第137話 旅立つ2人

 過去の真実に耐えきれなくなったキルカは、1人の道を歩もうとしていた。

夜光はジルマの元へと連れて行き、孤独の恐怖と家族の温かな心を説いた。

そして、ジルマの持つ家族への愛情を信じ、ゴウマは生きて罪を償うようジルマとルコールに処罰を下した。



 それから数週間後……。

治療を続けていた成果が実り、左腕の包帯が取れるまでに回復した。

医師のハケは失った左腕に機械仕掛けの義手を取り付けることを進めてみたが、ジルマは「機械とは相性が悪いので・・・」と拒否した。

機械の力を使って殺人を犯してきた自分が機械に頼って生きてしまっては、償いにはならないと考えて出した答えだった。

ジルマは義手を断った後に、笑顔でこんな言葉を付け加えている。


「機械に頼らなくても、僕には家族がいます」



 そして今、ジルマはルコールと共にディアラット国を出るために、ディアラット国を出る門のそばに来ていた。

見送りには、キルカとゴウアの2人が来ていた。

その他の者達は、家族水入らずの

村までは遠いので、2人はゴウマが手配していた馬車に乗って向かうことになっていた。

馬車を走らせるのは、ブラックドギーの責任者であるカイトブラック。

彼は信頼できる男であるため、ゴウマは依頼と言う形で馬車を託した。

本人も「2人の新しい門出は誰にも邪魔させないッス!」と分厚い胸板を叩いていた。


 幸いなことに、ウォークの正体がジルマであったことを知っているのは、ゴウマとルコール、そして夜光とマイコミメンバーのみで、門を警備している騎士団にバレる可能性は低かった。

ウォークが死んだ証拠としてゴウマが提出したシャドーブレスレットも、ジルマの左腕と共に真っ二つに切断され、ただのガラクタと化しているため、ウォークの正体を暴く手がかりにはならない。

騎士団や大臣達は「死体を確認するまで安心できない」と半信半疑であまり効果はなかった。

だが、グレイブ城の事件に影が絡んでいることは客として来ていた貴族達の証言によって、大陸上に知られていたため、不安に煽られていた国民達の気持ちを静める鎮静剤にはなった。

ルコールはマスクナの薬作りに協力していたのとはいえ、脅迫されていた被害者にほかならない。

ジルマの償いに付き添う必要はないのだが、彼女自身が付いていくと言って聞かなかった。


「私は自分が被害者だとは思っていません。 どんな理由があろうと、私が命を使って薬を作ったことに変わりありません。だから私は、ジルマと一緒に自分のとしっかり向き合って償っていきたいんです!」


