第140話 夢の蕾

ゴウマは夜光対なる者である。


ゴウマときな子とハナナはそのことを夜光に伝える頃合いだと判断していた。


いずれ訪れるかもしれない日のために、ゴウマ自身が檻を見て話すことにした。


一方の夜光は、真冬の真っただ中、滝行を強行されて震えていた。


その口元に流れるわずかな血をひた隠しながら。






 滝行を終えた夜光達は、凍える体を温めるために、きな子が小さな倉庫を改造して作った簡易風呂に浸かっていた。


無論、男女別である故、レイランとキルカが”1人では可哀そう”という理由で男湯に入ろうとするが、ライカとミヤの手で阻止され、力づくで女湯に放り込んだ。




「ふぁぁぁ・・・生き返るぅぅぅ・・・」




 一時、亡き母の元へと昇天しかけていたセリナも、熱い湯に浸かると、生気が戻ってきていた。


ほかのメンバー達も白い肌が徐々に肌色を取り戻していく。


湯に癒されている中、ルドがふとこんなことを呟く。




「・・・そう言えば、そろそろ就職シーズンだよな? みんな調子はどうだ?」




 冬の寒さも佳境に入るこの時期、各地のギルドでは求人募集が最も盛んになる。


就活に勤しむ者にとっては、逃すわけにはいかない大きなチャンス。


ホームの訓練生達も、最後の追い込みということで、ここ最近はかなりは訓練だけでなく面談時のマナーなども学んでいる。


スタッフ達も求人の情報を集めて、訓練生の希望に合うものを本人と一緒に詮索している。




「・・・ここで言うのもなんなんだけど、実は今朝、トーンさんからの推薦で小さなラジオ番組のパーソナリティーオーディションにマナちゃんと一緒に参加することになったんだ。 もし受かったら、そのままその曲のパーティー」




 セリナは照れながらも、嬉しそうに手を頬にやって、自身の掴んだチャンスを発表する。


トーンとは、セリナとマナがスマイル局での実習を担当してくれたベテランパーソナリティ。


セリナによれば、以前の実習で、セリナとマナの人となりやひたむきにパーソナリティーを目指す志を気に入り、ホーム 当てに推薦状が郵送されてきたのだと言う。


それを人一倍喜んでいるのは、妹であるセリア。




「おめでとうございます。 お姉様」




「えへへ・・・ありがとう・・・あっ、そうだ! 確か、セリアちゃんも小説大賞に応募するんだよね? 応援してるよ!」




 セリアが応募しようとしているのは、年に1度開催されるディアラット小説大賞。


毎年100を超える小説の中から、大賞となる小説が選ばれ、年が明けてから1ヶ月後に発表される。


ただし、小説はなんでも良いわけではなく、毎年、小説大賞の広告が出され、そこに書かれている題目に沿って小説を書かなければならない。


今年の題目は【恋愛】で、セリアは多大な時間を浪費して執筆にいそしんでいた。




「よっよく覚えていましたね」




「お姉ちゃんだもん。 可愛い妹の夢に関することを忘れたりしないよ」




 誇らしげに胸を張る




 頭を掻いて照れるセリナの横で、スノーラが何かを言いたげに湯の中からちょこんと手を出し、挙手する。




「実は私も、有名団体がスポンサーをしている事務所からスカウトされまして・・・」




 スノーラが言うには、少し前に小さなコンテストに参加したのだが、その際にとある事務所のスカウトだと名乗る女性から声を掛けられたと言う。


コンテストの方は惜しくも優勝は逃したが、スノーラの美しい歌声に感銘を受け、本格的なトレーニングを受けたら、確実に歌手として成功すると言われたと言う。


ただし、その事務所は競争率が高いことで有名な所で、入ることができるのは、年に2・3人だと言う。




「こいつ、その日の夜中にマインドブレスレットでオレに通信してきたんだ。


子供みたいにめちゃくちゃ喜んでいたぜ?」




 いじわるな笑みを浮かべるルドに対し、スノーラがムッとして人差し指を突き付ける。




「お前こそ、この間通過した一次試験を子供のようにはしゃいで喜んでいたではないか。 しかもお祝いだとか言って、私の金で天下統一のメニューを片っ端から食い荒らしただろう!?」




 スノーラの言う一次試験とは、ルドが受けている医師免許取得の試験のことだ。


総勢100人ほどいる受験者を、一次試験で一気に20人まで削り、二次試験を合格した者だけが医師免許を取得できる。


ルドが受けているのはもちろん精神科。


内科や外科に比べると、まだスタンダートな職種ではないので、受験者は少なめだが、合格率はかなり低い。


理由としては、配属できる病院がさほど多くないことと試験そのものが少ないことが上げられている。




「なんだよそれ。 お前がおごってやるって言うから、食っただけだろ?」




「誰が店のメニューを全て頼んでも良いと言った!?」




 軽い口喧嘩を始めるスノーラとルドを放置して、ライカがふとキルカに尋ねる。




「そう言えば、あんたも薬剤師の筆記試験を受けたとか言ってたわね」




「あぁ。 昨夜、合格通知が届いた。 まあ、大した知識を要求されなかったから、別段驚きはしなかったがな。 むしろその後の実習期間の方がやっかいなくらいだ」




 余裕と言わんばかりにあくびするキルカだが、内心は不安に満ちている。


たしかにキルカの知識はプロの薬剤師と互角といっても良いほど豊富。


だが、彼女には実践経験が圧倒的に足りていない。


薬の調合自体はかなり多く経験してきているが、実際に効き目があるかは試したことがなく、媚薬のような私的な薬品の効果ばかり。


以前は、ジルマの復讐のことばかり考えていたため、薬剤師としての勉強や経験積みを疎かにしていた。


今はその遅れを取り戻そうと頑張っているが、実践経験だけは時間をかけて努力するほかない。


キルカが受験している薬剤師の試験は筆記試験と実習の2種類ある。


筆記試験でその知識を確かめ、実際にプロの薬剤師と共に薬を調合する実習をクリアすることで、初めて薬剤師として認められる。




「そう言うお前はどうなのだ? 大きな劇団が役者の募集を掛けていると小耳にはさんだが」




「役者志望のあたしが、そんな情報を聞き逃す訳はないでしょ? マナと一緒にあちこちのギルドを走り回って大変だったけど、ちょっと前にようやく募集枠を掴むことができたわ」




