第149話 王の定休日

 20年以上昔、余命幾ばくもないディアラット前国王から、その使命を受け継いだゴウマ。

当時の彼は、今でとは別人のように冷徹な性格で、家族に全く興味がなく、国王としての使命を全うすることしか頭になかった。

ある日、ゴウマの妻であるルビが娘のセリナとセリアの行動や思考に普通とは違う何かを感じ、ゴウマの弟で、医師でもあるウィンに、娘達の診察を依頼した。

そして、ウィンから告げられたのは、2人が障害者だと言う結果だった。



「障害者? やはり、2人は病気だったのですか!?」


「病気・・・と言うよりも、後遺症と言う言葉の方が近いと思います」


「後遺症?」


「はい。 資料を読んだ程度ですが、セリナは、体験したことや見聞きしたことを頭に記憶することのできない記憶障害が、セリアは会話することに苦手意識を持ってしまうコミュニケーション障害が、最も当てはまる障害だと考えてます」


「どっどうして2人がそんな障害に?」


「・・・セリナが昔、2階のベランダから落ちて大けがを負ったことを覚えていますか?」


「えっ? えぇ、私がうっかり目を離したすきに、ベランダに出たセリナが、柵の間から・・・あの時は生きた心地がしなかったわ・・・」


 セリナは2歳頃、ルビの不注意で、2階のベランダから落ちて、頭に大けがをしたことがある。

すぐにそのことに気付いたルビが城の医者の元に連れて行き、大事には至らなかった。


「断言はできませんが、その時負ったケガで脳にダメージを与えてしまい、障害と言う形で残ったのかもしれません」


「そんな・・・」


「セリアの場合は、生まれつきだと思いますが、他人と接しようとしないのは、思うように会話ができないストレスによるものだと考えています」


 ざっくりした説明でも、ルビは障害と言う言葉に理解が追い付かなかった。

だが、ルビは一旦追いつこうとする思考を止め、1番聞きたいことを口にする。


「それで、2人の障害は治るのですか?」


 ルビにそう尋られたウィンは、顔を少しうつ向かせて、首を横に振る。


「最初に行った通り、障害は病気でないので、取り除くことは不可能なんです。

だから、2人にとって大切なのは、自分自身の障害を上手く向き合って、生きていくことです・・・とは言っても、障害に対して無知な人間が多いこの心界では難しいかもしれませんが・・・」