 ジルマも最初こそ反対していたのだが、彼女の強い決意に押し負け、同行することを認めた。

キルカも2人について行きたい気持ちはあったのだが、それを口にする前に、彼女の気持ちを察した2人が止めた。


「キルカ。 君まで僕達の償いに付き合うことはない。 それに君には叶えたい夢があるのだろう?」


「そうよキルカ。 どうかあなたは、私達のような過ちは犯さず幸せに生きてね」


 2人の説得を聞き入れ、キルカは夢を叶えるために残ることを決意した。

寂しい気持ちはあるが、「会いたくなったら、いつでも会いに行けばいい」とゴウマがにこやかに微笑んだ。


「ところでゴウマ様。 あの本はどうなりました?」


 ルコールがマスクナの持っていた本についてゴウマに問い掛けた。

マスクナが消滅した後、本はゴウマが預かっていた。

ゴウマの手にあれば安全だとは思っているのだが、全ての元凶となったあの本が、万が一また誰かの手に渡れば、同じ悲しみがまた増える。

ジルマもルコールも、それだけが唯一の心残りであった。

だがゴウマはなぜか、声を漏らして笑った。

笑う意味が分からずに首を傾げる3人に、笑ったことを謝罪して軽く説明をする。


 結論から言えば、本は焼却してしまった。


ゴウマもあんな本がこの世にあるのは、危険極まりないと考えていたので、事件から数日後にきな子とハナナの協力の元、本の処分を決行することにした。

ハナナによると、本に使われている紙は心界でもあらゆる環境でも育つ特殊木でできているため、燃やすことも切ることもできないと言う。

数は極めて少ないため、現在はこの木を家や本の材料にすることは法律で禁止されている。

眉間にしわを寄せるゴウマだったが、ここで活躍するのが、普段何の役にも立たない女神ハナナ。

彼女は手に持つ本を鉄の床に置き、懐から取り出したマッチに火を灯し、目を閉じて少し祈りを捧げて本に点火した。

すると、燃えないはずの本が燃えだし、ゴウマと周囲のスタッフは目を丸くした。


「これが女神の力です!」


 ハナナは胸を張って自慢げに言うが、それ以上の説明が出ないため、ゴウマ達にはさっぱり理解できなかった。

さらにここへ、きな子が「ちょうどええわ」と旅行帰りのスタッフがお土産としてテーブルに置いていた芋を工具で使う棒で刺し、炎の中に突っ込んで焼き芋を始めた。


「寒い日はこれに限るわ!」


 炎は10分間燃え続け、スタッフ達が消火した後には、黒焦げの燃えカスだけが残っていた。

焼き上がった焼き芋はきな子とハナナが取り合いながら2人で食べた。


「「フフフ・・・」」


 本の末路を聞いたジルマとルコールはついつい笑いがこみ上げてしまった。

家族をバラバラにした悪魔の本が、焼き芋の焚火代わりに燃やされた。

今まで苦しみ悩んでいた自分達がこっけいにすら思えてきた。


「お2人さん! そろそろ出発するッスよ!」


 開門の認可を取りに行っていたカイトがゴウマ達の元に走ってきた。

彼は手に持っているブラックドギーのロゴが入った帽子を2人に手渡す。


「用心のためっス。 これで顔を隠すッス」


 2人はカイトの心遣いをありがたく受け取る。


「それじゃあ、乗るッス!」


 カイトはその巨体からは想像できない身軽さで、馬車に飛び乗って手綱を握る。

ジルマとルコールは最後にキルカと一時の別れを惜しむ。


「キルカ・・・僕はもう、過去から逃げない。 この命がある限り、生きて罪を償っていくよ。

だから君も、前に向かって歩いて行ってくれ」


「・・・うん」


「他者を思いやる心を忘れないでね。 私達のように誤った道に迷わないように・・・自分自身の道をしっかりと歩んで行ってね」


「・・・うん。 ありがとう」


 3人は涙を流しながら、両手を思い切り広げて熱い抱擁を交わした。

それは単なる別れのハグではなく、これから自分達が進むべき未来に向かって歩いて行こうと言う”エール”でもあった。


「それじゃあ・・・そろそろいくわ」


「元気でな・・・キルカ」


 家族のぬくもりを体中にしっかりを刻みつけ、名残惜しくも3人は体を離した。

ジルマとルコールが馬車に乗ると、小窓越しにキルカが満面の笑みを浮かべてこう言う。


「道中気をつけて!・・・父上!・・・母上!」


「「!!!」」


 キルカが発したこの言葉には2つの意味が込められていた。

1つは、ジルマを再び父として尊敬すること・・・そしてもう1つは、愛し合う2人の仲を認めると言うこと。

その意図が伝わったジルマとルコールはバラバラになっていた家族が再び繋がったことをはっきりと感じることができ、「「ありがとう!・・・」と涙ながらに愛する娘に感謝の言葉を投げかけた。

そして、2人の乗せた馬車はゆっくりと前へと進み始める。

キルカは無邪気な子供のように、大きく手を振って、2人が見えなくなるまで見届けたのであった。



 門を出てからしばらくして……。


「げっ!ッス!!」


 馬車は昨日の雨でできたぬかるみにはまって、動けなくなってしまった。

カイトはぬかるみを確認しようと馬車から降りた。

そこへ通りかかた人物が「お困りですか」とカイトに声を掛ける。


「そうッス。 ぬかるみにはまっちまったッス! 新しい門出だって言うのに、縁起が悪いッス!!」


 両手で頭をくしゃくしゃにしてかき混ぜるカイトをしり目に、その人物は片手で馬車を押し出し、ぬかるみにはまっていたタイヤを引き釣り出した。


「おぉ!! ありがとうッス!! あんた力持ちッス!!


「お役に立てて何よりです」



「(今の声は!!)」


 聞き覚えのある声が耳に届き、ジルマは反射的に小窓から首を出して、声の主を確認する。


「(えっエアル!!)



 そこにいたのは、なんとエアルであった。

そうとは知らないカイトは握手を交わしながら何度もお礼を伝え、再び馬車に飛び乗る。


「エアル・・・」


 エアルと目が合ったジルマ。

影をやめて償いの旅に出る自分は、エアルにとっては裏切者だ。

家族のことばかり考えていたが、こうして家族と生きていけるのは、影として迎え入れてくれたエアルのおかげでもある。

だからエアルが自分を蔑んでも、ジルマは受け入れるつもりでいた。

そしてエアルが、ジルマに近づいてこう言う。


「どちら様でしょうか?」


「えっ?」


「人違いをされているようですね。 私とあなたは初対面のはずです」


 エアルはそれだけ言うと、「道中お気をつけて」とディアラット国に向かって歩き出した。

ジルマには”影のことは忘れて自由に生きろ”と言っているように聞こえた。


「ありがとう・・・エアル」


 そして再び馬車は歩き出す。

未来と言う名の終着点を目指して……。



 ジルマとルコールが旅立った4日後の朝……。


 マイコミメンバー達は夜光のいる医務室へと向かっていた。

その理由は、お見舞いと言う訳はない。


「・・・なんであたし達が医務室に引きこもっているバカを引っ張りださないといけない訳!?

