第133話 キバ出撃
異形な怪物となり果てたマスクナに対抗すべく、双極型そうきょくがたアスト キバを起動することにしたきな子とゴウマ。
ライカとキルカ・・・2人の心が1つになった時、キバはその姿をシノビフォームへと変えたのであった。
「シノビフォーム?」
ライカがオウム返しのように聞き返すと、きな子は『せや』と頷いて、説明を続ける。
『キバは中にいるペアの心に反応して姿を変えるアストや。 シノビフォームはその中で最も俊敏な動きはできるフォームや。 名前と見た目で分かると思うけど、シノビフォームは忍者を元にした姿や。
種類は少ないけど、マインドブレスレットで忍術も使うことができる』
ライカとキルカは試しにマインドブレスレットを操作してみると、表示されている項目が増えており、そこには”変わり身の術”や木の葉が暮れの術”といった忍術が表示されている。
忍者は精神戦争で暗殺や諜報活動を行って闇の軍団に貢献していた存在であったが、今は小説の中でしか見ないほぼ架空の存在となっている。
「忍者なんて小説で少し読んだ程度の知識しかないけど・・・あんたは?」
ライカがキルカに視線を向けて、忍者のことを尋ねると彼女は顎を右手で支えて記憶を探る姿勢を取った。
「我もあまり知識はない。 昔可愛がっていた忍者マニアの美少女から少し聞いた程度だ」
やや気になる言葉はあったが、ライカやスクリーンの向こうのきな子達はそれをスルーして、話を続ける。
『あっ! 先ほどお2人の精神力を簡単に計測したんですが、今お2人の属性は”木”になっています』
「「木?」」
ハナナから聞いたことのない属性を聞かされて首を傾げる2人に、きな子が補足説明を挟む。
『あんな。 キバは取り込んだペアの属性を融合させて、全く違う属性に変えることができるんや。
ライカちゃんの風とキルカちゃんの土が合わさって、木って言う新しい属性が生まれたっちゅう訳や』
「・・・」
「・・・」
属性を融合させて新しい力を生み出す能力。
それは、新たな戦力ができたと言う面では良いことかもしれないが、パワーアップしたとはいえ、慣れない機体と力で戦闘に出ると言うのは、2人にとっては不安な要素でもあった。
しかも、さらなる不安をきな子が煽り立てる。
『あっ! 言い忘れてたけど、キバは起動したら”3分”しか動けないから気ぃつけや』
「たった3分!?」
あまりの短さに目を丸くするライカ。
キルカもあまり表情には出していないが、動揺で眉を少し動かしてしまっている。
『そうや。 しかも今回は、未完成の状態で出撃するから、2分がええとこやろ。
エクスティブモードも1回だけ使えるけど、10秒しかもたん上に、使ったら強制的にキバの中から追い出されて、エモーションも解除される』
「・・・」
情報量の多さに言葉を失うライカ。
いくら強いとは言っても、2~3分しか動けない機体で戦うななど無謀に等しい。
しかもその相手が、ほぼ無敵に近いマスクナ。
2人が見ていた希望の光が、心の中で静かに消えていくように感じた。
「再起動はできないのか?」
キルカの質問に対し、右前足の爪を3本立てて返答する。
『できひんことはないで? でもそのためには、3時間の調整が必要になる』
「3分しか動かない癖に、3時間も休息を求めるとは、随分腰の重い機体だな」
半眼で呆れるキルカの皮肉にも負けず、きな子は『その分、ごっつう強いんや!!』と反論する。
『とにかく、2分でどうにかせっちゅうこっちゃ。 ウチは転送の準備があるから、女神様、ここ頼んだで?』
そう言うと、きな子はマイクと席をハナナに引き継がせ、その場から立ち去って行った。
しかしそこで、ライカはふとあることに気付く。
「あの・・・まさかとは思いますが、今、こうしてしゃべっている時間も活動時間に含まれてませんよね?」
ライカとキルカがキバの中に張ってから、すくなくとも5分は経過している。
これが活動時間に含まれていたら、キバは出撃することなく力尽きると言うことになる。
そんな醜態をさらすくらいなら、玉砕覚悟でマスクナに突撃した方がマシだと思っていたライカであったが、ハナナが慌てて質疑応答に出る。
『そっそれは大丈夫です! 今は、格納庫に設置している特殊なケーブルを通してエネルギーを送っていますから!』
「・・・だと言いがな」
半信半疑なキルカはハナナから目をそらして呟く。
ライカも”負けた”とでも言いたげに、肩を落としてうつ向いていた。
しかしハナナはめげずに『お2人共、聞いてください!』と2人の耳を傾けようとする。
「・・・何か用?」
ダルそうに返すライカには、もはや敬語すら使う気力も失せていた。
『お2人の能力でちょっと思ったことがあるんです』
ハナナがふと思ったこの言葉が、後の戦闘で勝利をもたらすとは、この時のライカとキルカには知るしもなかった。
同時刻……。
マスクナとアストが戦闘を行っている場所から少し離れた森林上空に、黒い飛行船が浮かんでいた、
ガス袋の側面には、黒い大きな犬のマークが入っている。
それは、ブラックドギーの運搬用飛行船であった。
中には10匹くらいの黒犬が背中にリュックのようなものを背負い、目にはゴーグルを掛けている。
「こちらブラックドギー。 目的地に到着!! これから作業に取り掛かるッス!」
『OKや。 相変わらず仕事が早いな』
黒い軍服に身を包んだガタイの良い色黒男性が飛行船に設置している電話から依頼主であるきな子に連絡を取っていた。
彼はブラックドギーの責任者であるカイト ブラック。
きな子とハナナの古い知り合い。