 当時の心界では現在以上に障害に対する認知が低く、特に外見での判断が難しい精神障害者の場合は、”頭のおかしい人間”という雑な部類に分けられている。

2人を診察したウィンさえも、偶然見つけた精神障害に関する本を目に通して、ようやく障害に対する散り木を概要程度だが、理解することができたくらいだ。


「とにかく、兄さんにもこのことを話してきちんとこれからのことを相談しましょう」


「そうですね・・・わかりました」



 後日、ルビとウィンは、自室で仕事をしているゴウマの元に趣き、セリナとセリナの障害について話をした。

2人が訪れても、ゴウマは「仕事中なので、失礼ながら、耳だけでお相手させてください」と紙の上で走らせているペンを止めようとはしなかった。

それは百も承知だったので、ウィンは構わず2人の障害について、事細かに話した。


「・・・そうでずか」


 ウィンから一通り話を聞いたゴウマは、軽くため息を吐き、ペンを止め、ルビとウィンに視線を合わせた。

我が子が障害を持ったと言う事実を聞き、普段冷たくても父としての気持ちはちゃんと持っているんだと、ルビは少し安堵した。

だが、次にゴウマの口から出た言葉によって、そんな温かな気持ちも一瞬で冷え切ってしまった。


「仕方ありません。 ”2人のことは諦めて、3人目に期待致しましょう”」


 一瞬、ゴウマが何を言っているのかわからなかった。

ルビの言葉が喉に詰まっている間に、いち早くウィンが「どういう意味なんだ?」と問う。


「言葉通りの意味です。 話を聞く限り、セリナとセリアには女王としてこの国を治めることはできないようですね。 ならば、”そんな欠陥品”に時間を割く暇はありません。

幸い、ルビさんの年齢ならば、まだ子供を出産することが可能なはずです」


「何を言ってるんだ兄さん!! 2人は大切な子供じゃないか!! 少しは父親らしいことを言ったらどうなんだ!?」


 普段ゴウマに対して落ち着いた物腰で話をするウィンも、この時ばかりは声を荒げた。

大切な我が子を欠陥品呼ばわりするゴウマの物言いが、どうしても許せなかったからだ。


「単に愛でる子供など、いくらでも替えが効く。 だが玉座を継ぐ後継者は、素質のある選ばれた者にしか受け継ぐことがでないのだ。 ウィン、お前もウィルテット一族ならば、わかるだろう? 国が必要としているのは父ではなく、王だと言うことが・・・」


「国のことを言っているんじゃない! 家族を想ってほしいんだ! 兄さんは国王であると同時に、父親でもあるんだ! それを理解しているのか!?」


 全く家族のことを考えてないゴウマに対し、ウィンは感情的になって目の前のテーブルを両手で叩き、身を乗り出した。


「理解はしている。 だが父親など・・・国王に比べれば、ちっぽけで何の価値もない肩書きだ・・・! そろそろ時間だ」


 偶然視界にとらえた時計が示す時間が記憶にヒットしたゴウマは、先ほど書いていた資料を机の引き出しにしまい、腰かけていた椅子から立ちあがる。


「それではこれから会議があるので、失礼します。 ルビさん、子供のことは後日、お願いいたします」


 パチンッ!!


 ゴウマが立ち去ろうとした瞬間、ルビは立ち上がると同時に、ゴウマの頬に強烈なビンタを喰らわせた。

突然のことに、ゴウマ叩かれた頬を抑え、ルビに視線を送る。

彼女はブルブルと怒りに体を震わせ、うっすらと目に涙をためていた。


「・・・いい加減にして。 セリナとセリアにとって、あなたはこの世でただ1人の父親なのよ?

それがそんなにちっぽけなの?」


「・・・」


「玉座のことを考えることも、3人目を生むのも構わない・・・でも、私達の大切な子供達を無下に扱うことは、私が許さない!」


「あなたにとって大切な子供であっても、私にとっては、後継者候補にすぎません」


「そうでしょうね・・・でも私からすれば、国王こそ、ちっぽけで滑稽な存在です」


「それは少々言葉が過ぎるのではないでしょうか?」


 王と言う存在に対する侮辱の言葉に、ゴウマも少し怒りを見出した。


「国を支えているのは国民達で、国を直接守っているのは騎士団、国の内部のほとんどを管理しているのは大臣達・・・だったら、国王はなんなの? 何をして国に貢献しているの?」


「国民たちが住みやすく、安心して暮らせる国を作るために尽力する・・・それが国王です」


「家族を想うことすらできないようなあなたに、国を想って尽力することなんて、到底できませんよ」


 ルビは怒りのままゴウマの胸倉を突かみ、心の奥底に秘めていた思いをぶつける。


「よく聞きなさい! 父親にとって一番大切なのは、子供に愛を注ぐこと! そして、国王にとって一番大切なのは、国民を愛すること! あなたはそのどちらもできていない!・・・いや、しようともしていない!」


「愛? そんな世迷言・・・」


「人は愛することで強くなれるの! 愛してもらうことで自分を認めてもらえるの!

