第2話
「なぁ、バンドやらないか?」山下がおもむろにそう切り出してきた。山下とは大学の同期で、今はコンピューターの会社に勤めている。大学時代に一緒にバンドをやった仲間。ただ、オリジナルはやらないで、ユニコーンやミスチルやゆずをかき鳴らしただけだけど。
ここは居酒屋。僕達大学時代の同期は時々週末に集まってただ飲むだけの会通称”同期飲み=DN”というのを定期的に開いているのだ。大学を卒業してから、ずっと(まぁ、頻度は少ないが)DNを繰り返しているって事はすでに6年もやっている事になる。まぁ、続いているって事は仲が悪いという訳ではないのだろう。だからと言って仲良しって訳でもないが。
飲んでいる時は大抵バカ話で終るが、たまに仕事論を話したり、彼女がいるヤツを(憧れながら)冷やかしたり。まぁ、そんな所だ。
その上での「なぁ、バンドやらないか?」である。ただの冗談やネタの一つだと考えていたんで、「君はやりたいやりたいっていうけど、じゃあ、誰が曲作るのさ?28歳にもなってコピーするの?」と冷静に回答すると、驚いた事に「曲ならある。コード進行だけだけどな。ストックが20曲になったので、晴れて君達を誘う事にしたのだ。」と、山下は鞄から一冊のノートを取り出した。驚く事に、そこには歌詞(恥ずかしいものが多いが、これは後で直せるだろう)とその上にコードが書いてある。驚いたのは、augやdim、maj7などの高度なコード(しゃれではないぞ。)まで書かれているって事だ。大学時代は冗談で曲を作ったりするときでも、メジャー、マイナー、7th、sus4くらいしか弾けなかったのに。
「まんざら冗談って訳ではないんだな。」と話すと、「これらの曲をコピーしてきたから弾いてみてくれ」と数十曲をコピーしてクリアファイルに入れた物を渡してくれた。「これはお前の分」、「そしてこれが田村の分、で、これが橋谷の分…」、「おいおいおい!ちょっとまてよ!」田村、橋谷が口を揃えて言った、「俺は楽器なんてできないぜ。」田村よそれが正論だ。橋谷しかり。
山下は焼酎をぐいっと一口飲み、「メンバー探すの面倒なんだよ。っていうか同期でバンド作るのって夢だったんだ。ギターは難しいから、田村はドラム、橋谷はベースをやってもらおうと思う。そして、お前はキーボードとギターだ。ボーカルは勿論俺。」と一気に話した。28歳にもなって何をしようって言うのか?俺達、社会人だぜ。第一時間が無い。山下はそれを知ったかのように続ける。「練習は土日を使おうと思う。月曜~金曜までは個人特訓。土日で合わせてみるって寸法だ。その為にはまずはお前を除いて、基礎が必要だな。田村はこれ、橋谷はこれを読んでみてくれ。」山下が渡したのは、”かんたん!初心者の為のドラム入門”と”かんたん!初心者の為のベース入門”であった。山下め、こんな所まで準備していたのか。用意周到とはこの事だが、問題は山下以外誰もバンドに賛同していないって事だ。
「楽器はどーすんの?」橋谷が山下に問いかけた。おいおい、橋谷やる気あるのか?「ベースはね、俺が高校時代に20000円で買ったベースがある。まぁ、音がいいとはいえないが、無いよりはマシだろ?それを貸すよ。なんならあげてもいい!」おいおい粗大ゴミ排除って訳か?
「橋谷はいいよ。俺はドラムだぜ?それも会社の寮8畳1部屋だ。ドラムなんか叩ける訳ないだろう?」おいおい、田村もかよ、こりゃ本格的にやる事になるかもだ。「ドラムってのはな、タオルをドラムの位置に配置して叩く…となんかの漫画で読んだ事がある。」お前の知識は漫画か!?
「で、どーすんだよ、やってくれるの?」そりゃー、俺だってパチスロして金減らすより楽器をやっていた方が良い。幸い大学時代のギター(フェンダーJAPANのテレキャスター)とキーボード(KORGのX5D)があるので、俺は楽器の準備は不要だ。
「じゃ、一回弾いてみてよ。で、来週、一回ミーティングね。って来週の予定とか入ってる?」おいおい聞く順番が逆だろ。と思いながら誰も予定が入っていない28歳、悲しいネ。
帰宅して、ギターのチューニングを久々に行い、アンプを通さずに(ここは寮だから、アンプなんかで鳴らしたら隣人が怒鳴り込んでくる)もらったクリアファイルから何曲か弾いてみる。だが、ここで問題が発生した。おれはmaj7やaug、dimのコードが弾けないんだった。音楽理論なんて知らないからな。まぁ、maj7は7thで代用して…augとdimは一旦無視しよう。曲の感じを掴む事が大事だ。
まず、弾いてみるタイトルは「駅員は何も知っちゃいない」なんちゅータイトルだ。テンポは”すばらしい日々みたく”。おい、テンポを他の曲のテンポで知らせるな…と言っても、俺もメトロノームは持っていないのでテンポを書かれても困るところだった。”すばらしい日々”はユニコーンの名曲。大学時代にコピーしたもんだ。で、そのテンポで一通り弾いてみる。どっかで聞いたようなコード進行だったけど、曲になっていた。
他にも、「落ちてきた」「一家」「ホームラン」などタイトルは相変わらず意味不明だが、曲としては成立している。でも、山下、いつの間にこんなに曲を作ったんだろう?俺がパチスロしている間に山下はこつこつ曲を作っていたのか。感心すると同時に自分が情けなくなるよ。
ただ、弾いていて、イマイチおかしいところがあるな。と思ってすぐに気付いた。maj7とかaug、dimのコードで弾いていないからだ。俺が悪い。俺は、久々に歌本を買って(これ系の本を開くなんて何年ぶりだろうか!)、コード一覧表を見る。28歳になってギターの勉強をする事になるとは。
コード通りに弾くと、なるほどこのコードじゃないと意味が伝わらない事が良くわかる。
休みの日にコード一覧表と、山下の曲とにらめっこしながらギターを弾いていた。とにかく、ギターを弾いていたんだ。
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