鬼ヶ島編

第138話 呼び名

 ジルマとルコールは、自らの罪を継ぐ買うために、ディアラット国を発った。


キルカは夢を叶えることを2人に誓い、国に残った。


それぞれ道は違えど、家族の心は常にそばにある……。








「・・・うっ!」




 ジルマとルコールがディアラット国を発ってから1週間経った日の夜、自室で眠っていた夜光が夢にうなされていた。


リプレイのように何度も何度も脳内に再生される映像……。


それは決まって複数の学生達が夜光を取り囲み、夜光へ暴言を吐きながら暴力をふるう場面から始まる。


サンドバックのように夜光をひたすら殴り続けるガタイの良い男。


いためつけられる夜光を笑いものにして、スマホでその様子を写真に収める下品な女。


彼女との性行為を夜光に見せつける顔立ちの整った男子学生。


そして、空間がどよめいて映像が変わると、そこには涙と鼻水で見るに堪えない顔をした先ほどの3人が映っていた。


そして最後には、真っ暗な空間の中、血まみれの少女が夜光に向かってこう呟くシーンで夢は終わる。




「・・・うそつき」




 夜光が夢を見るたびに感じていたのは、例えようのない恐怖だった。




「はっ!!」




 目覚めた夜光は、上半身を勢いよく起こし、周囲を見渡して夢を見ていたのを確認する。


額には汗が吹き出し、自身の心を鎮めようと呼吸が乱れていた。




「・・・またあの夢か」




 夜光は気分を落ち着かせようと窓から外を見るが、生憎そこに広がっていたのは、雨と雷の世界がせめぎ合う世界であった。


それはまるで、夜光の心境を示すかのようであった。








 翌朝……。




 夜光とマイコミメンバー達は、きな子からキバの説明を受けるために、地下施設のメインルームに集まっていた。




 きな子が口頭で説明し、ハナナはアシスタントとして、メインモニターにキバのデータを表示していた。




「双極型アスト、キバ。 その能力は普段みんなが装着しているアストよりもはるかに上や。


その分、精神力をごっつう使うさかい、起動する際は2名のアストを胸の女神石に取り込まなあかん。


安全性や機体の維持を考えて、キバの活動時間は某特撮ヒーローと同じく3分や。


しかもエクスティブモードを使ったら、活動時間は一気に10秒になってしまうから気ぃ付けや」




「ではきな子様。 活動時間が10秒を切った後に、エクスティブモードを起動すれば、その分活動時間は伸びるのでしょうか?」




 スノーラの提案きな子は首を横に振る。




「活動時間が10秒を切ったら、エクスティブモードは使えん。 キバの活動時間はな? 言い換えたら、みんなの限界を計るための砂時計みたいなもんや。無理して戦い続けてしまったら、最悪の場合、命に関わってしまう」




「命・・・ですか」




 命と言うワードに反応したミヤがおそるおそる聞き返す。


アストは自分達の身を守る鎧だと思っていたのに、命に関わるほどのリスクを負うと言う事実を頭の中で処理しきれずにいた。




「万全やなかったといえ、みんなを全滅ギリギリまで追い込んだマスクナを、たった2分で倒したんや。それくらいのリスクはしゃーない」




 きな子はハナナに向かって、「頼んます」とモニターにキバのデータを表示してもらった。


そこに映ったのはマスクナを倒した時に、変身していた忍者風のキバであった。


装備は何もつけておらず、体型もかなりスマート。




「次はキバの能力について話すわ。 まず1つ目が、ライカとキルカの力が合わさった【シノビフォーム】。 現実世界に昔おった忍者っちゅう戦闘集団をモデルにしてる。


この図体では想像できひんほどのスピードと俊敏さで敵を翻弄するトリッキーなフォームやけど、デコピンくらいの攻撃力と粘土並の防御力が欠点や・・・ほんで、属性は木や!」




