枕のセールスマン

山田波秋

第1話

ある東京の外れにアイドル希望の女の子がいた。高校2年生。普通なら進学も考えないといけない時期であるが、その女の子はアイドルへの道をあきらめられなかった。「芸能界に入りたい!テレビに出たい!」彼女はテレビや雑誌を見ながらその思いを募らせていった。


ある夏の日、友人と原宿を歩いていたら、裏原宿にいつもは見かけない店を見つけた。

看板が1枚だけ出ており、”枕専門店”と書いてある。


「あれかな?最近流行ってるオーダーメイドの枕の店かな?」友人と話しながらちょっと覗いてみる事にした。

中に入ってみると思ったより明るく清潔な感じがした。室内音楽にはおしゃれなFMが流れている。

ただ、店の中を見渡すも枕の専門店に関しては店内に枕のディスプレイがほとんどない。


「ここは一体、どんな店なのかな?」


店員は一人。非常に清潔感のある紺色のスーツ姿の若い男性だ。銀縁の眼鏡が非常にインパクトのあるデザインで思わず目が行ってしまう。髪型もピシッとしており、原宿の街にはいささか場違いにも感じる。


「枕をお探しですか?」店員が口を開く。思ったよりも高い声だ。


「い、いえ、ちょっと覗いてみただけです。す、すいません。」女の子はそう答える。


「そうですよね、場所柄そういうお客様も多数来店されますよ。少ないですけれど枕を見て行ってくださいね」さわやかな笑顔で店員は言う。


「ここは、オーダーメイドとかで枕を作っているお店ですか?」女の子の友人は興味本位に聞く。


店員は慣れた感じで、いつも通りと言った口調で話す。

「もちろん、オーダーメイドもやっております。ただ、それだけではなく当店の商品は”夢を叶える寝具”を目的に販売しているんです」


夢を叶える枕?女の子は不思議に思う。もしかしたら、オカルトチックな店で高額で枕を騙されて売りつけられるのではないか?そう疑心暗鬼になる。そういえば、この店に展示されている枕に値札はついていない。


「失礼ですが、何か夢とかありますか?」店員は言う。


店員の服装や口調からか女の子は思わず気を許して「私、アイドルになってテレビに出たいんです…」と言ってしまった。


思わず自分の夢を素直に言えた自分に自分で驚く。


店員は微笑みながら、

「ほう、アイドルですか。貴女は私が言うのもなんですけれど、芸能界に向いているタイプなのかも知れませんね。どうですか?うちの枕」とけっして微笑みを絶やすことなく話す。


- え?本当に!?でも枕を買ったらアイドルになれるの?まさかそんな馬鹿な話があるわけがない。 ー


女性は思わず顔に不信感が出てしまう。友達の女の子はあっけらかんとしている。女性と同様に意味が分かっていないみたいだ。


「そうですよね、『なんで?』って思いますよね。ただ、当社の枕。本当に効果があるんです。ここだけの話ですが、今テレビCMに出ているアイドルの佐藤奈津子さん、実は当社の枕をご購入いただいているんですよ」


「え?」女の子は声をあげる。佐藤奈津子と言えば、今は見ない日が無いくらいいろんなテレビに出ているアイドルである。


本当かどうかは別として具体的な名前が出てきた事に女の子は驚きを隠せない。


「私、買います!」女の子は決断する。ダメで元々ではないか。ただ値段が心配だ。財布には8000円しか入っていない。友人の女の子はいつも金欠なので相談できないだろう…


「ちなみに幾らですか…」女の子は恐る恐る聞く。


「当店の枕は一律1000円となっています。但し、条件がありまして、この枕。ご自宅で利用する分には効果を発揮しないんですよ。やはり、『枕が活躍する場所』と言うのがありまして、えーと少々お待ち下さい」そう言うと店員は奥に消えて行った。


時間にして3分位だろうか…店員が戻ってくる。


「えーと、明日の21時って空いてます?京王プラザホテルの23Fの2307号室にその枕を持って行って一晩寝てみて下さい。きっと効果があると思いますよ」


「時間と場所を間違えないでくださいね。あぁ、ホテルの宿泊料金は当店のサービスとさせていただきます。なおチェックインする際には、申し訳ありませんが、”金田里美”と言う名前で取ってありますので、その名前でチェックインして下さい」


女の子は疑心暗鬼になりながらもその枕に賭けてみようかな?と思った。どうせ寝るだけだし、ホテルのお金は払わなくて良いみたい。もしチェックイン出来なかったらその時はそのまま帰れば良いか。

財布から1000円を取り出して枕を購入する。

「本当に1000円で枕が買えて無事に店も出られた」女の子はちょっと安心した足取りで原宿駅へと向かう。


翌日、学校が終わり友人たちとファストフードで時間を潰して一旦、家に帰宅。”友人の家で勉強する”と言う名目で家を出る。勿論、鞄には昨日買った枕を入れて。


慣れない新宿の街を彷徨いながら京王プラザホテルを見つけ、チェックインする。名前(金田里美)を言うだけで本当にチェックインでした。

23階のフロアから見る新宿の街は街のネオンを少しかかった霧がフィルターになり、いささか淫靡に見えた。


そして、一晩、寝た。

それだけ。


数か月後、コンビニエンスストアの少年向け雑誌のグラビアにその女の子が一面を飾る。

「超新人、新星のごとく現れた、笑顔の天使 金田里美」と書いてある。


そういう事か・・・女の子はすべてを理解した。

「今度は映画に主演したいな」アイドル”金田里美”に新しい目標ができた。


前に行った裏原宿の枕屋に、急ぎ足で向うもそこに店はもう無かった。

ただ、原宿特有の若者が発する空気感だけが残っている。

「そっか、ここは原宿か」


そうして、女の子は金田里美として芸能界に入るのであった。


彼女はその後、念願のテレビのレギュラーを持ち、映画にも出演。雑誌の表紙も常連になるほどの人気女優となった。


彼女がその後、夢を叶える枕屋を見つけたのかどうかは、定かではない。

ただ、夢を叶える枕屋はいまでもどこかで営業しているらしい。

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枕のセールスマン 山田波秋 @namiaki

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