第148話 ゴウマの記憶

 夜光とゴウマは、ホームの屋上で、広く美しい青空の世界を心に感じていた。

そんな中、ゴウマが過去の記憶について語り始めた。




 今から30年以上前、当時国王であったゴウマの父が重い病に倒れた。

医師からはもう長くないと診断されたゴウマの父は、すぐさま息子であるゴウマを玉座に呼び出し王の座を明け渡すことを告げる。


「ゴウマよ・・・ワシはもう長くはない。 ワシの後を継ぎ、王としてこの国を治めるのだ」


「はい、父上。 ウィルテット一族の名に恥じぬように、わが生涯を掛けて、この国に尽くすことをお約束致します」


「よくぞ申した・・・ただし、1つだけ条件がある」


「なんでしょうか?」


「ワシの古い友人に、ルビと言う娘がいる。 彼女と婚約するのだ」


「それは私に、妻を持てと言うことでしょうか?」


「そうだ・・・王として国を治める以上、お前にはそばでささえてくれる家族が必要だ」


「・・・お言葉ですが父上。 私には自分の力で国をまとめる覚悟があります。

支えなど必要ありません」


「ゴウマよ・・・これは条件だと言ったはずだ。これが呑めぬと言うのならば、お前に王座はやらん」


「・・・わかりました」


 このやり取りから数日後、前国王はルビとその両親を城に招き、婚約を兼ねた顔合わせを開いた。


「ルビです! 本日はお招き頂いてありがとうございます!!」


ルビは由緒正しい貴族のご令嬢。

外見も当然だが、後に生まれてくるセリナとセリアに顔立ちがよく似た美人で、サラサラとしてピンクの紙からは、花のような香りが漂っている。

内面も、自分に肩書を鼻に掛けず、身分関係なく誰でも優しく接する本当の意味で美しい女性であった。

そんな女性と一国の王の結婚に異を唱える者等、互いの家族を含めて、誰1人としていなかった。


「ゴウマ様。 これから妻として・・・家族として・・・ゴウマ様を精一杯支えます!

今後ともよろしくお願いします!」


「はい・・・」


 当時のゴウマは、今とは別人のように他人に対して非常に冷めていた。

顔は常に無表情で、会話も政治的な会議等は覗き、最低限の返答しか口にしない。

愛想のないこの態度が原因で、一部の人間には不快な印象を与えていた。

 