きな子から”転送用プレート”を戦場近くに10枚セットしてほしいと言う依頼を受け、精鋭を連れて飛行船を飛ばしてきた。
転送用プレートとは円形に並べることで、簡易的な転送装置を作れる機械の埋め込まれた10枚のプレートのこと。
キバは本来、転送システムを使ってアスト達の元へ送ることができるようになっているが、未完成である今はそれができないので、きな子が急遽用意した。
1回きりしか使えない使い捨てのプレートな上、開発費もバカにならない使い勝手の悪い代物。
「いえいえ、ほかならぬきな子ちゃんの依頼とあっちゃ、無視できないッスよ」
『よう言うた! ほな頼むわ!』
カイトは一旦受話器を電話機の上に置き、周囲の犬たちに「スタンバイ!」と号令をかける。
犬達はそれに応えるかのように『ワンッ!!』と返答し、ドアの前で横一列に並ぶ。
カイトはドアの開閉スイッチを押し、吹き荒れる風が飛行船内を暴れまわる。
だが犬達は臆することなく、じっと待機している。
地面から飛行船までは数百メートル離れておるため、落ちたら死は免れない。
だがカイトが「ゴー!!」と叫んだ瞬間、犬達は一斉に外へと飛び出した。
犬達はそのまま一直線に地面へと落ちていく。
だが犬達が背負っているリュックから垂れている紐を口で思い切り引くと、リュックの口が勢いよく開き、中からパラシュートが飛び出した。
犬達は風に乗り、円形状に散らばる。
犬達は無事に着地すると、リュックのポケットから小さな転送用プレートを口で取り出し、地面に設置する。
設置を終えた犬は遠吠えで、飛空艇にいる連絡用の犬に設置完了の合図を送る。
犬達が飛行船から飛び出してわずか数分、連絡用の犬はカイトに「ワンッ!」と全ての犬達が設置を終えたことを告げる。
カイトは受話器を取り、任務完了ッス!!」とだけ報告して、すぐさま切った。
地上にいる犬達の元に、飛行船から縄梯子を投げられ、彼らがそれを口に加えるとそのまま飛行船に回収される。
戦場から多少離れてるとはいえ、危険地域であることに変わりはない。
ブラックドギーたちはあくまで運び屋であるため、きな子にもプレートを設置したらすぐに逃げるように言われている。
「グッドラックッス!!」
カイトは戦場に向かって親指を立てて、アストの勝利を祈りつつ、夜の地平線へと消えて行った。
カイトの連絡を受けたきな子は、すぐさまスタッフ達に指示を出して、プレートと格納庫のキバの位置をリンクさせる
幸い作業はすぐに完了したので、メインルームからキバの中にいる2人に通信を入れる。
『転送の準備ができたで!! 2人共、いけるか?』
きな子の最終確認に対し、2人は決意を固めた顔で、ゆっくりと頷く。
『よっしゃ!! ほんならカウント10でいくで!!』
きな子は転送システムを起動させるスイッチに前足を置く。
周囲のスタッフ達も、一転に起動スイッチに衆目する。
静かになったメインルームで、きな子がカウントを上げ始めた。
「10!きゅ・・・ファッブワクッション!!・・・あっ・・・」
『あっ・・・』
アクシデント・・・それ以外の何ものでもなかった。
くしゃみをした反動で、きな子はスイッチを入れてしまった。
これには周囲のスタッフ達も唖然とするほかない。
『きなさん! 何をやっているんですか!?』
メインルームのモニターに映るハナナが、この場の全員が思っていたことを代弁してくれた。
だがきな子は悪びれる様子もなくこう返す。
「やかましい!! 風呂上りなんやからしゃーないやろ!! 自然現象に文句言うな!!
だいたい誰や! いきなりカウントなんてしたアホは!!」
『あんただっ!!』
「「「「「「あんただっ!!」」」」」」
メインルーム内に、ハナナとスタッフ達のツッコミが響き渡った。
同時刻……。
マスクナを食い止めていたスノーラ、レイラン、ミヤの3人は、精神力に限界が来てしまい、膝をついた瞬間、エモーションが強制解除されてしまった。
「ハァ・・・ハァ・・・」
レイランはエモーションが解除された瞬間、その場で倒れてしまった。
彼女は1人で、スノーラとミヤの盾役を買っていたため、3人の中で最も疲れ切っていた。
同じ盾役でも、セリナのような広範囲のシールドが展開できないため、自由自在に動くマスクナの手から2人を守るのは、彼女にとっては相当な負担だった。
もちろん、攻撃役のスノーラとミヤも、100本近いトカゲのしっぽのような腕を撃ち落としつつつ、マスクナが進行しないように、威嚇射撃も行っていたため、疲労は想像を絶するものであった。
「レイラン・・・大丈夫?」
ミヤは疲労で動けない体にムチを打ち、這いつくばってレイランに近づく。
「僕は大丈夫。 でも・・・もう動けそうにない・・・」
スノーラは最後の抵抗にと、愛用の銃をマスクナに向けようとするも、すさまじい疲労感がそれを阻む。
「・・・くっ!」
スノーラは銃をその手から落とし、地面に倒れてしまった。
「ようやく力尽きたようですね。 ではそろそろとどめを刺してあげましょう」
勝利を確信したマスクナが数本の手をナイフのような形状に変化させる。
これで3人を斬り刻もうしている。
だがその時だった!!
『待ちなさい!!』
静止を強要させる言葉と共に、1つの影が風のようにマスクナの前に立ちふさがる。
「なんですか? あなた」
『戻ってきてあげたわよ、性悪女』
『そろそろ決着をつけるとしよう』
それは、アスト達が希望を託した最後の切り札、キバであった。
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