あたし達はあいつの親じゃないのよ!!」


 4日前に医務室から出られたライカがぶつくさ文句を言いながら足を進める。

横にいるルドも「同感・・・」と肩を落としてダルそうに歩き続ける。


「仕方ない。 医師の許可が出ていると言うのに、夜光さんが医務室を出ようとしないのだ。

大方、生活費を浮かせる浅はかな籠城だろうがな」


「以前も同じようなことがありましたね・・・」


 医務室にいる間は、食事も無料で提供され、電気代なども請求されることはない。

夜光はそれに味をしめ、感じるはずのないケガの痛みを訴えて医務室に居座っているのだ。

以前も、同じことをして誠児に連行されていたが、夜光はまだ懲りていなかったようだ。



「コラッ! グータラ中年親父! とっとと出てきなさい!!」


 勢いよく医務室のドアを開けてライカが声を荒げる。

だが夜光は目覚めることなく、口を大きくあけていびきをあげていた。

メンバー達はぞろぞろ中に入り、まだ眠っている夜光のベッドに集まる。

そこでミヤがある異変に勘付いた。


「・・・んっ? ねぇ、夜光君の布団、妙に膨らんでいない?」


 夜光は体格が良い方なので、被っている布団もそれに比例してふくらみを増す。

だがそれを差し引いても、少し大きく見える。

何より、そのふくらみは上下に動いて中にいる者の呼吸を示していた。

夜光が被っているので、それ自体は当たり前なのだが、そのふくらみはなぜか、夜光の腰辺りで動いていた。


「・・・そりゃ!」


 気になったルドが豪快に夜光の布団を剥がした。


「寒っ!!・・・んっ?」


 布団を失ったことで周囲の冷たい風が夜光の肌に突き刺さった。

その衝撃で夜光は目を覚ましたが、不思議と体はポカポカと温かかった。


「・・・なっ!!」


 自分の体を目に映した瞬間、夜光は言葉を失った。


「スー・・・スー・・・」


 なんと、夜光の体に全裸のキルカがしがみついていたのだ。

その光景に夜光達の頭はパニック状態になる。


「ちょ・・・ちょっと! あんたこれどういうことよ!!」


 沈黙を破ったライカが顔を真っ赤にして夜光に詰め寄る。


「こっちが聞きてぇよ・・・」


 こんな状況にも関わらず、夜光は自分でも驚くほど落ち着いていた

この世界に来てから女難続きであったため、知らず知らずにこう言う場面に慣れてしまったのだ。


「・・・んっ。 なんなのだ?騒々しい」


 ここでようやくキルカが目を覚ました。

彼女は寝ぼけているのか、度胸が据わっているのか、周囲にメンバー達がいることを確認しても、全く動じることなく、あくびをする。


「きっキルカ!! あなた、夜光君のベッドで何をしているの!?」


 冷静さはまだ戻っていないが、ミヤはこの場にいる者達が今1番聞きたいことを口にした。


「この部屋は思ったよりも暖房が効いていないからな。 互いの肌で温めていたのだ」


 マイコミメンバーが一斉に夜光を睨んで、無言の圧を送る。

夜光は首を横に振り、あくまでキルカの単独だと主張する。


「はっ裸になる意味はなんなの!?」


「服を着ていては、肌のぬくもりを感じにくいではないか」


 さも当然のことをしているだけと言わんばかりのキルカの態度に、ミヤは思考回路が一時停止する。

そして、彼女の代わりにライカが半狂乱になって叫ぶ。


「あんた! 男嫌いはどうしたのよ!!」


 キルカは鼻で軽く笑うと、夜光のあごを摘まんで、官能的な笑みで顔を近づける。


「今でも男は好かん。 肌にも触れられたくはない・・・だが、好き嫌いと愛は別だろう?」


 意味深なキルカの言葉に、マイコミメンバー達は嫌なことを察したかのように冷や汗を掻く。

夜光の方もなんとなく察してはいるが、あえて「どういう意味ッスか?」と踏み込んだ。


「時橋夜光。我は貴様に愛を感じている。 ここまで言えばわかるだろう?」


 それは、キルカなりの愛の告白であった。

辺りの空気はさらに重く冷たくなる。


「ダメッ! ダーリンはボクのお婿さんになるの!!」


 危機と感じたレイランが頬を膨らませて夜光の腕にしがみつく。

このまま自分の取り合いが始めるのではと、夜光は内心肝を冷やしていた。


「そうか・・・ならば我は妾で構わん。 愛する男を美少女と共有すると言うのも、また一興だ」


 余裕の笑みを浮かべるキルカに、レイランは「だったらOK!」とあっさりと提案を受け入れた。


『・・・』


 この2人のはっきりとした物言いが、正直羨ましいと思っているその他のマイコミメンバー達。

先ほどまで抱いていた怒りと嫉妬が、どこかに消え、今はただ茫然と立ち尽くすんでいる案山子と化す。

 

 それからレイランとキルカは意気投合し、夜光を挟んで自分達の将来設計を語り出し始める。

それは数時間後に誠児が医務室を訪れるまで続けられた。

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