第136話 償いの道
夜光との会話でジルマへの復讐心がすでに自分の中にないことを自覚したキルカはマインドブレスレットを捨てマイコミとアストの両方から立ち去ろうとしていた。
夜光はそんな彼女の手を掴み、彼女の意志を無視ししてジルマが治療を受けている治療室に連れてきたのであった。
「いっいきなりなんですか!?」
突然入ってきた夜光とキルカに声を荒げるのは、ジルマを治療している40代後半の医師。
普段は近くの病院で医師として働いているが、夜光達が戦闘で負傷した場合はすぐに駆け付けてくれる。
「なあ、ハゲ。 悪いが数分席を外してくれないか?」
人に頼みごとしているにも関わらず、夜光は馴れ馴れしく医師の美しく輝く頭に手を置く。
ハゲと言うのは夜光が勝手に名付けたあだ名。
由来は言うまでもなく医師の頭だが、彼自身の名前が”ハケ”と言うのも災いして、このあだ名が夜光の中で定着しているのだ。
当然医師は真っ赤になって夜光の手を振り払う。
「私をハゲと呼ぶなといつも言っているだろう!! だいたい今はまだ治療中だ! さっさと出ていけ!!」
「おいおい、落ち着けって・・・これやるから」
そう言って夜光がポケットから取り出したのは、先ほど医務室で読んでいたいかがわしい雑誌であった。
キルカを連れ出す際に、丸めてポケットに突っ込んでいた。
それはこうなると読んだ夜光が交渉の材料として使うためだ。
「こここ・・・これは! この前発売された!」
雑誌を見た途端、あからさまに動揺する医師。
このハケと言う医師は、医師としては大変優秀だが、夜光と同じく女性にだらしない性格の持ち主。
とは言っても、妻と子がいる上に、夜光や笑騎のような行動力はない、健全なタイプのスケベ。
「前からほしいって言ってただろ? 俺はもう読み飽きちまったからもういらねぇ。
女房と子供にバレないように楽しめ」
夜光は雑誌をハケの手に押し付けるように手渡す。
だが彼の手はしっかりと雑誌を握りしめている。
わざとらしく咳払いとすると、ハケは夜光の横を通ってドアをくぐる。
「治療に使う薬を取ってくる。 戻ってきたら出て行けよ」
ハケはそう言い残すと、ドアをゆっくりと閉めた。
ドア越しに「やっほぉぉぉ!! やったぁぁぁ!!」と子供のようにはしゃぐ声が聞こえてくる。
夜光はハケが部屋を離れたことをその声で確認すると、キルカの手を引き、その身を床に思い切り叩きつけた。
「くっ!」
「キルカッ!」
たたきつけられたキルカにジルマは腕の痛みを忘れてベッドから素早く下り、キルカを右腕で介抱する。
幸いケガもなく、痛みも特にない。
キルカは夜光を睨みつけて「何をする!?」と必然的に噛みつくが、その目は一瞬で硬直した。
「・・・」
夜光の目はこれまで見たことがないほどの怒りが灯っていた。
思わず臆してしまうほどの怒りを向けられるキルカには、理不尽な怒りにしか感じることができなかった。
「なんだその目は! いきなりこんなところまで連れてきて、訳もわからず我を叩きつけて・・・ふざけるのもいい加減にしろ!!」
次の瞬間、夜光はキルカに右手の人差し指を突き付けて、怒鳴り声を上げる。
「ふざけているのはどっちだ!! こんな体でお前の身を案じてくれる父親がいるって言うのに、悲劇のヒロインみたいな顔しやがって!! 不幸ぶるのもいい加減にしろ!!」
「だっ黙れ! 貴様に説教される覚えはない!!」
キルカは介抱する父親の手を離れて立ち上がり、夜光と対峙する。
「自分を想ってくれている父親の身がどうなるかわからない時に逃げ出すような娘なんぞにキレる資格はない!!」
「そっそれは・・・」
ぐうの根も出ない夜光の発言に、キルカは言い返すことができなかった。
言葉を詰まらせるキルカに、夜光は容赦なく続ける。
「現実を見るのが恐ろしくなって、何も言わずに大切な家族を置いて勝手に1人になる父親をお前は憎んでいたんだろ!? お前がそれと同じことをしてどうするんだよ!!」
