第5話
しばらくすると、山下は個室にキーボードを持ち込んで、作曲を開始した。さすがにギターの持ち込みは断られたけれど、ヘッドホンをして、キーボードを弾くって事でなんとか先生に許可を貰ったみたいだ。山下はまだ、個室から一般病棟に移れないでいた。本来なら、外傷はほとんど治っているので、一般病棟に移ってもいいはずなのに。
山下の親から聞いた話、脳出血がまだ上手く治ってないらしい。先生からは万が一の事を考えるようにとも言われたらしく、「なんでうちの子が、何も悪い事してないのに…」母親は嗚咽を漏らしていた。
山下は精一杯元気そうにキーボードを弾いていた。「今度の曲はな、ピアノの曲らんだ。ビリージョエルっていただろ?そう、PIANO MANさ。俺もピアノマンになれぃのもいいかも、な。お前キーボード弾けただろ?お前が弾いて、俺がうたうんだ。」
自分の人生が長くない事を知っていたのかもしれない。必死にキーボードと格闘していた。
きっと、山下は、ソフトウェア会社なんかじゃなく、ミュージシャンになりたかったんだ。誰だって思うさ、夢の一つや二つはある。お前はきっとミュージシャンになるべきだったんだよ。きっと。そしたら、今頃スタジアムを満席に出来たのかもな?、まぁ、曲名と歌詞を変えたらだけど。
山下は、「ついに出来たぞ!」キーボードの曲を録音して、僕達に聞かせてくれた。
曲名は「SongWriter」なんとまともなテーマ。そして、山下を表現するに一番いいタイトルだった。
山下は「いいめろりぃ~ができたと思うんだけど、うまく言葉が合わせられないんだ。」
皆で、その曲を聴く。「♪ランラランラララーラン、ランララランラララーン、ランラランララランラン」って仮メロディが入っていた。
凄く、メロディアスな曲で、maj7のコードが上手く使われていた。
-その後2週間後、山下はこの世を去った。
数ヵ月後、僕達はちっぽけなライブハウスで、唄を歌っていた。山下の作った曲、ボーカルは僕が歌う事にした。次で最後の曲、MC「では、新曲です。これは僕達が大事に大事にしていた、いわばリーダーの唄です。聞いてください。『SongWriter』」
僕はギターを置き、備え付けのシンセサイザーに座り、音源をグランドピアノに合わせた。カウントの後、ピアノのイントロが始まる。そこから発せられた歌詞は、「♪ランラランラララーラン、ランララランラララーン、こんなメロディーはどう?」歌詞なんか無い。メロディー。これが山下の歌詞だ。僕は声を荒げて歌った。空の上の宙の上の山下に向かって。
「なぁ、山下。これでいいんだよな。これが正しいんだよな。」
観客の拍手は鳴り止まなかった。でも、これは僕に対してでは無い。決して無い。こんなロクデナシでは無い。山下だ。純粋に音楽を愛した山下だ。「この歓声をどうやったらお前に伝えられるのかな?」
ライブは終了した。
僕達は日常に戻った。バンドは解散した。山下のいないバンドはバンドではないんだ。きっと。
そして、僕達は日常に戻っていった。僕はもうパチスロは打ってない。僕はギターを練習し、また新しい気持ちにリセットして、新しいバンドを作ろう。田村と橋谷を誘おう。
参考:「Songwriter」by KAN
メジャー7 山田波秋 @namiaki
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