第129話 恐怖に縛られた愛情

アールに自らの罪を向き合わせようとしたジルマとルコール。


だが彼女は家族の言葉を全く聞かず、妹であるルコールの顔を傷つけた上に、愛する娘であるキルカすら、薬の材料として利用しようとしていた。


愛する夫であるはずのジルマすら矢で射るアールは、もはや若さへの執念に取りつかれた魔物であった。


そして、ジルマは無意識に愛する妻の体を矢で貫くのであった。






「・・・嘘だ」




 マスクナから語られた真実を耳にしたキルカの口から出たのは、母親を想う否定の言葉であった。




「母上は我を心から愛していたのだ!! そんなことをする訳がない!!」




 今の話を一切信じようとしないキルカは、マスクナの目を見てはっきりと否定した。


マスクナはそんな彼女の姿を見て、思わず吹き出してしまうが、キルカは構わず続ける。




「第一、それが真実だとしても、なぜ貴様がそんなことを知っている?」




「なぜって、聞いたからよ・・・当事者から」




 マスクナの移動させた視線を追うと、真っ青な顔したルコールが目に止まった。


キルカと目を合わせた瞬間、ビクッと肩を震わせ、目をそらした。




「・・・どういうことだ? 今の話は事実なのか?」




 目をそらして質問に応答しようとしないルコールに「答えろっ!」とキルカが怒りの叫び声を上げた。




「・・・」




 ルコールはジルマと目を合わせ、どうすべきかを目で尋ねた。


事実が露見するのを1番恐れているのがジルマに事実を語る口を預けたのだ。




「(・・・もう隠せないか)」




 これ以上で口を閉じたら、キルカの心を苦しめるだけだと判断し、決意を固めた顔で静かに頷いた。


ルコールも静かに頷くと、キルカと目を合わせてこう返した。




「・・・ええ、事実よ」






 ルコールはそこから過去の続きを語り出した。


それはキルカのためだけでなく、ジルマのためでもあった。




 ジルマがアールを殺害してからしばらく経った後、顔の痛みが引いたルコールは、アールのベッドシーツを破って包帯代わりに顔に巻き付けると、キルカの部屋に向かった。


 部屋で見たのは、そこには矢に貫かれたアールとそれに寄り添って泣き続けるキルカであった。


床は一面血まみれで、部屋の外にまで血の匂いが鼻に不快感を抱かせるほどだ。




「!!!」




 ルコールはそのあまりに悲惨な光景に言葉を失い、ドアの影に隠れて震え上がった。


アールの安否を確認すべきとわかっているが、彼女の心にはそんなことを考える余裕すらなかった。


そして、部屋の中のキルカが泣きながらぶつぶつと独り言をつぶやく。




「パパを殺してやる・・・ルコールおばさんを殺してやる・・・」




 その言葉でルコールはアールを殺したのはジルマであると察した。


認めたくない部分はあるが、家族として愛し合っていたジルマとルコールに対してキルカが恨み言のように明確な殺意を口にしている。


これは目の前でジルマがアールを殺し、その原因が自分ぬもあることを勘づいている。


キルカのことは心配だが、ここでルコールが出てくれば、彼女の憎しみを刺激することになると思い、、踏みとどまった。




「(これは・・・)」




 ルコールは部屋から続く血の跡を見つけた。


アールを殺害した時に、ジツマの服に着いた返り血。


彼女が追っていくと、血は外に通じるドアまで続いた。


先ほどまでルコールがいたアールの部屋を通ったと言うことだが、ルコールは先ほどまで顔の激痛に苦しめられていたため気づかなかったのだ。




「これって・・・」




 血の跡を追ってアールの部屋を通る際、彼女の目に1冊の本が映った。


それはアールが異種族ハンターから受け取った例の本だ。


さっきは気付かなかったが、アールがキルカの部屋に行く際に落としたものだった。


ルコールは無意識にそれを拾ってしまうが、すぐさまジルマのことを案じて外に飛び出した。




 だが血の跡は途中で途切れてしまったため、手がかりとしての価値を失っていた。


ルコールは途切れた血の先を進み、周囲に呼びかける。




「ジルマさん! どこにいるんですか!?」




 だがジルマからの返事はなく、ついに森の外まで来てしまった。


辺りには誰もおらず、一旦森に戻ろうとした時だった。




「うっ!!」




 ルコールは背中に針で刺したような痛みを感じると同時に、猛烈な眠気に襲われ、その場で倒れてしまった。




「ひひひ・・・今夜はついてるぜ」




犯人は森の周囲をうろついていた異種族ハンターの1人で、偶然見かけたルコールに麻酔弾を撃ち込んで眠られたのだ。


無論、狙いは臓器だ。




「うっ!・・・ここは・・・」




 ルコールが意識を取り戻すとそこは大きな牢屋の中だった。


周囲には大勢の若いダークエルフ達が、足を抱いて顔を伏せていた。


そこへ、銃を持った数名の男達が乱暴に牢屋のドアを開けると、中にいるダークエルフの男性を取り押さえ、そのまま牢屋から引きづるように連れ去って行った。


抵抗はしたが、武器を持ったガタイの良い男達に叶うはずもなく、最終的にはライフルで数回殴れらて動けなくされた。


男性は連れて行かれながらも「助けてくれ!!」、「死にたくない!!」と顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫んでいた。


その光景を目の当たりにしたルコールは全て察した。




「(そうか・・・私、異種族ハンターに捕まったんだ)」




 だが、異種族ハンターに捕まったと知っても、彼女は自分でも驚くほどに冷静だった。


アールが死に、キルカに深い心の傷を負わせ、その上、ジルマもいなくなった。


家族がバラバラになった今、彼女にはもう生きる気力がなかった。




「(こんなことになるなら、姉さんに詰め寄らなければよかった・・・)」




 激しい後悔の渦に飲まれたルコールは文字通り、涙が枯れるまで泣き続け、枯れた後は廃人のように過ごしていた。




 それからというもの、ハンター達はルコールに無理やり自白剤を飲ませたり、暴力による拷問で口を割らせたりと、ありとあらゆる手段で森のエルフの情報を聞き出そうとっした


体も心も限界になっていたルコールはもはや廃人と化したいた。




 そして、ハンター達に捕まってから数年後……。


牢屋にいたダークエルフ達は次々に連れ出され、とうとうルコールだけになった。


ルコールはついに牢屋から引き釣り出された。


彼女は抵抗すらせず、むしろ早く死んで楽になりたいとまで考えていた。




 ところが、彼女が連れてこられたのはホテルのスイートルームのような豪華な応接室であった。


中央には高級そうなテーブルと座り心地のよさそうなソファが並べられ、そこに1人の女性・・・マスクナ ビュールが座っていた。




「おらっ! とっとと座れ!」




 ルコールは男達になすがままソファに座らされた。


そして、向かいのソファに座っていた女性が、まぶしい笑顔で口を動かす。




「初めまして。 私はマスクナビュールと申します。 無礼なエスコートで申し訳ありません」




「・・・」




「まあ、長らく話す気もないので、率直にお尋ねしますね」




 マスクナはわきに置いていたバッグから1冊の本を取り出した。


それは、アールが手にした、悪夢の始まりとも言えるあの本であった。




「!!!」




 言葉は出さなかったが、目を大きく開けて、明らかな動揺を見せてしまった。




「この本は、捕獲時にあなたが所持していた本ですね?」




「・・・」




「これは模造品ですが、中を見ると随分熱心に研究されているんですね。 若さと美しさへと執念が本を通して伝わってきますわ」




「私はそんなものに興味はない」




 ルコールは思わず、言葉を出した。


憎い本を自分の所有物だと思われるのが、この上なく不愉快だからだ。




「でしょうね。 でなければ、そんな顔にはならないでしょうし」




 マスクナは焼けただれたルコールの顔を見下すかのように、クスクス笑い出した。


ルコールは笑うマスクナを無視してこう言う。




「くだらないおしゃべりなんてする気はないわ! 私の臓器がほしいなら、さっさと殺しなさい!!」




 怒りのまま立ち上がるルコールを、周囲の男達が取り押さえようとする。


しかし、マスクナが「待ちなさい!」と静止の命令を告げ、男達を引かせた。




「無礼を許してください・・・それで、少々小耳にはさんだのだけれど、あなた方ダークエルフは薬についての知識が豊富な種族なのですよね?」




 マスクナはアールの本をテーブルに置くと、わきに置いている自分のバックから再度1冊の本を取り出した。


それはアールの本と瓜二つの本であった。




「これは私の持つ本物のレシピです。 私は、この本に記載されている若返りの薬を欲しているのですが、何分調合の難しい薬ですから、完成には至っていません」




「・・・」