「!!!」
この時キルカは初めて、自分と父親の行動が重なり合っていることに気付いた。
アールを殺した事実から逃げてしまったジルマと過去の事実から逃げようとしている自分。
虚像とはいえ、今まで自分が否定していた憎き父の姿に、いつの間にか自分がなってしまっている。
キルカはたまらずジルマの顔に視線を移す。
「本人から聞いたんだろ? 逃げた後にどんな思いでここまで生きてきたのか」
何も言えずにうつ向いてしまうキルカの肩に、夜光はそっと手を置く。
その目には、先ほどまで灯っていた怒りはなく、どことなく悲し気な目に変わっていた。
「孤独になっても傷は癒えない。 傷口が広がるか新しい傷ができるだけだ。
でもな、それがわかっているのに、その世界から抜け出すことのできないバカは山ほどいる。
一歩外に出たらいいだけなのに、誰もそれができない・・・なぜだかわかるか?」
「・・・いや」
「”歩き方を忘れるからだ”。 長い間、孤独の世界にいると、自然にいろんなことを忘れる。
自分がどうやった人生を歩いてきたのか・・・自分がどんな人間と触れ合ってきたのか・・・何のために生きているのか・・・何もかも忘れて、最後には虚しさだけが残る。
お前の親父さんみたいに大切な思い出を忘れずに孤独の中を生きてきた奴はいないわけじゃない・・・でもそんなのは本当にごく一部だけだ。
少なくとも、お前は絶対、孤独には耐えられない」
「どうしてそう言い切れる?」
夜光は一瞬、キルカから目をそらしてこう返す。
「・・・耐えられなかった人間を知っているからだ」
夜光はキルカの肩から手を離すと、床に腰を下ろしたジルマに「悪かったな。色黒の兄ちゃん」と手を差し出す。
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
夜光はジルマの手を引いて立ち上がらせた後、キルカに背を向けたまま最後にこう告げる。
「目を見開いてもう1度自分の周りをよく見てみるんだな。 そうすれば、自分が見落としていたがたくさん見つかるぜ?」
「・・・」
ジルマには事実を知ったキルカが、こんな行動を起こすのではないかと、心の隅で予感していた。
だが、今の自分には何を語れば良いかわからず、結局何も言うことができなかった。
夜光がそんな自分に変わって、キルカの心を踏み留まらせようとしてくれた。
彼にとっては、自分を不甲斐なく思うと同時に、娘の心と真剣に向き合ってくれる男がいることに、安堵していた。
「失礼します」
治療室のドアがノックと共に開いた。
3人が一斉にドアに視線を送ると、入ってきたのはゴウマであった。
「夜光、キルカ。 こんなところで何をしているんだ?」
医務室で寝ているはずの夜光とキルカがその場にいれば、当然出てくる質問である。
夜光は冗談交じりにこう返す。
「見たらわかるだろ? 娘をくださいって父親に交渉してるところだ」
「そうか、出直した方がいいか?」
真顔で返答するゴウマにしらけた夜光は「おかまいなく」とジルマが治療を受けていたベッドに腰を掛ける。
ゴウマは一旦ドアをくぐり、「どうぞ、こちらです」と外にいる人物を治療室に招き入れた。
「ルコール!」
「ジルマ・・・」
入ってきたのは、ルコールであった。
ジルマとの再会に一瞬目を輝かせるが、同時に視界の中に入ってきたキルカの姿に、うつ向いて収縮してしまう。
「治療中に申し訳ありません。 実は、あなた方の処分が決定したので、お伝えに参りました」
その言葉を聞いた瞬間、部屋中の空気が凍り付いた。
特にキルカは、分かり合えそうになっている父親が処罰されることに恐怖し、体中を震え上がらせた。
そんな彼女の肩を抱き、震えを止めたのはジルマであった。
「!!!」
「大丈夫だよ、キルカ」
