第134話 2分間の決戦

 双極型(そうきょくがた)アスト【キバ】。

すさまじい力を持つ反面、活動時間が3分しかない。

今回は未完成のため、安全を考えて、さらに2分しか動くことはできない。

ブラックドギーの協力で、ホームから戦場に戻ることができたキバとマスクナの2分間の決戦が始まった。


「今の声、ライカとキルカか?」


「そうみたいだけど、これ何?」


「これがゴウマ様の言っていた可能性なのか?」


 キバの巨大な姿に3人は唖然とする3人とは対象に、マスクナはキバに対する驚きを感じなくなっていた。


「そう・・・あなた方ですか。 あのまま逃げていれば長生きできたものを・・・愚かですね」


 戻ってきた2人を憐れむかのように、マスクナは口元を緩ませる。

アストを全滅にまで追いやった自分なら、ライカとキルカがどんな力を持っても勝算はないと高をくくっているのだ。


『あんたとグダグダしゃべっている暇はないのよ!』


 キバが手で印を結ぶと、マスクナの周囲に木の葉が出現し、竜巻のように回転し始めた。

これはシノビフォームの忍術『木の葉隠れの術』。

木の葉と風で敵の視界を遮る術だが、2秒しかもたない。

だが、スピードに特化した今のキバにとって、目くらましには十分な時間であった。


「なっ どっどこへ行った?」


 木の葉が止むと、今さっきまでいたキバの姿が消えていた。

一瞬のことで、何が起きたのかわからないマスクナは取り乱すかのように、目を左右に動かして、キバを探そうと試みるが遅すぎた。


『こっちだ!!』


 キバが再び姿を見せたのは、マスクナの後ろであった。

手にはクナイが握られており、キバはそれを素早くマスクナに投げつけた。

クナイはすさまじいスピードで、マスクナの体を貫いて、地面に突き刺さる。

だが傷口は当然のようにすぐ再生し、何事もなかったかのように完治する。

もちろん、ライカとキルカもそんなことは百も承知。

すぐさま次の術を発動させるために印を結ぶ。


「させません!!」


 マスクナは忍術を発動させまいと、槍のように鋭く尖らせた触手をマシンガンのように、キバ目掛けて放つ。

それは、初戦と比べると圧倒的に攻撃速度が上がっていた。

マスクナはアストとの戦闘で、変化した自分の体に慣れてしまい、触手のコントロールが上手くなっていたのだ。

スピードに特化したライカとキルカがもし単体で、戦っていたならば、ここで敗北していただろう。

だが、キバと一体化した今は違っていた。


『遅い!』


 マスクナの触手攻撃を、キバは印を結んだまま軽々とかわし続けた。

触手はキバの体に命中するどころか、かすりもせず。次々と地面に突き刺さっていった。

外した触手を引き抜き、再度攻撃をしかけるも、キバのスピードの前には無駄なことだった。


『こっちの番よ!』


 キバの両端から突然煙が出現し、その中からキバと同じ機体が出現した。

これもキバの忍術の1つ【影分身の術】。

自分そっくりの分身体を生み出す術だが、出現させられる分身体は2体まで。


「つまらない手品を!!」


 攻撃が命中しないことに対し、マスクナは少しイラ立ちを覚え始めており、発する言葉にも怒気が含まれていた。

キバと分身体達はそれぞれ三方向に散ってかわし、マスクナをさらに翻弄した。

傍観しているスノーラ達には優勢しているように見えていた。



「ハァ・・・ハァ・・・」


 キバの中にいるライカとキルカは、精神力の使い過ぎから来る疲労感で、息が上がり大量の汗を流していた。

ただでさえ、大量の精神力を奪うキバに加え、夜光戦でのダメージも回復しきっていない2人。

