第139話 対なる者

 夜光は過去の夢にうなされていた。

それは彼自身が心の底に封印している忌まわしい記憶。

そんなこととはつゆ知らず、マイコミメンバー達は新たな力”キバ”についての説明をきな子に受けていた。

そこにはいつもと変わらない日常が続いていた。



「・・・ほんならこれで説明会は終わりや。 みんなこれからも頑張りや」


 きな子が説明会の終了を告げてから間もなく、スノーラが席から立ちあがってこう言う。


「それでは、訓練は少し休憩を取ってから始めましょう」


 スノーラの言う訓練とは、文字通りアストとしての戦闘訓練のことだ。

基礎的な筋トレはもちろん、精神的な修行でもある滝行、エモーションして行う実践訓練。

夜光達はこれらの内どれかを週に2回、実施している。

これはゴウマの指示ではなく、スノーラとミヤが自発的に行っている訓練。

元々はスノーラ個人が実施していていたのだが、スパイア戦に敗北してからはアスト達にも強要するようになった。

さらには、元エルフ部隊エースであるミヤも積極的に訓練を受け、スノーラの側に立っている。

ほかのメンバーはあまり乗り気ではないのだが、スノーラとミヤのすごみに縮こまり、渋々訓練に参加している。

だが、この訓練に最も反抗している人物が、ここでテーブルを叩く。


「断る!! 何が悲しくて、せっかくの休みに訓練なんぞしなきゃならねぇんだ!!

俺は忙しいんだ! やるならお前らだけでやれ!!」


 夜光は訓練と聞くたびに同じことを口走っている。

初期の頃は、周りのメンバーが夜光をなだめていたのだが、ここ最近はみんな面倒に感じ始めて、無言になることが多くなった。


「忙しいつったって、どうせ酒飲みに行くか、風俗に行くか、ギャンブルに行くかのどれかだろ?」


 図星を突くルドに対し、「悪いか!?」と開き直る夜光。

レイランが「風俗なんてダメだよ! 浮気だよ!」と騒ぎ始めるが、夜光本人は無視。


「とにかく俺は・・・っと!!」


 反抗の弁を述べている夜光に向かっていきなり銃を撃つスノーラ。

もちろんこれは実弾の入った銃ではなく、きな子に頼んで作ってもらった夜光捕獲用の電気銃。

引き金を引くと、銃に蓄積されている電気を銃口から放電し、目の前の相手を麻痺させる。

体の丈夫な夜光でも、喰らえばしばらく動けなくなる。

夜光が訓練を拒否するたびに、スノーラが撃ち込んでいるのだが、日に日に喰らっていた彼は避けるスキルを身につけてしまっていた。


「避けるのが上手くなりましたね」


「あれだけ喰らってればな! って言うか、毎回毎回こんなの喰らってたら、その内心臓が止まるぞ!」


「そう思っているのなら、大人しく訓練に参加してください」


「嫌なこった。 参加させたかったらもう1発撃ってみるか?」


「生憎この銃は1発撃ったら再度充電しないと撃てません」


 夜光は勝ち誇ったかのような顔で「それは残念だったな」と煽ってその場を立ち去ろうとする。

だが次の瞬間!!


