第141話 黒い光

 熱い湯に浸かりながら、マイコミメンバー達はそれぞれの夢の進捗を報告し合った。


心も体もリフレッシュしたのもつかの間、夜光達に出撃命令が下った。


出現地はディアラット刑務所。






 ゴウマから出撃命令を受けた夜光達は、ディアラット刑務所を目指してイーグルを飛ばした。


刑務所は危険な施設である故、国外の荒れ地に建っている。


周囲には脱走されないように、10メートル以上ある壁と電流が通った針金があちこちに張り巡らせてある。


内部にも脱走防止のための罠があり、武装した刑務官も大勢いるため、これまで脱走に成功した者はいないと言われている。


そんなディアラット刑務所で今、大きな騒動が起きていた。


今から1時間ほど前、刑務所内に突然、鬼の仮面をつけた男が現れ、刑務官数名を襲った。


脱走不可能とまで言われているディアラット刑務所に侵入しただけでなく、腕に自信のある刑務官をものの数分で気絶させるほどの手練れ。


襲われた刑務官は全員、殴られて気絶しているだけなのが幸いであったが、事態は一刻の猶予も許さぬ状況だった。


刑務官達は銃器を所持してあちこち走り回り、刑務所からは警報がうるさく鳴り響いた。


服役している囚人達も何事かと騒ぎ始めているが、檻の中にいる彼らには何もすることができなかった。






「侵入者はいたか!?」




「いえ! 辺りをしらみつぶしに捜索しているのですが・・・」




「もっとよく探せ! もしかしたら外からの協力者かもしれん!!」




「はっはい!」




 刑務官達は見つからない焦りを覗かせつつ、冷静に侵入者の捜索に当たっていた。


ディアラット刑務所にはまれに、囚人の脱走を手助けしようと協力者が外からやってくることがある。


脱走はどれも失敗に終わり、事は大きくなることはなかった。


そのため、今回の侵入者は前代未聞の大事件である。








 刑務官達が侵入者の捜索をしている中、檻の中にいる1人の囚人が恐怖のあまり腰を抜かしていた。




「だっ誰だ!? テメェ!!」




 囚人が恐怖の対象として捕えていたのは、刀を持って迫って来る鬼の仮面をかぶった男であった。


刑務所内で騒動が気になった囚人が、外の様子を鉄格子から見ていたほんの数秒で、吹き抜ける風のように檻の中に仮面の男が立っていた。


ここに収容されている囚人が彼1人であるため、囚人でないことは確かだ。




「名乗る気はありません」




 男が刀を振り上げようとしたその時!!




