第145話 忠告

 マッドの死に責任を感じるレイラン。

彼女の心に渦巻く複雑な感情たちを静めたのは、ミヤの愛と言う名のぬくもりであった。

それからしばらくして、セリアがストーカー被害に合っていることをマイコミメンバー達に告白した。

容疑者として最も疑わしい男、夜光がセリア達が昼食を取っている天下統一に姿を現した。



「やっ夜光さん・・・こっこちらで昼食を取られるのですね?」


 夜光の登場に思わず顔を引き釣ってしまったスノーラは、強引に笑顔を作って自らの平常を装うが、その笑顔は他人が見ても不気味にしか見えないほど、わざとらしい笑顔であった。


「俺がどこで何を食おうが勝手だろ?」


 不機嫌な物言いで言葉を返す夜光。

マイコミメンバー達の隣に空席があるのを見つけ、乱暴に椅子を引き、腰を預ける。

夜光が不機嫌な理由は、昼休みを削られて仕事を強制させられていたからだ。

彼のスタッフとしての仕事はその怪力を活かした力仕事が多い・・・と言うよりも、未だに文字が読めないので、デスクワークでは戦力になりえないと言った方が正しい。

誠児の方は夜光と同等に鍛えられた肉体があるので力仕事はもちろん、心界文字をほぼマスターしている上に、頭の回転も速いためデスクワークでも主戦力として頼られている。

スタッフとしてここまで大きく差ができているのは、夜光の無気力な性格が原因である。

そのくせ、夜の街にはほぼ毎日通いつめているため睡眠が不足しており、翌日の職場では遅刻が多い。

仕事の目を盗んでサボることもあり、仕事はどんどん溜まっていく一方である。

最近は突然早退することも多くなってきたので、周囲では”人妻と駆け落ちしようと計画している”だの”ヤバい所から借金して夜逃げの準備をしている”等の根も葉もないうわさが立っている。


