第147話 青空の会話


 突如、ゴウマの前に現れたエアルが忠告を述べた。

それは、欲深き人間をデウスと言う魔物に変化させる悪魔のエネルギー、ミストについてだった。

徐々にその力を増しているミストが、影以上の脅威になると言う。

ゴウマはこれからどうなるかわからぬ未来に、大きな不安を抱いていた。

一方の夜光は、ストーカー被害に合っているセリアのボディーガードを務めることになった。



 翌朝……。

この日から、マイコミメンバー達は各々の就職活動に力を入れるため、マインドコミュニケーションは一時的に活動休止となった。

それでも夜光にはスタッフとしての仕事があるため、体にムチ打ってホームに出勤する。

さらには、今日からセリアのボディーガードに就く。

了承したとはいえ、夜光にとっては残業代のない残業でしかなかった。


「おぉ!夜光! 待っとったで!」


 玄関ホールに入ると、笑騎が朝食のパンをかじりながら壁に背を預けていた。

イケメンならば恰好が付くポーズだが、肥満・変態・不細工の三神器を兼ね備えた笑騎では、滑稽としか言いようがなく、夜光は声を押し殺して口元を緩める。


「お前なんぞと待ち合わせした覚えはねぇが?」


「俺かて朝っぱらから男を待ち伏せする趣味なんぞないわ。 でも、ちょっとお前に証人になってほしいんや」


「証人ってなんの?」


「まあ、ついてこいや」


 笑騎は手に持っていた残りのパンを口に放り込むと、夜光の肩に手を回して同行を強制する。


「やめろ! 暑苦しい!」


 手を振り解こうとすると、笑騎がポケットの中から1枚の紙を取り出し、夜光の前にちらつかせる。

それは、全体がピンクに染められ、あられもない女性のイラストが記載されたサービス券。

これだけの情報があれば、これがいかがわしい店のものだと説明がなくとも、理解できる。


「これやるから。 大人しくせぇ」


 夜光は無言でサービス券を受け取ると、「10分だけだ」と制限付きで了承するのであった。



 笑騎に連れられて夜光が向かったのは、面談室のドアがずらりと並んだ通路だった。

この辺りの部屋はその名の通り、スタッフやカウンセラーが訓練生やデイケアメンバーの面談で使用している部屋。

夜光と笑騎が通路を歩いていると、面談室の中の一室から2人の人間が出てきた。


「では今日はこれで・・・また、何かあったらご連絡ください」


 出てきたのは誠児と20代の若い女性だった。

きらびやかな長い金髪にモデルのような顔とスタイル。

マイコミメンバー達と張り合えるほどの美女である。


「はい、ありがとうございました」


 金髪美女は深々と頭を下げると、誠児に感謝の言葉を述べる。

顔を上げた際に、誠児と目線が合うと、顔を赤くして「しし失礼します!」とそそくさと背を向けて走って行った。


「よう! 誠児」


 夜光が後ろから声を掛けると、きょとんとした顔で振り返る。


「夜光!笑騎! どうしてお前達が? 今日は2人共、面談の予定はないだろう?」


 夜光が何か言う前に、笑騎が鬼の形相で誠児に詰め寄る。

誠児はその気迫に恐れをなし、自然と腰が抜けて、しりもちをつく。


「見たで!?誠児! お前、いつのまにかあんなべっぴんとできとったんか!?」


「なっなんのことだ!?」


「とぼけんな!! 今さっき、面談室から出てきたやろ!! しかも早朝から2人っきり! 絶対なんかあるわ!!」


「シキさんのことか? 彼女は俺が面談を担当している人だよ。 お前が思っているような関係じゃない!」


「嘘つけ! 可愛い子と2人っきりでなにもせぇへん男なんぞおるか!」


「おいっ! 卑猥な想像はやめろ!」


 誠児にとって金髪美女ことシキは、面談と言う繋がりしかないと言うのは、本人の口ぶりから事実であることは夜光も笑騎も理解できた。

ただ、先ほどシキが見せた一瞬のほころびを、夜光と笑騎は見逃さなかった。


「寝言ほざくな! このラブコメ主人公もどき!! あの子、どう見てもお前に脈あるやんけ!」


「脈? なんのことだ?」


 女性経験豊富な2人とは違い、誠児は自身に向けられる好意がわからない鈍感な一面があった。

女性と恋愛関係になったことがないのも理由だが、そもそもあまり興味がないと言うのが彼の鈍感な性格を作り出した元凶である。


「誠児、お前もう少し女に興味持った方がいいぜ? いつまでもそんなんだと、この先華のない寂しい人生しか迎えられないぜ?」


 誠児の肩に腕を回し、上から目線でその鈍感さを憐れむ夜光。


「余計なお世話だ!」


 そんな夜光の矛盾した態度に若干イラついた誠児は、肩に乗る腕を振り下ろすと、その場で立ち上がり、ズボンについたゴミやほこりを払う。


「それより2人共、早くスタッフルームに行かないと遅刻だぞ!」


 迫りくる時間を追うように、誠児は足早にその場から移動を開始する。


「コラ待たんかいっ!このリア充野郎! まだ話終わってへんぞ!」


