あたらよ空にゴシック詠え

山駆ける猫

大結界再会乱舞編

第1話 プロローグ

 深紅しんくける――いとおかし。


 時刻は丑三うしみつ。光が少ない街の車道、通りかかる車はおろか歩道には人影も見当たらず、ただ静寂がこの場を支配する。

 しかし中央の破線を律義に踏みながら走り抜ける、一人の人間がそこに居た。


 猛火の如く風に流れる、真っ赤な長髪。

 西洋ドレスの様式を感じさせる可愛らしい、黒のゴシック服。

 まさに死神、と錯覚させる右手に握る巨大な、蒼いかま


 日本ではあまり見かけることのない、異形の姿をした美麗なる人間。

 その者は厚いブーツの底をコツコツと軽快に鳴らしながら、僅かにスピードを上げた。


「どんぐりころころどんぶりこー、おいけにはまってさあたいへん」


 赤髪の人間から聞こえる呑気な歌声、ソプラノ調に綺麗に澄み切った声は、周囲の静かさ故に一層響いて聞こえる。

 そんな歌に合わせて大鎌の刃がゆらゆらと妖光ようこうを放ち輝く。


「どじょうがでてきてこんにちはー、ぼっちゃんいっしょに」

(「歌っている場合ではないと思いますが、主様あるじさま」)

 歌う人間とは違う別の者の声……しかし、この場に人間は一人しか見当たらない。


(「ここに侵入して早々、小鬼こおにの群れに出くわして片付けたと思えば、次はですか」)

「アハハハ、でっかいよねー、ビックリしちゃった」

 

 危機感無く、主様と呼ばれた赤髪の人間は背後の暗闇へと顔を向けた。

 コンクリートの地面を通して感じる振動、耳に届くゴロゴロとした回転音、後方の暗闇からアレは現れた。


『ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ』

 

 鈍く低い呻き声。

 車道を埋め尽くすほどの巨大な顔、そう、どうしてか生首だけが転がっている。般若の様に表情をしかめ怒り強く、額には小ぶりな二本の角。

 この生首は執拗に赤髪の人間を追いかけて来る。


(「アレは恐らく鶴瓶落つるべおとし。木の上から落ちて人間を驚かせ喰らう、肉食のあやかしです」)

「この道路を陣取ってたのかナ? あんなに一生懸命転がって可愛いよねーワンコみたい」

(「その感想には賛同しかねます」)

「エーー、何でーー?」


 追われている筈なのに危機感皆無、むしろこの状況を心底楽しんでいるかに思える。

「よしっと、クールダウンはそろそろ終了」

(「攻めますか?」)

「ウィ優雅に健やかにぃ、反、転!」


 談話していたかと思えば突如ブレーキをかけ振り返り、凄まじいスピードで通って来た後方へと飛ぶ。

 予想外の強襲に鶴瓶落としは思わず回転を緩める、怒りの表情に困惑が宿った。

 追っていたのはこちらの筈、だ。


 赤髪の人間は大鎌を水平に力一杯構え、きらびやかな金色の瞳で眼前の獲物を見据える。

 どちらが狩人なのかはっきりと理解させる為に。


「ぼっちゃんいっしょに、あーそびましょ♪」


 笑顔と歌を飾り――刃を一閃。


 ◇◇◇◇◇◇


 街の中でも特に大きな高層ビルの屋上、さくを越え角の一つに着地するのは赤髪ゴシックの人間。

 危なげなく角に立ち、額に左手を当てながら街全体を見渡す。


「わあ、絶景かな絶景かなー……うん、暗くてよく分かんない」

(「この状況です、営みの光が少ないのは致し方ありません」)

「結界ははっきり見えるのにね」


 瞳が見る先、平日でありながら照らされない眠りの街。しかしそれでも確かに見える、街の外からドーム状に覆う巨大な≪紫色の壁≫。


 今、この市全体は常識を逸脱した異変に支配されている。

 街と町の見えない影の世界で人々は怯え隠れ、そして数えきれないほどの恐怖が活動していた。

 先程斬り殺した鶴瓶落としと同じ……奇怪数多の怪異が。


「アハハハ」

(「嬉しそうですね、主様?」)

「モチロン! 楽しみたくて、わざわざこの街に来たんだからネ」

 笑みが深くなる、それに合わせて吹き荒れる風が髪をフリルをスカートを荒れさせた。

 まるで今の心象を表現するかの様に。

 その立ち姿は美しく、しかしどこか儚さを感じさせる揺れる陽炎かげろう

 

「この街は何を見せてくれるのカナ? どんな恐怖を聞かせてくれるのカナ? どうやって追い詰めて来るのカナ? 何を斬らせてくれるのカナ?」

 左手がぎゅうっと胸元を掴む。


「どうかお願い、たまらない物語で僕の心を満たしてネ」

 それは傲慢で純粋な、狂気に色塗られた願い。

 

 黎明れいめいはまだ遠い、戦慄なる御伽噺おとぎばなしはじまりハジマリ。

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