懐かしい父親のぬくもりを感じ、もっと感じたいと、キルカは無意識に少しだけ体をよせる。
ジルマは覚悟を決めた顔で、ゴウマに頭を下げる。
「ゴウマ様。 わざわざ、ご足労頂いてありがとうございます。 どのような処罰でもお受け致します」
ジルマの覚悟を見届けたゴウマは1度頷き、姿勢を正して処罰の内容を告げる。
「ジルマ グラースそして、ルコール グラース・・・ディアラット国の王、ゴウマ ウィルテットと名の元に、ジルマ グラースの治療が完了次第、この国からの追放を命じます”」
『!!!』
ゴウマの口から出た処罰の内容に、ジルマとキルカは目を丸くした。
「つっ追放ですか・」
ジルマには信じられない言葉であった。
影は多くの命を奪ってきた殺人集団。
捕まれば当然その命を持って償わせるのが妥当だ。
実際、影のメンバーであったスコーダーとレオスの2名も裁判に掛けることなく、騎士団によって殺されている。
ジルマも当然、死刑を覚悟していた。
それにも関わらず、ゴウマから下されたのは”追放”である。
無論、設備の整った国から放り出されることは、普通の人間ならば、十分罰として機能する。
だが、自然の中で生きてきた2人にとって、国よりも自然豊かたな国外の方が暮らしやすい。
「はい。 ですが、ただ出ていけと言うわけではありません・・・この国を出て山をいくつか超えた先に、小さな村がいくつかあります。 そこには医療施設や医師がいないため、多くの人達が病に掛かり、命を落としています。 国から医師を派遣したいのですが、ボランティアの範囲を超えているため、ずっと保留にしていたんです。 ですが、あなた方の知識があれば、村の人達を救うことができるかもしれません」
ゴウアが救いたい村は、かつて焼き払われた”リッシュ村”のような貧しい村ばかり。
あのような悲劇を繰り返さないためにも、きちんとして治療を受けて、元気な体で貧しさと戦ってほしいというゴウマ自身の償いでもあった。
「確かに、あなたの罪状を考えると、間違いなく死刑に値するでしょう。
ですが、必ずしも死が償いになるとは限らない。
死によって罰するより、救命によって罰することこそ、本当の償いだと、私は考えています。
何よりも、同じ娘を持つ父親として、親を奪われる悲しみを子に背負わせてまで、あなたに償いをさせようとは思わない」
「でも、国民や騎士団がそれを受け入れるとは思えませんが」
「わかっています。 ですから、あなたはこの国ではアストによって処理されたことにしました。
左腕を斬り落とされた際に落とされたシャドーブレスレットが証拠として上手く機能しれてくれました」
国の上に立つ王としては、ゴウマの言うことは国民への裏切り行為に近い。
父親と言う同じ境遇であると言うだけで、根拠もなくジルマを信じる等、国民からしてみれば、怒りを灯す火種にしかならないだろう。
それでもゴウマはジルマを信じることに決めた。
その理由をゴウマはジルマの両肩に手を置いて、次のように述べる。
「私はあなたのためにあなたを信じる訳ではありません。 あなたの家族のためにあなたを信じたいんです。 このことがバレて国王の座が危うくなろうと、私は後悔しません」
ゴウマの決意と信頼に、ジルマ・ルコール・キルカは思わず涙を流した。
彼は自身の立場を掛けてまで、ジルマとその家族に生きて罪を償う場所と、家族のいるこの心界でもう1度生きるチャンスをくれたのだ。
嬉しさで流れる涙はこれまで流した悲しみの涙とは全く違う心地よさがあった。
そして、両肩に置かれたゴウマの手を両手で優しく包み込み、こう返す。
「謹んで罰をお受けいたします」
こうして、影のメンバーであるウォークは死に、ジルマグラースとその家族の生きる物語が再開するのであった。
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