第132話 2つの力を1つに

 マスクナの猛攻が止まらず、アスト達も防戦一方となりつつ、徐々に疲労か蓄積していった。


ゴウアはきな子と連絡を取り、”キバ”という謎の機械の使用許可を求めた。


そして、その希望をライカとキルカに託し、2人をホームに転送したのであった。






 転送システムで一時ホームに帰還したライカとキルカ。


2人と包み込んだ転送システムの光が止むと、そこはホームの地下施設にある転送室であった。


名前の通り、ここは転送先に指定されている部屋。




「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」




帰還したことで安心感が芽生えたライカに、洗脳された夜光やマスクナとの戦闘で蓄積していた疲労が一気に押し寄せてしまう。




「くっ!!」




 彼女はたまらずエモーションを解除し、体力と精神力の消費を少しでも抑えようと試みた。


そこへ、転送室のドアが勢いよく開いた。




「お2人共、大丈夫ですか!?」




 ドアを開けたのはハナナであった。


2人の元に駆け寄った彼女は、今にも気絶しそうなライカの顔を覗き込み、ポケットから取り出したハンカチで、顔から湧き出る汗を拭う。




「あっあたしなら大丈夫です。 それより、きな子様はどこに?」




 一度息を整え、すぐさまきな子の指示を仰ごうとするライカ。


無理をしているのは明らかであったが、状況的に休んでくれとは言えず「こっちです」と汗をぬぐっていたハンカチをライカに渡すと、彼女の腕を肩に通して立ち上がらせた。




「ほら、あんたも」




 立ち上がったライカは、無言でうつむいているキルカに手を伸ばした。


しかし、過去の事実が今なお彼女の心と頭を混乱させているため、キルカにはその手を掴むことはできなかった。


こんな状態で戦闘を強いるのは、ライカとて心苦しい所はある。


だが、グレイブ城で必死にマスクナを抑えているスノーラ達を助けるため、ライカは乱暴にキルカの腕を掴み「早く!」と強引に立ち上がらせて、そのまま腕を引いて共に転送室を後にした。






「2人を連れてきましたよ!」




 ハナナが連れてきたのは薄暗い格納庫であった。


そこはアストやイーグルが格納されている所よりも、さらに大きな場所で、周囲には作業着に身を包んだスタッフ達が慌ただしくしく動いている。


その中で、スタッフの1人の肩に乗ってあれこれ指示を出していたきな子が、ハナナの声に反応して、3人に視線を向ける。




「おぉ! ハナナ様、ご苦労さん。 2人共急に呼び出してしてすまんな」




 スタッフの肩から降りたきな子が3人に駆け寄ると、ライカが単刀直入に話を切り出す。




「それできな子様。 あたし達は一体何をすればいいんですか?