「木? そんな属性聞いたことがありません」




 木と言う聞き覚えのない属性に首を傾げるセリア。


周囲のメンバー達も同調するかのように首を傾げる。


現在確認されている属性は、火・水・雷・風・土・氷・光・闇の8つのみ。


それ以外の属性は存在しないと言うのが、心界での常識である。




「確かに木なんて属性は存在せぇへん。 でもな? 実はキバには2つの属性を融合させる能力を持ってんねん」




「融合?」




 言葉の意味が理解できていないセリナがぽかんとした表情で、独り言なのか質問なのかわからない言葉を口にする。




「せや。 ライカの風とキルカの土が融合してできた力・・・それが木や。 キバの中にいる間しか使われへん特殊な力やけど、上手くいけば前みたいに、敵をやっつける切り札になる」




 きな子はキバの能力についての話を続ける。


ハナナは機械を操作して、モニターに別の姿に変わったキバを映す。


その姿はパッと見、ファンタジーに出てくる聖騎士のようだ。


右肩には巨大なモーニングスターが、左肩には巨大な大砲が備え付けられている。




「2つ目はスノーラとルドの力が合わさった【ナイトフォーム】。 片腕で小さな山を吹っ飛ばせる攻撃力と何百発の大砲でも傷一つつけられへん装甲の厚さが最大の武器や。 スピードと俊敏さは下手したらそこらのじいちゃんばあちゃんに負けてまうかもしれへんレベルやから、そこは気ぃつけや。


そんで、こいつの能力はスノーラの氷とルドの土が融合してできた鋼や。


能力的には頑丈な金属って言うだけやけど、これは武器にも盾にもなる単純かつ強力な力や」




 そして、次に移ったキバは魔法使いのような姿に変化していた。


手には魔法の杖のような物が握られている。




「3つ目がセリアとセリナの力が合わさった【マジックフォーム】。 戦闘に関する能力は大してあらへんけど、こいつにはほかのアストを回復させる・・・いわゆるヒーラーの能力を持ってんねん」




 「回復? それってめちゃくちゃ有利になる力じゃん!」




 ルドが目を丸くするのも無理はない。


これまでの戦いでは、負傷したり、スタミナ切れになっても、回復手段がないためそのまま放置して戦っていたが、それが戦闘で不利になる原因となることが多かった。


3分しか動けないキバでも、回復役がいるのは大変心強い。


だが、そんな楽観もきな子は容赦なく引き裂く。




「話は最後まで聞き。 回復能力はあるけど、キバは1分しかこのフォームを維持できひんねん」




『1分!?』




 あまりの短さに、全員が声を上げた。




「回復能力なんてチート能力があるさかい。 その分、ほかのフォームより消耗が激しいねん。


堪忍したって」




 楽観していたルドは、肩を落として、残念だと言わんばかりのため息を付く。


そこへ空気を読まずにセリナが手を上げる。




「はいっ! 私とセリアちゃんは魔法が使えますか!?」




 魔法使いのようなキバを見て、もしやと思ったセリナが目をきらめかせる。


だがきな子は容赦なく「使われへん」とバッサリ切り捨てた。




「ガーン!!」




 ショックのあまり椅子に倒れ込むセリナを無視して、ハナナがモニターを操作する。


モニターのキバが、虚無僧のような恰好に変化した。


顔をすっぽりと覆い隠す笠をかぶり、手には尺八が握りしめられている。




「4つ目がレイランとミヤの力が合わさった【ソウフォーム】。 個人的な戦闘力は皆無やけど、こいつが持っている召喚能力は侮れんで」




 レイランが「召喚能力?」と聞き返す。




「ソウフォームには、レイランの水とミヤの雷が融合して生まれた雲の能力が備わっとってな?