国王なんて、偉そうに椅子にふんぞり返るだけで周囲がありがたがるけど、

親は人生を掛けて子供に愛を教えないと、子供にすら感謝されないのよ!」


「・・・」


「私をないがしろにするのは構わない! でも、子供達だけは愛情を持って接してあげて。

愛を持たない人間には誰もついて行かないわよ?」


 ルビはそう言うと、ゴウマから手を離し、部屋から出て行った。


「セリナとセリアの障害についてまとめた資料を、テーブルに置いておくから、気が向いたら目を通して」


 ウィンもそれだけ言い残すと、ルビを追うように去って行った。

1人残されたゴウマは、じんじんと痛む頬を撫でながら、ルビが言い放った言葉を、記憶の中で何度も再生するが、彼女の伝えたかったことを理解することができなかった。



 翌日から、ルビはセリナとセリアに障害のことをかみ砕いて話した後、それぞれルールを2つだけ守らせるように告げる。

セリナは”忘れたくないことをメモに残し、それを肌身離さず持ち歩くこと”と”忘れた場合は忘れたと偽りを述べることなく伝えること”の2つ。

覚えきれないことは周囲がサポートするが、なるべく自分の力で記憶をとどめて欲しいと言うのはルビの意見。

また、セリナには忘れた時に、忘れたことをごまかす癖があるため、もう1つのルールをつけた。

セリアは”言いたいことを途中で断念せず、最後まで伝えること”と”1日10分間、自室から出ること”の2つ。

時間や言葉を気にしたりせず、言いたいことを最後で言う、シンプルかつ高難易度なルール。

使用人たちには、セリアが言い終えるまで、待っていてほしいと頼んでいる。

2つ目のルールは、引きこもる癖を直すためのルールだが、無理やり連れだすのではなく、自室で1人になることを好むセリアでも、どうにか耐えられるくらいの時間を設定することで、自分から自室から出るようにすると言うのはルビの狙い。


 そして、ルビが子供達だけでなく、ゴウマにも家族に対する気持ちを持ってもらおうと動き始めた。


「定休日だと?」


 自室で仕事をしているゴウマの元に、再度赴いたウィンとルビは、”定休日”案を持ちかける。

王であるゴウマでも、休暇を取ることはできるのだが、彼自身が休むことを拒み、1日の全てを仕事に費やしていたのだ。


「そうだ。 週に2日、兄さんには王の職務を休んでもらって、その間に、子供達と触れ合ってほしいんだ」


「何を言っている? 王を任された私に、休暇など許されるはずがないだろう?

たとえ1日でも、休めばその分、国の動きを止めてしまうのだぞ?」


「その辺りは大丈夫だ。 大臣達に頼んで、融通を効かせてもらった。

もしもそれで手が足りないのなら、微力だけど、僕も手伝う」


 ルビとウィンは、ドウマの定休制度を設立させるため、国を管理する大臣達に次々と頭を下げ、協力を申し出た。

多くの大臣達が賛同し、中には反対する者もいたが、妃であるルビと王族でるウィンの頼みを無下にすることはできず、渋々了承してくれた。




「勝手なことを・・・」


「勝手なのは重々承知です。 ですが、あなたにも父親として子供達に接してほしいのです!

どうか、この提案を受け入れてください」


 ルビとウィンは頭を下げ、「「お願いします」」とゴウマに了承を得ようとする。


「・・・わかりました。 了承しましょう」


 2人の熱意に負けたことと、ほかならぬウィンの頭を下げるほどの頼みをないがしろにできなかったゴウマは、定休日の案を受け入れたのだった。


 それ以降、ゴウマは定休日になると家族との触れ合いに参加させられるようになった。

ただし、ウィンがそばにいれば、ゴウマもルビ自身も甘えてしまうため、ルビから距離を置いてほしいと申し出ていた。

家族水入らずと言うことで、ウィンもその申し出には賛成した。



「パパ! 一緒に遊ぼうよ!」


「・・・」


「ほらあなた、セリナと遊んでやってください」


 定休日を始めたばかり頃は、ゴウマは子供に対して全くの無関心で、ただぼんやり見つめているだけだった。

だが、ルビが積極的にゴウマと子供達の架け橋になるように尽力していった。


 そして、ルビの甲斐甲斐しい努力が実ってきたのか、ゴウマの家族に対する接し方に変化が現れ始めた。


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