「オラァァァ!!」




 雄たけびと共に檻の壁が破壊され、土煙が辺りと包み込み、壁の破片が辺りに散らばる。


仮面の男の視線は破壊された壁に開けられた大穴に向けられる。


そこにいたのは、振り下ろした砕撃轟を握りしめ、仮面の男を睨むルドの姿と、その後ろで武器を構えるアスト達であった。




「おいルド。 いきなり壁を壊すと言うのは、行動としては度が過ぎているのではないか?」




 呆れた口調でルドに行動を改めるように告げるスノーラだが、当の本人は砕撃轟を肩に背負ってこう返す。




「非常事態なんだから、壁の1つや2つくらい多めに見てくれるだろ?」




「一体誰が修理代を払う思っているんだ?」




「国が建てたんだから国が出すんだろ?」




 実際ルドの言う通りなのだが、悪びれるようすもなく首を傾げる親友に対し、頭を抱えるスノーラ。


そんな彼女にライカがピルウィルで肩をトントンと叩きながらこう言う。




「いいんじゃないの? もともと国民から巻き上げた税金なんだし。 大臣のおっさん達の酒代になるよりは、よっぽど有効な使い方よ」




 ライカの政治的な発言にミヤが冷や汗を流す。




「ライカ・・・間違っても、国の大臣達の前でそんな発言をしてはダメよ?」




「あたしがそんな命知らずに見える?」






「・・・」




 仮面の男はすばやくルドを横切って大穴から外に出ると、そのまま逃走を図ろうする。




「逃がさん!」




 キルカが一瞬で仮面の男との間合いを詰め、回し蹴りを放つ。


仮面の男はキルカの蹴りを難なくかわすが、間を空けずに放たれたスノーラの弾丸は避けきることができなかった。




「・・・」




 弾丸は仮面の男の仮面をかすっただけに留められたが、その衝撃で仮面が砕け、仮面の男の素顔が露見された。




「なっ! あんたは」




 ライカとキルカには見覚えのある顔がそこにあった。


セリアが「お知り合いですか?」と尋ねられたライカの顔は険しくなった。




「グレイブ城でちょっと世話になったのよ。 確か・・・エアルと言ったかしら」




 仮面の男の正体は、エアルであった。


グレイブ城では誠児達を助けることを優先するあまり、素顔を見せてしまったため。その場にいたライカとキルカに顔を覚えられてしまった。


仮面をかぶっていたのは、素顔を晒すことを防ぐためだったが、慣れない仮面をかぶってしまったことで視界を悪くしてしまい、スノーラの弾丸を避けることができなかった。




「・・・」




 素顔を見られたにも関わらず、エアルは全く動揺を見せずに、アスト達と目を合わせる。


レイランがすかさず、マインドブレスレットのレーダーを使って目の前にいるエアルが影であるかどうかを確認する。




「・・・確認したけど、その人から影の反応が出てるよ?」




 レイランの報告を聞いたアスト達は警戒態勢を取る。


エアルは観念したかのように、目を見開いてゆっくりと口を開く。




「私はエアルといいます。 あなた方の想像通り・・・影のメンバーの1人です」




 影であることを認めたことで、アスト達の警戒心がより一層、増していく。


だが一方で、グレイブ城での恩があるライカはピルウィルを突き付ける。




「あんたにはグレイブ城で世話になっているから1度だけ言うわ。 影をやめて真っ当に生きる気はないの?」




 これはライカの賭けであった。


影にはジルマやビンズのように思いやりのある善良な者がいる。


グレイブ城で自分達を助けてくれたエアルならば、もしかすれば説得が通じるかもしれない。


彼女の投げかけた何気ない言葉にはそんな希望が込められていた。




 エアルは1度目を下に落とした後、再度アスト達に目を向ける。


だがその目は鋭くとがった刃そのものであった。




「せっかくのご提案を無下にするのは心苦しいですが、そのような気が毛頭ありません」




 エアルの目を見て、本気で影の力を捨てる気がないことを悟るアスト達。


彼の意志は説得でどうにかできるやわなものではない。


ライカはピルウィルを下ろし、「残念ね・・・」と構えた。






「たっ助けてくれ!!」




 助けを求める声を上げながらアストの元に駆け寄って来るのは、エアルに殺されかけた囚人であった。


なりふり構っていられないと言わんばかりに、レイランの足にしがみつく囚人。




「!!!」




 その男の顔を見た瞬間、レイランは硬直してしまった。


彼女の記憶の中に、囚人の顔がインプットされていたからだ。


アスト達の中にも引っかかっている者達がいる。




「(マッドコーチ・・・)」




 その囚人は、かつてレイランが所属していたチームのコーチ、マッドであった。