「リア充にリア充呼ばわりされたくはない」


「・・・っておいっ! 俺を置いて行くな!」


 スタッフルームでも誠児への尋問は続くが、回答するのがわずらわしくなり、途中から黙秘を貫く。

だが、その内容を耳にした誠児ファンの女性スタッフ達が、笑騎を押しのいて誠児に群がり、尋問から記者会見状態になってしまった。


「勘弁してくれ・・・」


その後、誠児がファンたちの誤解を解くのに、半日の時間を費やしてしまい、午前中の仕事はほとんど進まず、午後に持ち越されることになったのであった。



 昼休み、ホームの屋上……。

食堂で軽く昼食を済ませた夜光は、その足で屋上に上がっていた。

ここは全面禁煙であるホームで唯一、喫煙できるスペースであるため、喫煙の多い夜光がよく足を運ぶ場所。


「ふぅぅぅ・・・」


 夜光は至福のひと時と言わんばかりにリラックスした表情でベンチに腰掛けると、だらしなく背もたれにその身を預ける。

口に咥えているタバコから得た煙を、体中に溜っている疲労と共に大きく空へと吐き出す。


「・・・」


 ぼんやりと見上げる空はどこまでも青く、そして広大だった。

雲1つない空を何も考えずにいると、そのまま空の世界に吸い込まれそうになる。

意識を持って行かれそうなほどの心地よさを体中に感じる。


「(いっそこのままでいたいもんだぜ・・・)」


 そんな夜光の妄想めいた願いも、屋上に訪れたもう1人の来訪者によって、はかなく砕け散った。


「ここにいたか」


 夜光はベンチに座ったままのけぞり、後ろから声を掛けてきた人物に視線を向ける。


「なんだ親父か・・・」


 そこにいたのは、なぜか酒瓶を手に持つゴウマであった。

夜光の座るベンチに歩み寄ると、「隣良いか?」と着席の許可を取る。


「ご自由に」


 夜光はそれだけ言うと、タバコの灰をそばに設置されているスタンド灰皿に捨て、再度咥え直した。

了承を得たゴウマはゆっくりとベンチに腰を掛け、手に持っていた酒瓶を夜光に突き付けた。


「1杯どうだ?」


「どういう風の吹き回しだ?」


「たまにはお前を見習って、昼間から酒に浸るのも悪くないと思ってな」


「えっ?」


 夜光は驚きのあまり思わず聞き返してしまった。

誠児以上に生真面目な性格をしているゴウマから、”昼間から酒を飲む”と言う労働者としてあるまじき行為を自ら誘うことなど、前例がなかったからだ。

しかも、手に持っている酒はかなり高級なもので、夜光も以前から飲んでみたいと思っていた代物だった。


「味は保障するぞ?」


「・・・せっかくだけど遠慮する。 今はそんな気分じゃねぇ」


 これも信じられない言葉であった。

昼間の飲酒等当たり前のようにやる夜光が、目の前の高級酒に手を付けない等、マイコミメンバー達が聞けば、腰を抜かすほど驚愕するだろう。


「・・・そうか」


 ゴウマはあまり驚くようなそぶりを見せず、差し出した酒を引っ込めた。



 それから2人は無言のまま、ぼんやりと空を眺めていた。

静寂が支配する屋上で、夜光がその静けさを破る。


「・・・親父はおかしいよ・・・国王なんて大層な肩書を持ってる癖に、こんなでっかい建物を建てて、ろくな金にならない訓練やカウンセリングばかりやってよ・・・」


「・・・以前、ドープの森でホームについて少し話をしたことを覚えているか?」


「あぁ・・・女房との夢なんだろ?」


「あぁ・・・だがそれだけじゃない・・・ワシがここにいるのは、”弟との約束”なんだ」


「弟?」


「弟はウィンといってな? すぐれた医療技術を持つ医者だった。 

常に他人のことを考え、目の前にケガ人や病人がいれば、金など二の次で治療を施す。

障害者に対しても・・・ウィンは偏見等持たず、彼らの言葉を1つ1つ真剣に受け止め、彼らの心に寄り添っていた・・・」


 ゴウマは1度口を閉じ、空に向けていた目線を下に向け、無で彩られていた顔にわずかな寂しさと悲しさと加え、口を再び開く。


「今でこそ、国王などと評されてはいるが、ワシに言わせれば、他人を想う心が溢れているウィンこそが、国王としてふさわしい器だと思っている」


「でも確か・・・弟は死んだんだったよな?」


「・・・まあな。 だがワシはウィンが死んだとは思っておらん」


「どういう意味だ?」


 夜光は気持ちを入れ替えるように、咥えていたタバコをスタント灰皿に捨て、新たなタバコを口に咥えて火を点ける。

ゴウマは目線を少し上げ、屋上から見下ろせるグラウンドに視線を合わせる。

そこでは、スタッフやデイケアメンバー達が食後の運動と、元気よくかけっこをしている。


「ふっ・・・」


 彼らの明るい姿に元気をもらい、思わず笑みがこぼれるゴウマ。


「・・・そうだな。 お前には話しておくべきかもしれんな」


 ゴウマは過去の記憶を呼び起こし、その内容を口頭で夜光に伝え始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る