第4話

今、僕は病院に居る。橋谷も田村も一緒だ。一緒のベンチに腰掛けている。「手術中」のランプが点灯している。山下の手術なんだ。


事の発端は、キャバクラを出てから。俺が何気なくポケットから出したパチスロのコインを落としてしまった。「あ、コイン落ちた。」その程度だった。


だが、山下が「おい、金落ちたぞ!」と拾いに行った瞬間、飛び出してきた原チャリにぶつかって、みごと2~3m空を浮いたんだ。


「あっ!!」3人、同時に声を上げた。周りからは女性の悲鳴。周りの人も集まってきた。原チャリの人間もヤバイと思ったのか、すぐに降りてきた。


「だ、だれか救急車!」橋谷が叫ぶ。


すぐに119番に電話をして、救急車で山下は運ばれた。救急車には俺と一緒に田村も橋谷も乗っていた。救急車に乗るのは初めてだった。「俺だ、俺のせいだ。あのコインはアンラッキーコインだったんだ。それにしても、こんなにアンラッキーだとは。」僕は愕然とした。事の発端は1枚20円のパチスロのコインだったんだ。


しばらくして、手術中のランプが消える。自動ドアが開いて、先生が出てくる。

「せ、先生ー、山下は、山下は…!!」


先生は沈着冷静に「全身に軽い打撲と右腕の骨折です。脳はCTスキャンを撮っているので結果待ちです。とりあえず生命は無事です。」と告げた。


「よ、よかった。」僕は思う。心底思った。”死”について本気に考えたんだ。28歳の僕のリアル。それも、他の人にはわからないかもしれないが、原因は確実に僕。自分でも顔が青ざめるのが解った。


翌日、山下はICUから個室の病室に移った。僕達は朝まで眠れなかった。個室の病室に移った事を聞いて面会に行く。


山下は言う「ろぉ、るぉくきたなぁ~、ぬあんかさぁ、られろれつがまわるぅないのよ。」


主治医の先生は僕達と山下の両親に告げた。「軽い脳梗塞をわずらってます。一部言語障害が出ていて呂律が回りにくくなってます。ただ、生命に問題はありません。」


山下の両親は泣き叫んだ。「息子は、息子はこの後どうなるのですか!?」


主治医は「しばらくリハビリの生活を受けます。打撲と骨折は普通の外科なので、リハビリで元に戻りますよ。言語障害も言語療法っていうリハビリによって、元に戻るはずです。」


なんてこった。一番音楽をやりたがっていた山下の声とギターを弾く右腕を奪うとは。神様はいないのか!?


それにしても、俺はあのコインを恨む。でも、元はと言えば、俺が持ち帰ったコインだ。僕は毎日、山下の病室にお見舞いに行った。そうしないと自分が嫌になってしまいそうで。逃げたくなくて。


山下は元気そうな素振りだったが、「まいったなぁ~、バンドやりたいよ~」とこぼしていた。そうだ、元々、山下は音楽がやりたかったんだ。それで俺達を集めて、一回もまともに練習する前に入院してしまった。


僕は、パチスロをするのを一切止めた。もう、あんなコインを使うなんて嫌だ。


それから、俺はいままでより一生懸命にギターを弾いた。山下が作った、山下の唄を猛練習した。山下の入院は全治3ヶ月らしく、僕は、毎日会社に行き、定時で帰り、お見舞いをして、帰宅後にギターの練習をした。


週末には、田村と橋谷を集めてお見舞いの後にスタジオに篭った。猛練習した。橋谷のベースラインにアレンジを加え、田村のリズムのチェックをした。そして、スタジオにあった8チャンのMTRにその曲を録音し、毎週、山下に持っていった。


山下は、嬉しそうに、「おまえるぁ、だいぶ上手くなったもんだなぁ~。」と言って、「これなら、いつでも俺が退院したらセッションできるなぁ~。」と言ってくれた。


しばらくすると、僕の左手の指の先はカチカチになっていた。

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