「まあ、落ち着き。 物事には順序があるさかい」




 きな子は頭に付けているヘッドギアのマイクを通して「ライトや」とスタッフに指示を出す。


直後、格納庫の天井に設置してあるスポットライトが一斉に点灯した。


光に照らされて、周囲がはっきりと見えるようになった瞬間、ライカ達の目にとんでもない物が飛び込んできた。




「なっ何? あれ?」




 そこにあったのは、全長5メートル以上はある巨大な人型のアーマーであった。


頭から足の先まで真っ黒なカラーリングで、胸の中央にはボーリングの玉くらいの大きさをした黒い水晶玉のようなものが埋め込まれている。




「あれがウチが作った”双極型そうきょくがたアスト キバ”や」




 ドヤ顔で胸を張るきな子をよそに、ハナナが誰も効いていない補足事項を付けたス。




「ちなみに名前は、私ときなさんの名前の1文字目から取っているんですけど、


”キハ”じゃパッとしないので、キバにしました」




最初こそ驚いていたライカだったが、キバに近づいてよくよく見ていると徐々にその驚きが薄れて行った。


キバは確かに巨大で迫力はるが、モチーフとなるものもないため、見た目がほかのアストよりも劣って見える。


装備もなく、装甲も思ったより薄い。


素人目線だが、これの何がすごいのか、ライカにはわからなかった。




「とりあえず、時間がないさかい。説明は手短にするで? ハナナ様、2人を簡易転送機に配置させといて」




「わかりました! お2人共、こっちへ」




 ハナナはライカを肩で担いだまま、キルカの手を引いて、2人をそばにある電話ボックスのようなガラス張りの箱の中に押し込んだ。




「ちょっちょっと! いきなりなんなんですか!?」




 突然押し込まれたライカは焦りながらもハナナに説明を求めた。




「よく聞いてください。 これからお2人をこの簡易転送機で、キバの中に転送します」




「転送?」




「はい。 キバを起動させるには、アストが2名必要なんです。 


本来はマインドブレスレットの転送システムで転送するつもりだったんですが、まだそのあたりが未完成なので、きなさんが大急ぎでこの簡易転送機を作ってくれたんです」




「どうしてあたし達なんですか?」




「適当に選んだ訳ではありません。 キバは強い絆で結ばれたペアでないと動けないんです」




「絆?」




「互いを想い、尊重し合うことで、初めて生まれる力です。 お2人にはそのそれがあるんです!」




「でも、あたし達そこまで仲が良い訳じゃ・・・」




「とにかく、すぐにきなさんから指示が来ますから! ここで待っていてくださし!」




 ハナナはそう言い残すと足早にライカとキルカの元から走って行ってしまった。


取り残されたライカはハナナの言っていた言葉が耳に残っていた。


キルカのことはアストとして仲間とは思っているが、そこまで特別な感情がある訳ではない。


むしろ、普段からセクハラをしてくるキルカをうっとおしく思うくらいだ。




「・・・」




 ライカはいまだにうつ向いているキルカを見下げる。


今までのことを聞いているとは思うが、やはり戦闘ができる状態とは思えない。




「ちょっと、いつまでそうしてるつもりよ。 戦闘どころじゃないのはわかってるけど、あたし達がなんとかしないと、ヤバいんだから」




 不器用なライカになりに言葉を選んでいるつもりだったが、キルカはうつ向いたまま小さな声で、「・・・無理だ」と返し、そのままのトーンで続ける。




「母上を失ったあの時から、我の中にあるのは、憎いあの男を殺して恨みを晴らすことだけだった。


それなのに、愛しい母上が我を殺そうとして、憎い男が我を助けるために母上を殺害したと・・・そんな話を信じられるものか?」




「信じてないなら、堂々としていればいいだけでしょ? それができないってことは、あんた自身、心のどこかでそれが事実かもしれないって疑っているってことじゃないの?」




「・・・わからん」




 混乱する頭を抑え、額を床に付けるその様子は、まるで恐怖に震える子供のようだった。


ライカはそんなキルカの姿を見て、かつて父親にDVを受けていた時の自分を重ね合わた。


父親の暴言が飛び交う家と暴力で絶えない傷。


自分を庇ったことで、自分よりも苦しんだ母親が、泣きながら父親を止めようとしていた姿は今も彼女の脳裏に焼き付いている。




「キルカ・・・あたしとあんたは少し似ている。


母親のことが愛おしくてたまらないのに、話すことも抱きしめることもできない・・・でもね、決定的に違う所があるわ」




 ライカは膝を折り、うつ向くキルカと目線を合わせてこう続ける。




「それはね、あんたの父親はまだ生きていることよ。 子供の頃は何できなかったあたしでも、今なら父親に反抗できる自信があるわ。 言い返すこともできるし、なんならボコボコにすることだってできる。


