第144話 感じる恐怖

 追い詰められたマッドはヤケを起こして、人間を焼き殺せるほどの異常な熱を放出した。

命を奪うことに躊躇するアスト達よりも先に、エアルがマッドの頭を剣で貫いた。

多くの生命が聞きに陥る中で、何もできなったことに強い後悔を抱くアスト達。

一方の夜光は、ひどい体調不良を起こし、転送システムでホームに帰還した。

その事実に、アスト達は気付いていなかった。



 ディアラット刑務所での戦闘が終わり、アスト達はイーグルでホームに帰還した。

セリアから夜光のことを聞いたアスト達は心配になり、夜光のいる医務室に急行するものの、夜光は何事もなかったかのように医務室の電話を使ってセリア達が聞き覚えのない女性にアプローチを掛けていた。アプローチとは言っても、ナンパのようなチャラチャラしたものではなく、「ヤらせてくれよ」だの「溜まってんだよ・・・」だの下品極まりない言葉を繰り返し、ただ性欲を満たしたいだけの性交渉であった。

無論、そんな状況を目撃したセリア達が夜光をそのままにすることはなかった。


「・・・(この気配は)」


 怨念に近い黒いオーラを背後から感じ取った夜光がゆっくりと振り返ると、そこにいたのは鬼のような形相で夜光に詰め寄るマイコミメンバー達。

夜光も「またこの展開か・・・」と肩を落とし、パターン化したラブコメ主人公のお仕置きの始まりに飽きを感じていた。

そんな夜光の心中を察したスノーラが不気味なほど明るい笑顔でこう言う。


「安心してください。 私達が直接何かするようなことはしません。

そんなことをしてもあなたは全く反省しないとわかっていますから」


 スノーラがそう言い終えると、夜光の使っていた電話で誰かを呼び出した。

5分後、医務室にやって来たのは、以前骨折した笑騎の治療を担当したマッチョ看護師達であった。


「なっなんでこいつらが!?」


「今日1日、夜光さんのお世話をお願いしました。 では、我々はこれで」


 夜光に冷たい視線を向けたまま、マイコミメンバーはその場を後にする。


「まっ待て! こんな暑苦しい奴らと1日中一緒にいるなんてごめんだ!!」


 医務室を脱しようと試みる夜光であったが、数名のマッチョ看護師達に押さえつけられてしまった。

バカ力の夜光でもさすがにボディービルダーのような風貌のマッチョ達には抵抗できなかった。

この悪夢のような1日を過ごした夜光は翌日の朝に解放されたのであった。



 その日の夜……。

レイランとミヤは、就寝の準備に取り掛かっていた。

2人が暮らしている家はゴウマ国王が手配してくれた小さな空き家。

ホームに通っている者の中には2人のように住むところのない者や働き口がなく生活費がない者もいる。

そんな彼らにゴウマは援助と言う名目で、空き家や必要最低限の金を提供している。

もちろん差し出している訳ではなく、働き口が見つかったら少しずつ返済を要求されることになる。

マイコミメンバーの中だけでも、セリアとセリナ以外のメンバーは全員この援助を受けている。


 就寝の準備が終わり、床に就く2人。

だがミヤは眠る前に、横でぼんやりと天井を見つめるレイランに「ちょっといい?」と声を掛けるタイミングを伺った。


「何?」


「あなた、マッドコーチのことを引きずっていない?」


「・・・」


「わたくしの勘違いなら、ごめんなさい。 でも、戦闘から戻ってきてから、表情がどこか暗く見えるの」


 客観的に見れば、レイランの表情はいつも通りだ。

現にほかのマイコミメンバー達は、戦闘後も普段通りにレイランと接していた。

だが、ミヤにはレイランの心に何かが引っかかっていると感じ、それが彼女の顔を歪めている原因と見た。

そして、真っ先に思いつくものはマッドの死である。


「・・・やっぱりお母さんはなんでもお見通しなんだね」


「やっぱり、マッドコーチが死んだことを気にしているの?」


「・・・うん。 ひどい人だったけど、ボクにとってはマラソンを教えてくれたコーチに変わりないし・・・コーチがボクを恨んだり、刑務所から逃げ出そうとした気持ちも、わからなくはないから」