「ぎゃぁぁぁ!!」


 夜光は背中から強力な電流を浴び、そのまま倒れてしまう。

体が麻痺で動けなくなった夜光の顔を覗き込んだのはミヤであった。

その手にはスノーラと同じ銃が握られている。


「銃に関して素人だけれど、夜光君がわたくしの隣に座っていたおかげで外さずにすんだわ」


 女神のように微笑むミヤだが、逃すまいと夜光の腕を掴む。

麻痺で呂律が回らないながらも夜光はミヤに詰め寄る。


「ミヤ・・・てってへぇ(テッテメェ)までなんほつほりは?(何のつもりだ?)・・・」


「あなたには申し訳ないけれど、わたくしも訓練はやるべきだと思うわ。 キバと言う戦力が加わったとはいえ、わたくし達の実力が上がった訳ではないのだから」


 ミヤはルドに視線を向け、「ルド、お願い」と夜光の運搬を頼む。

ルドは「仕方ねぇな・・・」と倒れている夜光を軽々と持ち上げて肩に乗せる。


「はなへぇ~(離せぇぇぇ!!)」


 夜光はルドの手によって連れて行かれ、ほかのメンバー達も後を追って出て行った。



「・・・飽きもせずようやるわ」


 立ち去っていくメンバー達の背中を半眼で見つめるきな子。

苦笑するゴウマとは対照的に、ハナナは少し思いつめた顔を浮かべていた。


「どないしたんや?ハナナ様。 珍しく難しい顔して」


 ハナナは「珍しくは余計です」とツッコミつつ、真剣な眼差しでゴウマに問い掛ける。


「ゴウマ国王。 1つ提案したいことがあるんですけど」


「なんでしょうか?」


「・・・そろそろ夜光さんにお話してもいいのではないでしょうか? ”ゴウマ国王が夜光さんの対なる者だと言うこと”を」


「・・・」


 ハナナの提案に、ゴウマは無言でうつ向いてしまう。

対なる者とは、現実世界と心界にそれぞれ存在する人間の理想がぴったり重なっている存在・・・言ってみれば、お互いを理想と思う2組の人間のこと。

夜光と誠児が心界に転移した際に通った繋がりの洞窟は、この対なる者同士が、なんらかのきっかけで互いの心が重なった時に、現実世界と心界を繋げる通路となる。

すなわち、現実世界から心界にやってくる人間には、必ず自分の理想となる対なる者が存在する。

だが、対なる者を探すことは手がかりもないため不可能と言われており、夜光は初期の頃から探す気がなく、誠児はしばらく書物を漁ったりと自己調査をしていたが、最近はホームの仕事が楽しいため、完全にすっぽかしている。


「影を倒してほしい一心で、夜光さんには黙っていようって3人で決めていましたが、彼はもう十分、頑張ってきたと思いますよ? アストとしても・・・スタッフとしても・・・。 だからもう、話してもいいんじゃないでしょうか?」


 ゴウマは顔を上げ、小さく微笑みながらこう返す。


「知ってますよ。 あいつがどれだけ頑張っているかなんて・・・」


 ここできな子が2人の間に割って入る。


「話すんは別に構わへんけど、言った所で帰らへんやろ? 誠児を残して」


 帰るきっかけがわかったところで、元々帰ることに積極的でない上に、家族であり親友である誠児を置いて帰る等、夜光は決してしない。

これまでの2人を見ていれば、根拠がなくとも確信を持って言える。


「そうですね・・・でもハナナ様の言うことにも一理あります。 ですから折を見てあいつに話そうと思います。 戻る気がなくとも”いずれ訪れるかもしれない日”のために、帰る道しるべは付けておきましょう」