でも、父親が死んだ今となっては、何ができるようになってもただ空しいだけ。


そんなあたしにできたことと言ったら、何かに八つ当たりすることだけをしてうさを晴らすことくらいよ」




 ライカはうつ向くキルカの顔を両手で持つと、強引に顔を上げさせた。


そして、真剣な眼差しをキルカの目に向けてこう尋ねる。




「あんたもこうなりたい? 憎しみを抱えたまま空しく生きたい?」




「・・・」




 キルカは今にも泣きそうな顔をゆっくりと左右に振り、NOのサインを伝えた。




「だったら、父親にきちんと向き合いなさい。


それであんたがどうするかはわからないけど、今あたし達が戦わないと、あんたは今よりもっと苦しむことになるわよ?」




 キルカの父、ジルマは今なお、マスクナの近くにいる。


左腕を失う大けがを負っているため、自力で遠くに逃げるのは厳しいだろう。


このままマスクナが暴れ続ければ、アストもジルマもみな殺されてしまう。


キルカには何が真実で何が誤っているのかが、まだ理解しきれていない。


だが、ここで何もしなければ、ライカの言う通り、一生この悩みから抜け出せなくなる。




「・・・そうだな。 お前の言う通り、ここで悩んでいても仕方がない」




 キルカの表情が少し穏やかになったことを確認したライカは、彼女の顔から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。


キルカも続いて立ち上がった時だった!


ガラス張りの箱が突如としてまばゆい光を発し、2人はその光に吸い込まれるようにその場から転送された。






「なっ何ここ!?」




 転送された2人が目にしたのは、まるで宇宙空間のような果てのない空間であった。


周囲には人や物がなにもなく、ただ広大な黒い世界が続いているだけであった。




『2人共大丈夫か?』




 突然、空中に現れたスクリーンにきな子が映し出された。


横にはハナナがちょこんと顔を覗かせている。




『今2人をキバの中に転送したんやけど、気分悪くなってへんか?』




「あたし達は大丈夫です。 でも、ここって本当にさっきのアーマーの中なんですか?


想像以上に広すぎる気がするんですけど・・・」




『中って言うても、直接機体に入った訳やない。 2人は精神体になってキバの中にある女神石の中に入ってるんや』




「精神体ってお化けみたいなものってことですか?」




『そうや、でも安心しぃ。 それはキバの中にいる間だけや。 外に出たら元に戻る』




『でも、キバがダメージを受けたら、その分お2人に痛みが生じますから気を付けてくださいね』




 ハナナがきな子のマイクを奪って補足事項を付け加えるものの、すぐにきな子が『ウチの見せ場を取るなんて100年早い!』とマイクを奪い返した。




「それで、どうすればこの機体は動くのだ? 見た所、操縦する物がないようだが・・・」




 2人のマイク争奪戦を無視してキルカがキバの操作方法を尋ねる。




『キバは中にいるペアの心がシンクロした時に動く・・・強く思うんや。 2人が今、何をしたいか』




「・・・」




「・・・」




 ライカとキルカはお互いに頷き合い、その場で目を閉じる。


そして思う・・・マスクナを止めたいと・・・。


仲間を助けたいライカの心と父親と向き合って自分の答えを見つけたいキルカの心。


2つの心が重なった時、周囲に広がる黒い空間が、夜を明ける太陽のようにパッと明るくなり、ゆっくりと目を明けた2人が立っていたのは先ほどの格納庫であった。


だが2人の目線はキバと同等の高さとなっている。




 『ようやったな!』




 再び空中にスクリーンが出現し、きな子が映し出される。




『2人共、右手を軽く動かしてみぃ』




 ライカとキルカは言われるがまま、右手を胸の位置まで持ってくる。


すると、キバも連動するかのように、2人と同じ動きを行った。


さらに右手の指を開け閉めすると、キバも同じく指の開け閉めを行う。


左手でも同様のことを行うが、結果は同じであった。


だがそこで、ライカとキルカはキバの”ある変化”に気付いた。




『動かし方はなんとなくわかったやろ?』




「はい。 でもなんかさっき見た時と腕が違ってませんか?」




 先ほど2人が見たキバはデザインがシンプルな人型であった。


だが今のキバの腕には、手甲のような物が付いている。


色も黒一色のはずだったのに、今は紫と茶色の2種類で彩られている。




 きな子は『百聞は一見にしかずや』と別のスクリーンを出現させた。


そこにはキバの全体が映っているのだが、明らかに先ほどとは外見が異なっていた。




『これがキバの”シノビフォーム”や!』




 その姿はまさしく忍者であった。

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