「レイラン・・・」


「だからと言って、別にコーチの味方をする気はないよ?・・・影に殺されたことだって、可哀そうだとは思うけど、同情はしない」


 強気にマッドを突き放すレイランであったが、途中から顔をミヤから見えないようにそらした。


「でもやっぱり・・・見知った人が目の前で死ぬのはきついよ」


 マッドに対する情がさほど強くないレイランは彼の死に涙することはなかったが、その死に直面したショックは少なからず受けていた。

それが見知っていたマッドであったのならば、あの場にいた誰よりも強い衝撃を感じていることは明白であった。

感情は理屈では動かない不安定なもの。

レイランの心には、彼女自身にもわからないもやもやとした感情が渦巻いていた。

その感情を押し込めるかのように、レイランは布団に包まる。

そんな彼女を、ミヤは背中から優しく抱きしめた。


「・・・お母さん」


「レイラン・・・あなたの気持ちはよくわかるわ。 わたくしだって、殺したいほど憎んでいた父親が瀕死の重傷を負ったのを見た時、嬉しさよりも後悔の方が強く感じたわ。

感情なんてちょっとしたことでぐらついてしまう不安定なもの・・・わたくしにはそれを正す方法がわからないから、こうしてあなたに寄り添うことしかできないけど、わたくしにできることがあるのなら話してね」