しかもキルカはマスクナとの初戦でかなり消耗している。


「キルカ・・・あんた大丈夫?」


「問題ない・・・と言いたいところだが、睡魔に意識を持って行かれそうだ」


 キルカの場合は疲労やダメージだけでなく、自分の睡眠特性を機械で無理やり抑え込んでいる反動が返ってきてしまっていた。

目を一瞬でもつむれば、彼女はすぐに眠りの世界へと足を運んでしまう。

そうなれば、いつ目を覚ますか、本人にもわからない。


「お互い時間はないってことね・・・じゃあ、一気に畳みかけるわよ!」



 三方向に散ったキバ達は、マスクナを取り囲む。

それと当時に、中にいる2人がエクスティブモードも起動した。

これにより、キバの活動時間は残り10秒となってしまうが、疲労で後がない2人には関係なかった。


『まずは目障りな触手を絶つ!』


 キバ達は手元に数枚の木の葉を出現させると、それを手裏剣のようにマスクナ目掛けて投げつけた。

触手以上の速度で投げた木の葉の手裏剣をマスクナが避けられるはずもなかった。

木の葉の手裏剣は、1度に数枚程度しか投げていないにも関わらず、触手を約100本斬り落とした。


「くっ! ふざけたマネを!!」


 マスクナは触手攻撃を再度キバに仕掛ける。

だがエクスティブモードとなった今のキバ達は、先ほどよりもさらに俊敏な動きが可能となり、それは文字通り、目にも止まらぬ速さであった。


「なっ何!?」


 目で追うことができず、マスクナは攻撃することすらできずにいた。

その間、キバ達は木の葉の手裏剣で触手を斬り落としていく。

だが、ただ単に斬り落とすだけではない。


『はあっ!!』


 精神力を込めた木の葉の手裏剣を触手目掛けて投げつけた。

木の葉の手裏剣が触手にペタリと張り付くと、触手の一部がポンッ!とマヌケな音と共に、数枚の木の葉に変化した。

しかも、変化した木の葉はそのままほかの触手を斬り落としていく。

これはエクスティブモード時のみ使える技で、木の葉が張り付いた部分を木の葉に変えて、手裏剣として操れる忍術の類。


『まだまだぁ!!』


 キバ達は木の葉の手裏剣を次々に投げつけて、触手を斬り落としていく。

そのあまりのスピードに、マスクナの再生能力が追い付かなくなり、触手の数が徐々に減り始めていく。


「ちょこまかと目障りな!!」


 マスクナも触手で応戦するが、その結果は、交わされるか、斬り落とされるか、木の葉に帰ら得るかの3パターンと化していた。

そして、触手の数が残り数本となった時だった!


『くっ!』


『うっ!!』


 中の2人がとうとう限界を超えてしまい、その場で膝を付いてしまった。

それと連動するかのように、キバも足を止めてしまい、走っていた反動で横転してしまった。

忍術を維持することができなくなり、分身たちは煙と共に姿を消してしまった。

どうにか起き上がろうとするキバであったが、その前にマスクナの触手がキバの足を捕えた。


「どうやら、運も尽きたようですね」


 マスクナはキバを持ち上げて逆さづりにして、自分の顔に近づける。

彼女はここであらゆるものを溶かす、自身の血を吐き出すつもりであった。

今までそれを使用しなかったのは、確実に命中させるために温存するため。

宙づりにされた上、目の前にいるキバに口から吐く血を命中させるなど、ノーコンのセリナでも可能であろう。



「では、さようなら」


 自分の勝ちを疑わないマスクナに対し、ライカが口元を緩ませる。


『あんた、仮にも女優なら自分ばかりでなく、もう少し周囲に目を向けたらどう?』


「何ですって?」


 その時だった!