「どうでしょう? あなたをここから出す代わりに、私にこの薬を調合して提供してくれませんか?」




 エルフ族はほかの異種族に比べてケガや病気を自力で治す自然治癒能力が最も低い種族。


そのため、彼らは森や草原に生えている薬草を調合して、様々な薬を作っている。


その知識量は、人間の薬剤師以上とまで言われている。


特に、ルコールが暮らす森のダークエルフ達は、珍しい薬草が豊富なこともあり、とびぬけて薬に関する知識の豊富さや知識の吸収が秀でている。


マスクナはそこに目をつけたのだ。


だが、ルコールは当然首を横に振る。




「誰がそんなおぞましい薬なんて作るものですか!! そんなことをするくらいなら、この場で死んだ方がマシよ!!」




 マスクナもこの回答は予想できた。


だがマスクナは、表情を全く変えることなく、こんなことを口にする。




「・・・あなた。 愛する人がいますね?」




「なっ!」




 突然趣向の変わった質問を投げられ、意表を突かれたルコールは、思わず目を丸くする。


マスクナはソファから立ち上がり、ルコールに近づくと、あごを持ち、顔を近づけてさらにこう続ける。




「あなたを見ればすぐにわかります。 あなたには愛してやまない殿方がいるのでしょう?」




 無論、これは異種族ハンター達がルコールを痛めつけて聞いた情報だ。


彼女の迫力に、まるで心が見透かせられているように感じたルコール。


そして、彼女の心にいる愛しい男・・・ジルマの顔が頭によぎった。




「今のあなたの顔を見たら、彼はどう思うでしょうか?」




「そっそれは・・・」




「教えてあげます・・・醜く汚らしい顔・・・それが彼の本心です」




「ちっ違う!」




「違いませんよ。 殿方と言うのは、誰しも美しい女を求める生き者。 顔の焼けただれた女なんて見るに堪えかねません・・・そうでしょう? あなた達」




 マスクナは周囲のハンター達にそう問いかけると、「そうだな!」、「顔の汚い女なんか論外だ!」、「関わりたくもない!」とルコールを否定す暴言を浴びせてきた。




「彼は、お前達と違う」




 最後の力を振り絞って、ルコールが抵抗を試みた。


だがマスクナは口を手で押さえて、おもしろそうに笑う。




「そうですか? なら直接、彼に聞いてみますか? これでも多くのコネを持っていますからね。


あなたの顔を意中の殿方に晒すことなど造作もありませんよ?」




 それはある意味、命を奪われるよりも恐ろしい脅迫であった。


心がすでに壊れかけている彼女にとって、それは最後の理性を奪う凶器であった。


そんなことはある訳はないと自分に言い聞かせても、心のどこかでジルマに否定される恐怖があった。




「そんなことをされるならいっそ・・・」




「自害してもいいですよ? でも、死んだあとであろうとあなたの顔を見た彼の反応が気になるので、屍となってより醜くなったあなたの顔を晒してあげます」




 この瞬間、ルコールは心の中にある光がスゥーと煙のように消えた。


愛ゆえの恐怖が、彼女の心を支配してしまったのだ。




「やめて・・・」




「何かおっしゃいました?」




「やめて・・・薬を作るから、私の顔を彼に見せないで・・・」




 涙を流して懇願するルコールに、マスクナは堪えていた笑い声を解放したのだった。






 それ以来、ルコールはマスクナに言われるがまま、若返りの薬を調合し続けた。


愛する人に顔を見られたくないという小さくも大きな恐怖にしばられながら……。

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