第21話 滲みよる暗雲

 バスの行き先を教えてくれた子供霊達にお礼を言い、黒音はポシェットから袋に包まれた金平糖こんぺいとうをプレゼント。子供霊は向日葵の笑顔を咲かせ、嬉しそうに手を振りながら霧の奥へと消えて行った。


 あの子たちが教えてくれた矢染市に広がる高速道路、早速、タクシーで市街地近くまで戻り近くのインターチェンジから高速道路内へと侵入した。


 田畑近くの結界から大きく離れた位置から再びバスの捜索を始める、ここからでも結界は近く確認できる。


「今度こそ見つかればいいのだけれど……」

 高速道路を挟む街並み、山間を眺めながら天奈は不安げに呟く。


「あっちこっち移動してる見たいだから分からないよね、一応、志津理に連絡しとこ」

 助手席に座る潤子も同じ気持ちで、スマホの画面をタッチする。

 窓の外を通り過ぎる幾つもの事故車が、天奈の心に棘を指す。


「探し人もそうですがホテルの時と同じ、怪異と穢れによる襲撃が起こる可能性があります、警戒の意識を常に保っていてください」

「昨晩の説明で聞いた犯人がこちらを見張っている可能性があるから、ですね?」

「そうです天奈様、どうか自己の防衛に努めてください」

 黒音の膝に座るホタルは、真面目な声で警戒を促す。


 昨晩、潤子の家で天奈達は知らされた、ホテルの戦いは結界を起こした犯人による事象だと。

 

 冷静になって考えると、確かにあの戦いは違和感を感じられた。

 突然ホテルに大量の亡者と虫が集まり、三人一羽が駆けつけるとあの巨大虎が襲い掛かり、そして穢れの塊まで現れた。


 無差別ではなく選別して襲っている。

 

 何故犯人がそんなことをするのかまでは、黒音もホタルも説明しなかった……しかし犯人はこちらに注視し始めている可能性があると、最後に注意した。


(もしかして、怪異融合者が優先的に狙われている?)

 

 浮かび上がった一つの答え、天奈はちらりと隣に座る黒音の顔を見た。

 傍から見ると美少女としか思えない端正たんせいな顔立ち、赤髪の毛先をいじりながら静かに正面の景色を見ている。

 

 その表情から感情は読み取れない、今何を考えているのだろう?

 

 彼はきっと色々な事を知っている、しかしその全ては語らない。

 その事については不満も異議も無い、語れない事情があるのだろうし、こうして傍に居られるだけで天奈は幸福感に満たされている。

 ……しかし同時に、もっと知りたいという欲が鎌首をもたげ始めていた。

 

(怪異の事、異変の事、そして黒音の事を、もっと、もっと)


「はぁ、我儘わがままだな私」

 誰にも聞こえないように小さく呟き窓に頭を預ける。

 くしゃりと狐耳が曲がってしまうこの感覚は……あまり好きではない。


 そう言えば、もう少し先にパーキングエリアが在った筈。

「――あっ」

 

 今まさに通り過ぎようとしているパーキングエリア、そこに停車している一台のバスを皆は発見した。


 ◇◇◇◇◇◇


 少し年季が入った四角型の建物が二つ並ぶパーキングエリア。その駐車場にタクシーを止め黒音達は降り立つ。

 目標であったバスも近くに停車しており、その傍では数人の男女が座り込み話し込んでいた。


「皆さん野々山観光ホテルから出発した方たちですかっ?」

 生存者を確認した天奈は駆け寄り、安否を確かめる、そんな彼女達に気付き、建物に身を隠していた人達も次々と姿を見せ始めた。

 およそ二十名数名の老若男女、皆共通して疲労と諦観が顔に浮かび上がっている。


 対してこちらは、赤髪ゴシック服の男、人語を話すカラス、銀色狐の少女、光る木刀を握る少女。

 奇妙な御一行ごいっこうに不審な目を向けられ、説得に一苦労を掛けた。


 その後、座り込んでいた男性、バスの運転手からこの二日間の経緯いきさつを聞いた。


 矢染市からの脱出を願いホテルから出発し、結界の壁までたどり着いたは良かったが、結界は事故車の山でバスは通れず、人の力では押しても叩いてもびくともせず先に進めない。 

 バスから降りた乗客たちが、他の場所に行ってみようと相談していると事故車の陰から角の生えた化け物が沢山現れ、慌ててバスを発進させここまで逃げて来た。


 との事。

 そして、このパーキングエリアを避難所として一時立てこもっていたが、一人の少年がこの先の壁を見て来ると、男性十数人とバスを一台連れ出ていった。


「少年? ネーネーその子、面白い手品を持ってなかった? 例えば車輪を操るワンダフルな力とか?」

 黒音の質問に運転手は肯定で返す。

 ここで初めて知ったが、その少年はバスではなく自身のバイクでここまで付いてきたらしい、ここまで安全に来れたのも、その少年が車輪で怪異を倒してくれたおかげと運転手は語る。