「とっところで兄貴、今のオレ達の話を聞いてたか?」


「話? いや聞いてないぜ? 何せうるさい店だからな」


 先ほどセリアのストーカーについて話をしていた際、夜光が容疑者して上げられた。

いくら日頃の行いが悪いとはいえ、根拠もなくストーカー呼ばわりするのは、さすがに申し訳なさを感じざる終えないマイコミメンバー達。

夜光が言う通り、店内は客達の話声が響き渡り、小さな音や声はかき消されてしまう。

セリナの声も客達のざわめきでかき消されたのだとホッと胸を撫でおろすマイコミメンバー達。


 夜光がテーブルのメニューを手に取ろうとした時、彼のマインドブレスレットに通信が入る。


「はい、こちらストーカーの夜光」


 夜光の小さなボケにマイコミメンバー達はまるでコントのように椅子から落ちてしまった。

キルカはその難解な性格故か、目を丸くするだけにとどまった。


『夜光。 昼休みが終わったら、俺と一緒に地下施設の掃除をするからな。 バックレるなよ?』


 通信の相手は誠児であった。

夜光に掃除の連絡をするために、地下施設の通信機をスタッフ達に頼んで使わせてもらっている。


「まだ働かせる気かよ!?」


『今までサボった分はな・・・じゃあ、あとで』


 誠児が通信を切り終わると同時に、スノーラが立ち上げって夜光に詰め寄った。


「思いっきり聞いてるじゃないですか!?」


「店の横を通った時に、窓からお前らの声が聞こえただけだ」


 夜光が通ったと言う横道に面した壁の上部に換気用の小窓が開いている。

マイコミメンバー達は小窓のすぐ下のテーブルで食事をしているため、声は漏れ出ていた。


「参考までに聞くけど、どこから聞いていたの?」


 ミヤの質問に対する夜光の返答に、メンバー達が耳を傾ける。


「”セリアちゃん、どうしたの? 全然食べてないみたいだけど、具合でも悪いの?”辺りから」


「思いっきり最初からじゃねぇか!?」


 わざとらしく似てない物まねまで披露する夜光に、ルドが大声でツッコむが、本人は相手にせずメニューを開く。


「盗み聞きなんて非常識な親父ね」


 目を細め、軽蔑の眼差しを向けるライカ。

マゾな男ならば興奮する場面だが、この男は違った。


「根拠もなく人をストーカー呼ばわりする奴らに非常識なんて言われたくねぇよ」


 グゥの根も出ない正論に、マイコミメンバー達は一時的に言葉を失うものの、ライカが反論に出る。


「疑ったのはセリナよ! 少なくとも、あたしはストーカー呼ばわりした覚えはないわ!」


 セリナに責任転嫁し、自らの潔白を証明しようとするライカ。

さらにはスノーラまでもが頭を下げて謝罪の弁を述べる。


「セリナ様が根拠もなく疑っていたことは事実ですので、そのことについては謝罪致します」


 口調が丁寧だが、彼女も疑ったのはセリナのみというライカの主張に便乗していた。

他のメンバー達も首を縦に降って、スノーラに同調する。


「ふっ2人共ひどいよ! みんなだって絶対疑ってたくせに!」


 セリナの涙ながらの主張は、空しく店内に響き渡るものの、メンバー達は夜光への疑惑をひた隠しにした。

だが、当の本人である夜光は、メンバー達のわかりやすいリアクションで、全員が疑惑の目を向けていたことは察していた。


「念のために聞くが、パパはストーカーとやらではないのか?」


 キルカのストレートな質問に対し、夜光は真っ向から反論する。


「当たり前だろ? そもそも俺が女を目の前にして何もしない男だと思うか?」


「では、パパならどうするのだ?」


「そうだな・・・俺だったらとりあえず拉致って、地中深い地下室に閉じ込めた後、俺好みに3年くらい調教するところから始めるかな」


『・・・』


 夜光の何気ない一言に、マイコミメンバー達は2人くらい本当に拉致しているのではという、別方向の疑惑の眼差しを向け始めた。

それが気に入らなかったのか、夜光がイラつきながらこう続ける。


「だいたい俺より疑わしいタヌキが身近にいるだろ?」


『・・・』


 そのタヌキには、マイコミメンバー達も目を付けていた。

夜光と違って、普段からマイコミメンバー達にいやらしい視線を向けているため、ある意味最も有力な容疑者である。



昼食を済ませた後、マイコミメンバー達はさっそく容疑者確保に動いた。


「・・・って、なんやねんこれはぁぁぁ!!」


 マイコミルームの中央で叫び声を上げているのは、最有力容疑者である笑騎であった。

逃走やセクハラを防ぐために、彼の体はロープでグルグル巻きに拘束されている。

その拘束がマイコミメンバー達によるものならば、マゾの気のある笑騎にはご褒美になるのかもしれなかったが、残念ながら拘束したのはマイコミメンバー達に事情を聞いた男性スタッフ達によるものだった。


「久々の再登場でこの仕打ちはないやろ!! サブキャラにも人権っちゅうもんがあるわ!!

いくらこの話のヒロインやからって、横暴ちゃうんか!!」


 メタ発言を繰り返す笑騎の口をルドが「もう少し考えてから物を言え!」と言う鉄拳制裁によって停止させた。


「ルド、やりすぎ・・・でもなさそうだね」


 ルドの鉄拳制裁に物言いのあったレイランだったが、痛みではなく快楽を感じた笑騎のデレデレした顔を見て口をつむんだ。

そして、みんなを代表してスノーラが笑騎の前に立つ。


「単刀直入に聞く。 笑騎、お前はセリア様にストーカーしているのか?