 自慢げに胸を張るライカだが、実際にすごく苦労してつかみ取ったチャンスだ。


劇団がギルドを通して役者を募集すること自体は珍しいことではなく、数も割と多い。


だが、ライカのような障害者の場合は、受け入れる所も少ない。


言うまでもないことだが、役者として舞台に立つのは並大抵の度胸ではできない。


心の弱い者では舞台と観客のプレッシャーに押しつぶされてしまう。


ディアラット国では、”障害者は心が弱い”と言うイメージが強く定着しているため、精神力のいる職業はできないと決めつけている者も少なくない。


そのため、障害者を受け入れる劇団はとてもレアなのだ。






「ギルドと言えば、お母さんこの前ゴウマ国王とギルドに行ったって聞いたけど、どうしたの?」




 レイランの唐突な質問に、ミヤは少し言葉を詰まらせるも、意を決して口を開く。




「そうね・・・本当はきちんと決めてから言おうと思っていたんだけれど。


実はわたくし、孤児院のスタッフになりたいと思っているの」




『!!!』




 ミヤの発言に、レイランだけでなく周囲の者全てが驚いた。




「お母さん・・・ボク、初めて聞いたんだけど」




「ごめんなさい。 きちんと決まってから、あなたやみんなを驚かそうと思っていたの」




 申し訳なさそうに頭を少し傾けるミヤに対し、セリアが「どうして孤児院に?」と尋ねる。




「今でこそ、わたくしはレイランと共に暮らせることができているけれど、世の中には親の愛を受けられずに苦しむ子供がいるわ。


孤児院はそんな子供達を助けるための施設でしょう?


レイランのことを大切に育てていくのはもちろんだけど・・・これまで子育てを放置していた分、悲しみや苦しみを背負って生きている子供達の心を支えたいと思っているの」




 初めて聞いた母の決意に感銘を受けたレイランは、その手を取る。




「そんなことを考えているなんて知らなかったよ。 ボク、応援するからね!」




「ありがとう、レイラン。 でも、今は自分の掴んだチャンスを活かせるように努力することを優先しなさい」




 セリナが「チャンスって?」と意味が見えない言葉について問うと、レイランが照れくさそうに頬に手をやりながらこう返す。




「えへへ・・・実はこの前、ギルドランナーに抽選で選ばれたんだ」




 ディアラット国では年に1度、就活に勤しむ者達の就職を祈って、ギルド主催のリレー大会が開かれる。


内容はギルド本部からスタートし、ディアラット国を一周した後、ディアラット城(ゴウマの城)の門に設置されているゴールテープを切ると言うシンプルなもの(ギルドランナーとはいえ、基本的に一般人が城内に入ることはできないので)。


この大会はスタートからゴールまで走ることで、積み重ねてきた努力はやがて就職と言うゴールにたどり着くと言う願掛けと言われている。


ギルドランナーとはそのリレーで走るランナーのことで、毎年応募者の中から抽選で選ばれる。


そのため、マラソン選手としての権限を失っているレイランでも、走ることができるのだ。


ギルドランナーは国民にとっては名誉なことで、ギルドランナーとして走った者は、一躍有名となる。


だが、レイランの目を輝かせているものは名誉ではない。


実はこのリレーに参加したほとんどのランナーは、マラソン選手としてスカウトされる。


上手くすれば、マラソン協会がレイランを再び認めて、権限を返還するかもしれない。


だからといってマネットでの事件を忘れた訳ではないので、心のどこかで罪悪感を感じているレイラン。


ランナーとして走っても、世間の風当たりは強い可能性がある。


だがやはり、手にしたチャンスを活かしたいと言う願望が強く、何より自分を応援してくれるミヤ達の期待に応えたい気持ちが彼女の心を明るくしている。


周囲から”頑張って”と言う労いの言葉をもらい、レイランは笑顔で「ありがとう」と返した。






「なんだ。 結局みんな、順調なんだな」




 みんな1歩ずつ夢に突き進んでいることが嬉しくなり、ルドは豪快に笑う。


それにつられて、周囲も自然と笑顔がこぼれる。


そんなほがらかな雰囲気も、入浴を終えた彼女達が脱衣所で服を着るまでのことだった。






「「「「「「「「!!!」」」」」」」」






 全員のマインドブレスレットから緊急コールと共に通信が入る。


それと同時に、ほがらかだった空気が重苦しい空気に一変する。




『みんな! ディアラット刑務所から影の反応をキャッチした。 至急現場に向かってくれ』




「了解しました!」




 ゴウマからの連絡を受け、スノーラがみなを代表して応えた。




「もう! せっかくお風呂に入ったのに!」




 タイミングの悪さに頬を膨らませるセリナに対し、荒々しく髪をタオルで拭いているルドがなだめる。




「仕方ねぇだろ? あいつらにとって、オレ達の都合なんて知ったこっちゃねぇんだから!」




 この後、夜光に出撃の旨を伝えようと男湯に突入するキルカとレイランを、メンバー総掛かりで食い止めると言うありきたりなイベントがあったが、特に面白味はないので省略する。

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