 婚約を結び、顔合わせが終わった後、立ち去るゴウマにルビが後ろから妻としての宣言を述べた。


「別にそこまで頑張る必要はありませんよ・・・私達は婚姻を結んだだけの他人にすぎません。

私があなたに求めることは後継者を生み、育てていただくことだけです。

それ以外のことは何も望みません」


 ゴウマは振り向くことなくルビにそう告げると、足早にその場を去ってしまった。

ルビはこの時から、2人で歩んでいく人生に不安を感じ始めていた。



 それから2年後、ゴウマとルビの結婚式が盛大に開かれた。

参加者は国を影ながら支える大臣達を始め、有名な貴族等、大物ばかりだったが、教会の外でも、国民達がゴウマとルビの結婚を祝福していた。


「ゴウマさまぁぁぁ! おめでとうございまぁぁぁす!!」


「ルビさまぁぁぁ! 幸せになってくださぁぁぁい!!」


 その気持ちを直接受け取ろうとゴウマとルビが誓いの言葉を述べた後、外に出て国民達に顔を見せる。

すると、ゴウマが拡声器(マイク型)で国民全員に向かって言葉を掛ける。


「みなさん、本日は私達の結婚式にご足労頂きありがとうございます。 妻のルビと共にお礼を申し上げます」


『おぉぉぉ!!』


 国王と妃と言う最も大きな肩書きを持ちながらも、国民達と対等の視線で言葉を投げるその姿勢に、2人を支持する国民がさらに多くなっていった。



 結婚式を終え、2人の夫婦生活が始まったと言うのに、ゴウマはルビに対してまるで赤の他人のような冷めた態度を取り続けていた。

とはいえ、別にルビを嫌っている訳ではなかった。

時間が合えば、食事や外出等に同行することはある。

会話も最低限とはいえ、受け答えはする。

だがこの冷めた態度はルビだけに取っている訳ではない。



 ルビがそう思ったのは、結婚式の2年後に開かれた前国王の葬式がきっかけであった。

前国王は葬式が開かれる数日前に、病死してしまった。

王族の死を弔うため、3日間の大規模な葬式が開かれた。

人望が厚く、国民にも慕われていた前国王の死は、誰もが涙を流した。

ところが最も身近にいたゴウマだけは、涙を流すどころか悲しむ様子すら見せなった。

長男であるため、葬式の準備や進行は務めたものの、合間を見て仕事に励んでいたのだ。



「あなた・・・お仕事が大切なのはわかりますが、今くらいは、仕事をお休みして、お義父様に何かお言葉を掛けられたらどうでしょうか?」


 1日目の葬式が終わったばかりだと言うのに、城の王室で何事もなかったかのように仕事を続けるゴウマに対し、ルビは気持ちを抑えることができなかった。

 