 背中越しに感じる母のぬくもりに癒されたレイランは、今まで心に渦巻いていた感情が徐々に落ち着いてくるのを感じていた。

そして、レイランは抱きしめるミヤの手をそっと握る。


「・・・ありがとう、お母さん。 ボク、優しいお母さんの子供で良かったよ」


 それは、母として最も誇らしく喜ばしい子の言葉であった。

ミヤは「フフフ・・・」と口元を緩ませる。


「お母さん・・・もう少し、このままでいい?」


 レイランの子供らしい甘えた願いに、ミヤは「もちろんよ」と笑顔で了承する。

そして、2人はお互いのぬくもりを感じながら、深い眠りについた。




 ディアラット刑務所での戦闘から数日経ったある日の午後。

マイコミの活動を終えたメンバー達は天下統一で昼食を取っていた。

夜光は仕事が残っているからと、誠児に強制連行されていった。


「・・・えっ? じゃあみんな、しばらくマイコミに参加できないの?」


 セリナは驚きのあまり、食べようとしていた麺をどんぶりの中に落としてしまった。

というのも、以前マイコミメンバー達が地下施設の風呂で話していたそれぞれのチャンスが現実的になりつつあるのだ。

セリナはマナと共にオーディションに向けて、トーンの元に通ってパーソナリティーとしてのスキルを1から叩き込んでもらうことになっている。

ルド・キルカ・ミヤは、研修生としてそれぞれの場に趣く予定だ。

スノーラはスカウトされた事務所に、ライカは募集枠を掴んだ劇団の劇場に通い、レッスンを受けることになっている。

この研修やレッスンで良い働きや成績を見せたら、彼女達は晴れて夢を叶えあることになる。

そして、ルドはもうすぐ開かれる二次試験の猛勉強を行うため、自宅にこもる気でいる。

レイランはギルドランナーが参加する合宿に行き、己の走りに磨きを掛ける。

セリアも、締め切りが近い小説大賞に応募する小説を仕上げるために時間を費やすと言う。


 彼女達は抱いていた夢へのラストスパートを切ろうとしている。

これは彼女達に限らす、ホームの訓練生のほとんどが就職活動の最終段階に入っている。

マイコミを含めたデイケアはあくまで自由参加であるため、この時期になると参加する人数も少なくなる。



 雑談を挟みながらも食事を進めるマイコミメンバー達。

ところが、セリアだけは浮かない顔で全く食事が進んでおらず、ラーメンが伸び始めていた。


「セリアちゃん、どうしたの? 全然食べてないみたいだけど、具合でも悪いの?」


 心配になったセリナが声を掛けるも、セリアは「いっいえ、別に何も・・・」としらを切ろうとする。

だが、セリナと目を合わせようとしないその行為は、明らかに何かを隠している典型的なリアクションであった。


「そんなあからさまな動揺見せて置いて、”何も”はないでしょ?」


 半眼のライカがラーメン屋には似つかわしくないデザートのショートケーキをフォークで食べやすい大きさに切りながら、セリアに詰め寄る。

他のメンバー達もセリアが何かを隠していることは察していた。


「セリア。 よかったら話してくれない? もちろん、無理にとは言わないわ」


 優しく諭すミヤの言葉に甘え、セリアはおそるおそる口を開く。


「実はあの・・・確証はないのですが・・・最近、誰かに付けられている気がして」


 セリアの話によると……。

彼女は応募用の小説を書きあげるために、よくホームの図書室に通っているのだが、その帰り道に後ろから人の視線を感じると言う。

帰り道とは言っても、ホームのそばに泊まっている送迎馬車に乗って帰っているので、彼女が1人で歩いているのは、馬車の停まっている停留所までの数分間の道のりだ。

最初こそ、気のせいだと自分を納得させていたが、ホームから1人で出てくるたびに、その視線を感じるため、徐々に気味が悪くなってきた。

セリアは何度か辺りを見渡して人の姿を探すが、周囲には誰もおらず、時には「誰かいるのですか?」と勇気を出して声を掛けたりするものの、返事が返って来ることはない。

やっかいなことに、就職活動が盛んなこの時期では、ホームから出入りしている人間も多くないため、証人はいない。

最初に視線を感じるようになってから、2日後には図書室に籠っている間にもセリアはその視線を感じ始めていた。

そのことをゴウマに相談すると、ホームから停留所までの道のりを使用人達がガードしてもらえるように手配してもらい、今現在は視線を感じることはないと言う。

だが、いつまたあの視線を感じるとも限らないので、セリアの不安と恐怖はぬぐい切れないでいる。



「・・・それって、ストーカーって奴じゃないの?」


 開口一番にレイランが、みんなが思ったことを代弁する。

だが、その輪に入れなかった者が約1名いた。


「すっストーカー! ストーカー・・・て何?」


 一瞬、コントの如くこけそうになるマイコミメンバー達だったが、どうにか堪え、スノーラが頭を抱えて説明をする。


「簡単に言うと、特定の人に異常なほど執着する者のことです。 今回のように人を付け回したり、無言電話を掛けたり・・・とにかく人を精神的に追い込むので、場合によっては逮捕される可能性もあります」


 心界にもストーカー規制の法律はあるが、事例が多くないため、現実世界ほど徹底してはいない。

従って、今の段階では騎士団も動いてくれない。


「か弱い女の子にひでぇことしやがる!」


 口ではストーカーに怒るものの、しっかりとチャーハンを豪快に口の中に放り込んでいるルド。


「誰か心当たりはないのか?」


 キルカにそう尋ねられるセリアだが、記憶を隅から隅まで探っても検討もつかない。


「女を付け回す卑劣で卑猥な男・・・」


 スノーラがぼそっと呟いたその言葉にヒットする見慣れた顔が、マイコミメンバー達の脳裏に映った。

それは彼女達が知る中で、女の敵と言っても過言ではない2人組。


『・・・』


 だが、それを口にする者はいなかった・・・1人を除いて。


「わかった! きっと夜光か笑騎だよ! この国で卑劣で卑猥な男と言えば、この2人しかいないよ!」


 可愛らしく頬を膨らませて怒るセリナからマイコミメンバー達は目をそらす。

思ったことを口にする彼女の性格ゆえの発言とはいえ、空気を読まずにわざわざそれを言葉にするその神経は、周囲からすればある意味羨ましいものであった。


だがそこへ予想だにしなかった人物が来店してきた。


「店長! まだ席は空いてるか?」


 それは、仕事を終えて昼食を食べに来た夜光であった。

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