島──」
そう、そしてその度に泣きながらこう言われたものだ。『三島なんか大嫌い』と。
「三島──三島──」
その度に、顔では怒っていながら内心どれだけショックだった事か。もしタイムマシンで過去に戻れるなら、そんなアホな事をしていた自分を思い切りぶん殴ってやりたい。
「三島!」
「うわっ、藤崎!なんだよいきなり」
いつの間にこんなに近くにいたのだろう。気がつくと、藍が僅かに体を折り曲げては、降れそうなくらいの至近距離で自分を見上げていた。
「いや、だってなんだか様子が変だったもん。いきなり頭抱えてうつむくし、もしかして熱中症?頭痛とかない?」
「いや、それは大丈夫。って言うか、俺そんな事してたのか?」
「してたよ」
全く記憶にない。そんな奇行をやっていたかと思うと新たな恥ずかしさが込み上げてくる。
だが同時に、今はそんな事を気にしている時ではないと思った。
これだけ過去の行いを悔いているのなら、まずやらなければいけない事があるはずだから。
彼女が目の前にいるのだから、なおさらだ。
「…………ごめん」
「えっ────?」
とっさに、口から漏れた謝罪の言葉。それを聞いた藍は、訳も分からずキョトンとしている。いきなり何の脈絡もなく謝られたのだから当然だ。
だか啓太には、そんな彼女の顔が昔のものと重なって見えていた。毎日のようにイジワルしては泣かしていた、あの頃の顔が。
そして同時に、アイツのことも思い出していた。いつも藍の近くにいて、彼女をイジメる自分を何度も叱っていたアイツを。
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