「そういった言葉ならば、本日の式でお掛けしたと思いますが?」


「それは王としてのお言葉でしょう? 私が申しているのは、家族としての言葉です!」


 普段冷静な態度で言葉を使うルビが、この時だけは強い口調で言葉を投げつけた。

だが、そんなルビの変化に対して、ゴウマは驚きもせず、書類に目を通しながらこう返す。


「そのようなものはありません・・・父は死んだ。 国民にそれだけ伝えたら十分でしょう?」


「・・・あなたは、家族が死んで悲しくないんですか?」


「言いましたよね? 私は家族に興味はないと・・・」


 その後も、何度かゴウマに話しかけたものの、結局個人的な言葉は何も送らず、前国王は火葬され、早くに病死した前国王の妻・・・ゴウマの母が眠る墓地に遺骨が埋められた。




 実の父親に対しても、冷めた態度を取るゴウマだが、たった1人だけ、彼の心を開くことのできる男がいた。

それが、ゴウマの弟であるウィンである。

彼には豊富な知識やカリスマ性が備わっており、周囲の人間達は、国王はゴウマではなく、ウィンが継ぐべきだと考えていた。

だが、彼には医師になって多くの命を救いたいと言う夢があったため、王座を継ぐことを頑なに拒否した。


 兄であるゴウマとはとても仲が良く、彼が周囲に一切漏らさない悩みや相談事にも乗っていた。

この日もゴウマは、仕事に行き詰っていることをウィンに相談しに来ていた。


「ウィン・・・いつも相談に乗ってくれてありがとう」


「お礼なんていらないさ。 僕が好きで話を聞いているだけだから・・・でも兄さん。

僕に相談してくれるのは嬉しいけど、ルビさんにも話をした方が良いんじゃないかな?」


「彼女に仕事のことを話しても仕方ないだろう? それに、婚姻を結んだとはいえ、彼女とは血のつながりもない赤の他人だ」


「兄さん。 家族は血の繋がりだけが全てはないよ。 書類上の関係だったとしても、彼女も僕らの家族なんだ。 もっと信頼してもいいだろう?」


「・・・」


 ゴウマはウィンの言葉に対して、何も言わなかったが、目は明らかに拒絶の意志を持っていた。

好き嫌いの問題ではなく、そもそも弟以外の人間に対して興味を示さないのだ。

きっかけ等はなく、物心ついた時からこのような性格で固定されていた。

それは異常と言うほかなく、結婚式も葬式も、当初は「不要だ・・・」と言い張って挙げることを拒否していたが、ウィンの説得によってどうにか挙げられたくらいだ。

ウィンと言うつなぎ目がいるおかげで、周囲の人間関係は保たれていると言っても良い。



そして月日は流れ……。

ルビが待望の娘を出産した。

ゴウマとウィンはもちろんのこと、親族一同が、この小さな命の誕生を喜んだ。


 生まれた娘は、バラのように赤い頬、握るだけで折れそうな手足を小さく動かし、

吸い込まれそうな美しい瞳に家族たちを映した。

家族がそそっていることを感じてか、ゴウマとルビの娘は、小さく笑っていた。


「おめでとうございます!! ゴウマ様! ルビ様!」


「いやぁぁ!全くめでたい日ですな!!」


「みなさん・・・ありがとうございます・・・」


 新たな家族を迎え、親族たちに祝福されるルビ。

女性にとってこれほど嬉しいことはないだろう。


「あなた、元気な女の子ですよ?」


「あうあう・・・」


 生まれたばかりのセリナは、初めて会ったゴウマにその小さな手を差し出す。

ゴウマはその小さな手を優しく握り、セリナもわずかな力で握り返す。

無表情ではあるものの、この時のゴウマの顔は初めて見せる父の顔だとルビは思った。

娘はセリナと名付けられ、ルビたちの手で大切に育てられた。


 だが、嬉しいことはさらに続く。

セリナが生まれてからまもなく、ルビが2人目の娘、セリアを出産したのである。

2人の可愛い娘に恵まれ、ルビは幸せの絶頂にいた。

 


 ・・・だがその幸せは突然、終わりを迎えてしまった。



「・・・ウィンさん。 セリナとセリアの診断はどうでした?」


 セリナが6歳、セリアが5歳になったある日、2人の健康診断が行われた。

担当医は、医師免許を獲得したばかりだが、最も信頼できるウィンが担当している。

定期的な健康診断は行われるが、今回はルビが無理を言って特別に実施してもらった。


 健診が終わり、セリナとセリアを自室に帰らせた後、ルビは診断結果を急いで尋ねた。


「まず、2人の体は健康そのものでした」


「そう・・・ですか・・・」


 実はここ最近、物心がようやくつき始めたセリナとセリアに対し、ルビは気になることがあった。

まずセリナは、物忘れが激しい。

物や人の名前をふと忘れるありきたりなものではない。

ルビがセリナに違和感を覚えたきっかけは2つある。

1つは、自分の誕生日を未だに覚えていない。

誕生日会を開いても、「今日、私の誕生日だっけ?」と言うのが開口一番に彼女の口から出る言葉だ。

送られた誕生日プレゼントも、翌日になったら「こんなのもらった覚えがないよ?」とプレゼントのことも誕生日会が開かれたことも全く覚えていなかった。

もう1つは、5歳になるまで、自分の名前を覚えられなかったこと。

また幼いとはいえ、大抵の子供は物心がつくと、読み書きはできなくとも、自分の名前は記憶にとどめることができる。

だがセリナは、物心がついてもなかなか自分の名前を覚えなかったため、ルビや使用人達が名前を呼んでも、それが自分のことだと気づかないことが多かった。

ルビにはこれらがみな単なる物忘れだとは思えなかった。


 続いてセリアだが、彼女はゴウマ以上に人との接触に消極的な少女だった。

あいさつ等はできるが、人と対面したまま話そうとすると、いつも言葉に詰まって会話にならない。

なので、自分の意志をはっきり伝えることができないのだ。

そのためか、普段からセリアは自室に引きこもりがちで、人と会おうとしない。

ルビが部屋から出てくるように促しても、出てこないことが多い。

外で遊ぶタイプではないのはルビも理解しているが、趣味である読書や料理なども、全て自室で行い、母親であるルビですら顔を合わせない日もある。

現実世界ならば、こう言った暗い子供は割といるが、当時の心界では奇妙な子供としか見えなかった。


 何かの病気かと、有名な医師に診察してもらうも、結果は異常なしばかり。

ゴウマは「健康ならば問題ありません」とそれ以上ルビの違和感に関わろうとはしなかった。

だが、問題のない普通の子供どはどうしても思えないルビが、どうすれば良いか頭を抱えていると、

ウィンの方から「2人を診察させてください」と申し出たのだ。

藁にもすがりたい思いでルビがウィンに2人を託し、今、その診断結果を聞く。


「・・・落ち着いて聞いてください」


「はい・・・」


「2人は障害者だと思われます」


 初めて聞く言葉に、ルビは首を傾げてしまった。

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