その能力で、いろんなもんを生み出せるんや。 山みたいなでっかい怪獣で敵を踏み潰すんも良し。


兵士を千人作って、数の暴力に訴えるんも良し。


まあ限度はあるけど、応用の効く能力や。 ただし、さっきも言った通り、個人での戦闘はできひんから、召喚した雲か、ほかのアストが守ってやらなあかんで?」




 キバの能力について、その後もきな子は説明を続ける……。


そして最後に、キバを呼び出す手段が伝えられた。




「最後にキバの呼び出し方を教える。 モニターに注目や」




 言われるがまま、夜光達はモニターに注目する。


そこに映っていたのは、アタッチメントのような砲身だった。




「今、モニターに映ってるのは、【テレキバ】っちゅうてな? こいつをシェアガンに取り付けて撃ったら、いつでもどこでもキバが転送される。 もうアストの左足に装備させてるから、必要な時はこれでキバを呼んでな」




 ここできな子の説明が終わり、「なんか質問あるか?」と質問タイムを設けられた。


そこへ手を上げたのはキルカであった。




「なんや?」




「”パパ”はキバを使うことができないのか?」




『・・・?』




 キルカの質問内容が理解できず、周囲が首を傾げる中、夜光だけは肩を落としてうつ向いてしまった。




「おい、キルカ。 パパとは誰のことだ?」




 スノーラがパパについて尋ねると、キルカは何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げて、目線を夜光に向ける。




「質問の意味がよくわからないぞ?」




 ここでようやく、キルカの言っているパパが夜光であることを周囲が理解した。


それと同時に、メンバー達が騒ぎ立てる。




「まっまさか・・・パパって兄貴のことか?」




「ほかに誰がいる?」




 なぜか顔をほんのり赤くするキルカの態度を見て、ライカが横にいる夜光の首元を掴む。




「あんたまさか、キルカに変な趣味を強要させたんじゃないでしょうね!?」




「知らねぇよ。 この間からあいつが勝手にそう呼んでるだけだ。 何回やめろと言っても聞かねぇから、こっちは諦めてんだよ」




 供述を聞いても疑惑の目を向け続けるライカに夜光は呆れ、目を合わせずやり過ごすことにした。


そして、次なるアクションを起こしたのはセリアであった。




「あの・・・どうしてパパなのですか?」




「他の者が使っている呼び名などつまらぬからな。 試行錯誤の結果、パパと呼ぶことにした・・・まあ、ライカの”あんた”よりはマシだとは思うがな」




 突然呼ばれたライカが「なんですって!?」と夜光を離してキルカを睨む。




「我よりも付き合いが長いと言うのに、未だに”あんた”だの”こいつ”等としか呼ばないではないか」




 周囲は「そういえば・・・」と首を傾げる、頷くなど、キルカの言葉に賛同し始めた。




「失礼ね! あたしだって名前で呼んだことくらい・・・」




 これまでの記憶を探っていく内に、ライカの威勢が収まった。


本人も夜光のことを名前で呼んだことがないと今更ながら、気付いたからだ。




「・・・これからは呼ぶわよ」




 ライカの小さな誓いをかき消すかのように、セリナが「はいはいはい!!」と勢いよく手を上げてこう述べる。




「だったら、ライカちゃんはお兄ちゃんがいいと思います!!」




『お兄ちゃん!?』




 セリナの突拍子もない呼び名に、周囲が声を揃えた。




「なんであたしがこんな中年をお兄ちゃんなんて呼ばないといけないのよ!!」




「だって、キルカちゃんがパパなら、ライカちゃんはお兄ちゃんかなと思って」




 説明にもなっていないセリナの説明に、ライカは聞いた自分を恥じた。




「お兄ちゃんか・・・良いではないか」




 ライカのお兄ちゃん呼びを早くも受け入れるキルカだが、当の本人である夜光が嫌そうに顔を引き釣る。




「どうせならもっとおしとやかな妹がほしいものだぜ」




「なんですって!?」




 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気に包まれるが、ここでようやくゴウマが腰を上げる。




「いい加減にせんか! 2人共!」




 その後のきな子の話によれば、夜光はペアとなるパートナーがいないため、キバを起動させることはできないとのこと。


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