突然地面から緑に輝く光の柱が、カンケツセンのように吹き出し、マスクナの体を貫いた。

光の柱は面積を広めると同時に、その姿を巨大な大樹へと姿を変えた。


「なっなんだこれは!?・・・なっ!!」


 この瞬間、マスクナは自身の異変に気付いた。

彼女の体が、水を吸うスポンジのように大樹へと吸収され始めていた。

すぐにその場から離れようとするマスクナであったが、金縛りにあったかのように体が動かなかった。

これもキバの忍術の1つ【大樹の術】。

精神力で作り出した種を土に巻き、大樹を出現させる忍術である。

本来は、目くらましか大樹を踏み台にした大ジャンプくらいしか使い道のない補助のような術だが

、この大樹には1つ特殊な性質を持っておる。

それは、ありとあらゆる水分を養分として吸収するもの。

格納庫でハナナが2人に話したのは、マスクナのスライムのような体も、もしかしたら養分として吸収できるのではないかという提案であった。


「いっいつのまにこんなものを・・・」


『最初に投げたクナイに種を仕込んでいたのよ。 完全に掛けだったけど、割と上手くいくものね』


 大樹の術の種は精神力で作られているため、形を自由に変えることができる。

なので、クナイ等の武器に変化させることも可能。


「ちっちくしょう!!」


 ヤケになったマスクナが宙づりのキバに向かって青い血液を吹き出す。

血液は命中し、キバの腹部を貫いた・・・が。


「なっ!!」


 血液に貫かれたキバがポンッ!!と煙に包まれると、巨大な丸太に姿を変えてしまった。

キバの忍術【変わり身の術】だ。

何が起きたのかわからずに、マスクナは茫然とする。


『どこに目を向けている?』


 マスクナがハッと我に返ると、キバは大胆にもマスクナの前に立っていた。

だがすでに10秒経過したため、膝をついてシノビフォームも解除されている。

再び触手で捕えようとするが、マスクナの体は大樹にどんどん吸収されていくため、どんどん大樹に引き寄せられてしまう。


「ちくしょうぉぉぉ!! はなせぇぇぇ!!」


 触手で大樹を貫こうとするが、大樹に触れた瞬間、触手は養分として吸収されてしまう。

逃げようにも、体が大樹に吸収されているため、身動きが取れない。

為す術なく吸収されていき、最後には顔だけが大樹に張り付くように残る。


「あぁぁぁぁ!!」


 だがそれもあっという間に大樹の養分と化し、マスクナは断末魔と共に、姿を消したのであった。



 マスクナが完全に大樹に吸収されたのと同時に、キバはその場で倒れてしまい、中にいたライカとキルカは外にはじき出されてしまった。


「くっ!・・・体が全然動かない」


 すでに限界を超えているライカは、地面に突っ伏したまま指1本動かすことができなかった。

どうにか顔を横に向けると、キルカが目を閉じたまま仰向けで倒れていた。「キルカ・・・」と声を絞り出して呼びかけるも返答はない。

一瞬良からぬ不安がよぎるが、彼女の口からかすかに聞こえる寝息が、その不安を消し去ってくれた。


 安堵するライカの耳に、「よくも・・・」と恨めしい声が届いた。

前方に目線を向けると、そこには大きな水たまりが広がっていた。

それは吸収を免れたマスクナの体のほんの一部だった。

中心からマスクナの上半身が浮き出るように現れてた。

衣服は自身の体で溶けたため、半裸の状態となっている。

半裸と言っても衣服が残っている訳ではなく、下半身が水たまりのままと言う意味だ。


「小娘共が・・・絶対にゆるさ・・・ん」


 ライカを手に掛けようと手を伸ばすが、届くはずもない。

だがその時、マスクナの目に衝撃のものが写る。


「なっ何これ!?」


 ライカに向けたマスクナの若々しい手がみるみるうちにシワだらけのみすぼらしい腕に変化した。

マスクナは信じられない腕の変貌に、底知れぬ恐怖を感じた。

おそるおそる、広がる水たまりに写る自身の顔を覗き込む。


「いっいやぁぁぁ!!」


マスクナの顔は、シワとシミにまみれた老婆となっていた。

歯もボロボロで髪の毛は白一色、声もよく聞くとかなり老けていて、「ぜぇぜぇ・・・」と息が上がっている。

キバに敗北した反動で、彼女は若返りの薬の効力も魔物と化した謎の力も失ってしまった。

因果応報の言葉通り、他人の命で得た偽りの美しさを失い、マスクナは本来のみすぼらしい老婆に戻ったのだ。

それは単に歳を取っただけではなく、若さを強引に維持したことによる副作用も重なった姿であった。


「・・・フフフ。 そうか、これは夢よ」


 自身の姿を認めまいと、マスクナは狂ったように笑いだした。


「美しい私がこんな醜い顔をしている訳がないわ! これは夢! 夢よ! そうに決まってるわ!」


 自己暗示のように、夢と言う言葉を連呼するマスクナの体はドロドロに溶け始める。


「目を・・・目を覚まさなくちゃ・・・そしてまた、美しい私に・・・」


 存在しない目覚めを求めるマスクナの心と連動するように、彼女の体は溶けていき、最期にはただの水たまりに戻った。

それが彼女の死に様であることを、ライカは感じていた。



「・・・地獄でほざいてなさい」



 ライカの意識はそこで途切れた。

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