マネットでの件で、実刑を言い渡された彼は、そのまま刑務所に服役することになっていた。


それはもちろんレイランの耳にも入っていたが、こんな形で再会するとはもちろん思っておらず、戸惑いを隠せないでいた。




「あんたらアストだろ!? 俺をあいつから助けてくれよ!」




 助けを求めている相手がレイランであることなど知る由もないマッドは保身のためにアストにすがりつく。


だがそこへ、エアルが生身のままアスト達の間をすり抜けて、マッドに斬りかかろうとする。


マッドの登場でアスト達の注意が一瞬緩んでしまい、エアルの接近を許してしまった。




「くっ!!」




 ハッと我に返ったレイランがいち早く盾を構えてエアルの刀を防いだ。




「きゃ!」




 レイランは防いだ時の衝撃で後方に吹き飛ばされてしまった。


注意を怠っていたのもあるが、最も大きな原因はエアルとレイランの力の差であった。




「レイラン!!」




 アスト達がすぐさまレイランに駆け寄るが、彼女はすぐに自力で起き上がる。




「大丈夫。 ちょっとびっくりしただけ・・・」




 安堵するアスト達だが、それと同時にエアルに対する脅威が強まる。




「エモーションしているレイランを刀1本で吹っ飛ばすなんて、オレでもできない芸当だぜ」




「それに、あの方のスピードにも全然追い付けませんでした」




「どちらも脅威だが、それを全て生身で行ったことが1番笑えない・・・」




 影がアスト以上の力を持っていることは誰もが知る共通認識である。


だが、それはあくまでお互いにアーマーを装着していることが前提。


戦闘タイプを問わず、アストが生身の人間に力負けすることは決してありえない。


その事実をエアルは覆した。


この時、アスト達は本能的に察した。


”エアルは今まで出会った影の中で1番強い”・・・と。


アスト達はすぐさま態勢を立て直し、武器を構える。


だがここで、難を逃れたマッドがぼそぼそと呟き始めた。




「レイラン?・・・お前もしかして・・・レイランか?」




 アスト達が思わず口にしてしまった名を、マッドは聞き逃さなかった。




『!!!』




 うかつな発言をしたことを悔いるアスト達だが、マッドの耳に入ってしまった言葉は取り消すことができない。




「・・・」




 余計なことを言うまいと、押し黙るレイラン。


だが、長年コーチをした時の勘か、マッドには目の前にいるのがレイランであると確信を持っていた。




「おっお前のせいで・・・お前のせいで俺はこんな所に押し込められたんだぞ!!


なのにお前はのうのうと生きて、晴れてヒーローデビューか!? ふざけんな!!」




 マッドの顔には先ほどまでの恐怖が消え去り、レイランへの激しい怒りで青筋を浮き出していた。




「なんで怒るの!? レイランちゃんは、あなたを助けたんだよ!?」




 セリナがレイランを庇うように前に出るが、マッドは「黙れぇぇぇ!!」と咆哮する。


その迫力に少し怖気づいてしまったセリナを、さらに前に出たスノーラが庇う。




「貴様が刑務所に入れられたのは、己の身勝手な行いが原因だろう!?


それを棚に上げて、レイランに喰い掛かるのはやめろ!」




「うるせぇ!! レイラン・・・お前があの時余計なことを言わなければ、俺は今でもコーチとして活躍できていたんだ!! 俺の人生を返せ!!」




 その時だった!


マッドの周囲に突然黒い光が出現し、彼の体を包み込む。


彼の体は急激に大きくなり、筋肉も異常なほど膨れ上がった。




「なっなんだ?」




 状況が飲み込めず、次の行動がとれないアスト達。


彼らとは対象的に、エアルは苦虫を嚙み潰したような顔になる。


黒い光が止むと、マッドはまるで巨大なゴリラのような姿に変化していた。




「なんだ?この姿は・・・ハハハ!! どうなってるんだ・・・力がみなぎって来る!!」




 自分の姿に最初こそ戸惑いを見せたマッドだが、体中に力が満ちて行き、心には強い興奮を感じ始めた彼にとって、自分の変化はどうでも良いことになってしまった。




「ハハハ!! こりゃすげぇや! 俺にこんな力があったなんてな!! 今の俺ならなんでもできる!!」




 変化した自分に酔いしれるほどの嬉しさを感じるマッドは、レイランに人差し指を突き付ける。




「レイラン!! テメェは俺がここでブチ殺してやるよ!!」




 自分の力に完全に溺れてしまったマッドが快楽の次に感じたのは、レイランに対する強い恨みだった。


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