態度の返答によっては、私の銃が黙っていない」


「ストーカー? 俺がそんなことをする卑劣な男に見えるんか?」


「見えるから聞いている」


「悲しいな・・・いくら日頃からハーレムを追い求めている俺でも女の子を付け回すようなアホと一緒にせんといてほしいわ・・・だいたい根拠もなく疑うなんてひどない?」


 笑騎も夜光と同じくストーカーをしたと言う証拠はない。

だが、マイコミメンバー達は夜光以上に笑騎を疑っていた。

その理由は……。


「・・・あんた、これを見ても同じことが言えるの?」


 ライカがそう言って、笑騎につきつけたのは手鏡であった。

これは彼女の私物だが、問題は手鏡ではなく、そこに写っている笑騎自身であった。

彼は今、なぜか女性物の下着のみを身に着けた珍妙な格好で縛られている。

スタッフ達が容赦なく笑騎を縛り付けたのは、この格好が最大の理由であった。

そして、この下着の持ち主は、マイコミルームの片隅でうずくまっているマナであった。

隣にはセリナが心配そうに肩に手を置いて励ましている。

話を聞くと、今から約30分ほど前、マナが冷えた体を温めるためにホームのそばにある銭湯で湯に浸かっていると、突然自分の下着を身に着けた笑騎が「おっじゃまっしまーす!!」と女湯に突撃してきたのだ。

もちろん笑騎はすぐに女湯から叩き出されるが、怖くなって逃げ出すマナをホームまで追いかけてきた

……と言うのが、笑騎の珍妙な姿の理由である。


「俺はマナちゃんの下着を温めたかっただけや! 俺の世界でも昔、えらい人の履物を人肌で温めていたことで、出世した奴がおるねんで?


「(下着と履物ってだいぶ違うと思うけど・・・)」


 内心ツッコミつつ、うずくまるマナを抱きしめて慰めるセリナ。

そして、ルドがマナに向かってこう尋ねる。


「おいマナ。 笑騎の付けてる下着、取り返そうか?」


「うぅぅぅ・・・いりません。 お気に入りだったんですけど・・・ばっちぃ」


 先ほどまでつけていた下着が汚物にしか見えなくなってしまったマナ。

笑騎も「ばっちぃはないやろ!」と己の清らかさを主張する。


「だったらここからは、力づくで聞き出すか」


 ルドが指をコキコキならすと、「ご褒美でっか!?」と笑騎が期待の眼差しを向ける。

ところが、ルドの手には拳が握られず、代わりにテーブルに置いていたボロボロの男性用パンツを掴んでいた。


「るっルドちゃん。 なんや、それは」


「兄貴にもらったパンツだ。 これから話す言葉に嘘偽りがあったら、これを頭からかぶってもらうぜ?」


「じょっ冗談ちゃうわ! なんで俺がおっさんの汚いパンツなんか被らなあかんねん!

そんなの俺のプライドが許さんわ!」


 女好きの笑騎にとっては、男物の下着等興味すらない代物だ。

しかも犬猿の仲である夜光の下着であれば、それは彼自身のあるかどうかわからないプライドを著しく傷つけることになる。


「安心しろ。 パンツはしっかり洗っている」


「どうでもええわ!!」


 スノーラなりの気遣いであったが、笑騎にとってはどうでもいいことだった。

ちなみにこのパンツは、実はルドのもの。

予備として買っていたパンツを脅し用に家から持ってきたのだ。

男物であることと、夜光のものであるという先入観から、笑騎には夜光のパンツに見えている。

もちろんマイコミメンバー達は、この事実を知っている。


「さあ、かぶりたくないなら、大人しく吐きな」


「やっやめてくれぇぇぇ!!」


それから2時間ほど、パンツ拷問は続いたが、笑騎は罪を見つめることはなかった。




同時刻……施設長室。


「・・・んっ?」


 自席で書類をまとめていたゴウマが、急に椅子から立ちあがり、閉めていた窓を全開にした。

窓の外にはホームと同じくらいの大きさを持つ木が立っているだけでこれといって特に何もない。

だからといって、換気用に開いた訳ではない。


「・・・お前から会いに来るなんて珍しいな、エアル」


 ゴウマの目の前にいたのは、太い木の枝に腰かけるエアルであった。

彼はゴウマに目を合わせると、ゆっくり口を開いた。


「・・・お前に忠告を伝える」

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