 夜光に話すことを約束するゴウマの顔は悲し気な影を浮かべたとても優しい笑顔であった。




 一方、マイコミメンバー達に連れ去られた夜光は、身も凍る寒さに震えあがっていた。


「ふぇ・・・ふぇ・・・ふぇっくしょん!! さささ寒い・・・」


 夜光達がいるのは、地下施設に作られた格納庫の一角。

ここにはきな子とスタッフ達によって作られた人口の滝が流れており、夜光達は白装束に身を包み、そこで滝行していた。

この訓練の目的はもちろん、心を清めて精神を研ぎ澄ませるため。

本物の滝に比べたら、迫力はさほどないが、頭上から流れる水の引力は本物顔負けで、気を抜いたら床に顔を叩きつけられそうな勢いだ。

だが、夜光にとって最も大きな問題は、水温の低さだ。

滝の水は大量の氷と水の心石を使用して作られているため、触れた肌を刺すくらいの冷たさを持っている。

しかも今は冬の真っただ中であるため、極論かもしれないが、凍死してもおかしくないレベルだ。


「・・・」


 訓練を始めた張本人であるスノーラは、まるで冷たさを感じないかのように、無の顔を維持している。

しかも余裕なのか律義なだけか、両手まで合わせている。

それはスノーラだけでなく、ミヤやルドも両手を合わせて滝行に励んでいた。

・・・だが、夜光のように寒さに負けてしまっている者がいない訳ではない。


「ガクガクブルブル・・・」


「・・・」


 レイランは両手で自分の体を抱きしめ、体温を逃がさないようにしているが、ほとんどの熱を持って行かれたため、口までガタガタと震えている。

そしてセリナはというと、開始5分ほどで力尽き、倒れてしまっている。

3人共、逃げたい意志はあるのだが、スノーラ達に頑丈なロープで体を拘束されているため、その場から逃げることができなかった。



 1時間後、ようやく滝行が終わり、夜光達は滝から解放された。

これ以上はさすがに風邪を引く可能性が出てきて危険だとスノーラ達が判断したからだ。

ただし、1時間の滝行でも十分危険だと思っているのは、夜光とセリナとレイランの3人だけだった。


 スノーラ達は近くに置いてあるバスタオルでぬれた体を温める。

冷たい水に打たれたことで、最初こそ夜光のように寒さで震えていたが、次第に体から憑き物が抜け落ちるような心地よい快感に変化した。


「しっ死ぬ・・・」


「ガクガクブルブル」


「お母さん・・・待って・・・」


 スノーラ達とは対象的に、夜光とレイランとセリナの3人は、滝行が終わっても倒れたまま震え上がっていた。

セリナに関しては、死んだ母親の所まで魂が持って行かれいるため、セリアが慌ててバスタオルをセリナの体に巻き付け、セリナはミイラ男のようになってしまった。


「いっそひと思いに殺せ・・・」


 夜光の後ろ向きな言葉を無視して、スノーラが半眼でバスタオルを放り投げる。


「普段から堕落して生活をしているから、この程度の滝行もこなせないのですよ?

これにこりて、少しは生活態度を改善させることですね」


 普通に生活している人間でも絶対にこの滝行は耐えられないと強く思う夜光だったが、寒さで口が上手く動かず、唇をかみしめる。



「しっかりしなさいレイラン。 わたくしが森にいたころは、もっと冷たい滝に3時間以上は打たれていたわよ?」


 レイランはこの時、「(森で暮らせなくてよかった)」と初めて自分の人生の振り返りに光が差した。



「お姉様。 大丈夫ですか?」


「・・・セリアちゃん。 お母さんがね。 あなたがこっちに来るのはまだ早いって・・・」


「・・・それはそうでしょうね」


 危うく天国に旅立つ所であった姉の魂を再び現世に留めてくれた亡き母に感謝するセリアであった。



「全く・・・仕方のない奴だ。 我の体温を少し分けてやろう」


 寒さで震える夜光を見かね、キルカは白装束を脱いで全裸となり、夜光の体に覆いかぶさろうとする。


「あんたはもう1回滝に打たれてこーい!!」


 キルカが覆いかぶさる前に、ライカが蹴りをいれるが、キルカはひらりと蝶のようにかわし、「固い女だな」と体温を分けるのを丹念した。


 

「ゴホッ! ゴホッ!」


 夜光は思わずせき込んでしまい、体に巻いているバスタオルで口を塞ぐ。

それを心配したセリアが「大丈夫ですか?」と労りの言葉を掛けてくる。


「あぁ。 ちょっと滝に打たれ過ぎただけだ」


 夜光はなんでもないと心配で近づこうとするセリアを手で静止させる。

この時、誰も気づかなかった。

咳込んだ夜光の口から漏れ出たわずかな血に……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る