 それと同時に、外に出ることにこだわり過ぎて、周りをかえりみなくなっていたように思えた、とも話してくれた。


「現状が現状、外に出たいと焦るのは悪いことではありませんが、ふむ兆候ちょうこうかもしれませんね」

 一通り聞いたホタルが誰に言うでもなく呟く。


「闘争、過敏?」

 その奇妙な単語に天奈は首を傾げる。

 そう言えば昨日、ホテル前の坂道でも怪異たちを見て似たようなことを言っていた、闘争が刺激されている、と。

 

「じゃじゃ、近くに居るんだし会いに行こうか♪ その血気盛んな男の子――大柿おおがき 道広みちひろ君だっけ、確か」

「その名前で合っています、恐らく結界の前で立ち往生している筈、面倒ごとが起きる前に連れ戻しましょう」

 天奈が聞こうとするよりも早く、黒音達が次の行動を決める。 

 

 ――大柿道広、志津理が言っていた怪異融合者の可能性がある男性。

 彼は未だ外に出ることを諦めていない。


「私達が様子を見て来るので、皆はここで待っていてください、ねっ天奈」

 潤子の目配せに頷く、避難者達に伝えた三人一羽は速足でタクシーに乗り込む。

 

 ……心なしか閑散かんさんとした道路の霧が濃ゆくなった気がした。


 ◇◇◇◇◇◇


 走行中のタクシー、横転した車の数が徐々に増え、ぶつからないようゆっくりと進む。

 事故車に近づくたびに群がる亡者が目に付く、とても嫌な目を瞑りたくなる光景。

 その時、天奈の心にピリッとした違和感が通り抜けた。

「え?」

 今の……何?


「運転手さん止まって」

 突然、黒音が停車を求めた。しんとした真面目な声に車内に緊張が走る。


「これは嫌な感じがしますね、胸が騒めくような、苛立ってしまうような」

 運転手ののっぺらぼうが何か不穏な言葉を呟く。

「ええ、この感覚はやはり闘争過敏の波長……少し遅かったかもしれません、ここからは歩いていきましょう」

「タクシーはここで待機、天奈と潤子は僕から離れないでネ」


 皆がこの違和感を感じ取っている、何だろうこのざわざわした焦りに似た感情は。

 そしてタクシーから降りて高速道路を見る、霧は更に視界を埋め尽くし白濁はくだくとした空間へと変容し先が見えない。


『阿ああ、ぁぁ唖ア』

 ゆっくりと歩みを進めると、左右の霧から聞こえて来る亡者の呻き声。襲ってくる様子は無いが声しか聞こえないのが不安を掻き立てる。

 

 その声に混じり、前方から足音が聞こえた。


「――がああ!」

『キキィ!』

 突如霧をかき分け、一人の男とその上半身に掴み掛る小鬼が向かって来た。


「きゃあ!?」

 思わず悲鳴を上げる天奈と潤子を、黒音は左手で横に移動させる。両者は取っ組み合った状態で眼前を通り過ぎ、地面に倒れ込んだ。


「あ、あのっ」 

「うおお、あああっっ!!」

 天奈が声を掛けようとしたが男は只一心不乱に小鬼を殴ろうとする、こちらの存在に気付いていない。

 体勢を崩しごろごろと転がる、小鬼に引っ掻かれたのか体の所々から流血している、それなのに潰しあいは止まらない。


 これでは下手に近づけない、どうすれば。


「死ね! 死ねええ!!」

 小鬼からマウントを取った男は腕を振りかぶる。


「首にチョップ」

「ぐえ」


 いつの間にか男の後ろに立っていた黒音が首の後ろに手刀、男はぐるんと白目になり倒れ込んだ。

『キキ? ギゲッ⁉』

 男に覆いかぶされ困惑する小鬼の額に、黒音は大鎌の柄先を突き刺す。小鬼は穢れとなり崩れた。


「一応気絶させたよ、天奈、穢れをお願い」

 天奈は慌てて意識を失った男に近づき下敷きなっている穢れを祓う。

「この人もバスの乗客者? でも、今の様子は……」

 とても平常とは思えない、そんな風に困惑していると――。


「――して、やる!」

「――おああ!」

『――ギキ!』

『――キア!』

 霧の前方から届いた雄叫び、決して悲鳴などでは無く怒りを乗せた複数の声、この異変が始まって初めて聞く感情の色。


「ひぇっ、この声……まさか昨日みたいに襲われてる⁉」

 ホテルでの襲撃を思い出し潤子が声を荒げる、立ち往生していた所を狙われたのかもしれない。


 しかしそれなのに、胸のざわざわは消えず大きくなる。

 今の人の様子……このまま進んでいいのだろうか?


「さて、と、不穏な音響バチバチ次はどんな絵面を見せてくれるカナ?」

 華麗に大鎌を三回転、黒音は冷静な笑みを崩さず、ブーツを前に差し出した。

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