第130話 さ迷う男

愛する家族がバラバラになり、絶望するルコールは異種族の魔の手に落ちた。


彼女の前に現れたマスクナに若返りの薬を調合するように強要され、命令されるまま薬を作り続ける毎日。


それもすべては”醜い顔を愛する人に見られたくない”という愛の強い女性にとっては死をよりも恐ろしい恐怖から逃れるために……。






「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」




 過去を語り終えたルコールが、その場で膝を付いて涙を流し、懺悔の言葉を呪文のように口に始めた。


だが、客観的な立ち位置にいるアスト達には涙を流す理由が理解できなかった。


今までの話が本当ならば、姉と止めようとしたルコールもジルマも何1つ非がないからだ。


若返りの薬を調合したのも、マスクナの脅迫が原因ならば、むしろ彼女は被害者だ。




 困惑するアスト達とは対照的に、ジルマは斬り落とされた腕の痛みを抑えて立ち上がり、ルコールに歩み寄る。


膝を降り、泣き続ける彼女の肩に右手を乗せ、彼女の悲しみを少しでも和らげようと試みた。




「君が誤ることはない・・・アールを殺して家族をバラバラにしたのは僕だ・・・僕があの時逃げたりしなければ・・・」






 ジルマの脳裏に、過去の映像がリプレイのように流れ出す。






 あの日、アールを殺したことで錯乱状態になったジルマはその事実から逃げたいと無意識にその場から逃げ出してしまった。




「あっ!」




 無我夢中で走っていたことでバランス感覚や足元への注意を疎かにしていたジルマが、転倒するのは必然であった。




「・・・うぐっ! ああああぁぁぁぁ!!」




 ジルマは起き上がろうともせず、その場で声を上げて泣いた。


愛する妻であるアールを自らの手で殺したこと、キルカの心に大きな傷を作ってしまったこと。


家族との温かな生活・・・その全てをぶち壊した自分に対して激しい怒りを覚えた。


原因や理由はどうでもいい。 


妻の命と娘の心を殺したという事実が、彼にとっての現実であった。




 涙が枯れるまで泣き続け、泣く力も叫ぶ力もなくなったジルマは、ゆっくりと起き上がると、徘徊するかのようにフラフラと前進すると、目の前には大きな崖が広がっていた。


下はごつごつとした岩の絨毯がひかれていて、落ちれば即死は確実。




「僕にはもう生きる価値はない・・・」




 妻を殺した罪を償うために死を選ぶと言えば聞こえはいいが、本音を言えばこの苦しみから逃げたいだけなのかもしれない。




「・・・」




 身を乗り出そうとしたその時、ジルマの頭にルコールの笑顔が蘇った。




「ルコール・・・あんな大けがをして、大丈夫なのか?」




 ルコールはアールに調合を謝った若返りの薬を掛けられたことで、顔にひどいやけどを負っていた。


応急処置をしたとはいえ、不安は残る。




「最期に彼女の様子を見に行くか」




 死ぬことはどこでもできると、一旦自殺を中断したジルマは、家に戻るために森の集落へと引き返した。


無論、姿を見せることはせず、あくまでルコールの様子だけを見るのが目的だった。




 集落に着くと周囲はすっかり明るくなっていた。


すでにアールが殺されたことがダークエルフ達の耳にかなり広がっていたようで、かなりの騒動となっていた。




「(もうこんな騒ぎになっているのか・・・とにかく、家に行ってみるか)」




 茂みの影に身を隠して家に戻ろうとするジルマの耳に、ダークエルフ達の会話が流れてきた。




「知ってるか? アールが殺されたって・・・キルカも母親を失ったショックで、口もほとんどきけ


ないんだってな・・・かわいそうに・・・」




「そういえば聞いたか? ”ルコールが異種族ハンターに連れ去られた”って話」




「聞いたわ。 森の見回りが見たって・・・どうして助けてあげなかったのかしら!」




「異種族ハンター数人に、1人で立ち向かえるわけがないだろう? そいつを臆病者だなんて責めるなよな?」




「でも、異種族ハンターに捕まったんなら、まず命はないよな? それにジルマも行方がわからないし、もしかしたらあいつも・・・」




「よせよ! 根拠もなくそんなことを・・・森のみんなが手分けして探しているんだから、きっとすぐに見つかるさ」




「そうよね。 私達もあとで探しに行きましょう」




 ひとしきり話し終えると、ダークエルフ達は一旦その場で解散した。




 茂みの中にジルマは底知れぬ恐怖を感じた。




「(ルコールが異種族ハンターに・・・クソッ!!)」




 ジルマの恐怖は自分への激しい怒りに変化した。


そのあふれ出す怒りを鎮めようと、ジルマは地面に拳を突き刺す。




「(僕が逃げたりしなければ・・・これ以上、家族を失いたくない!!)」




 ジルマはルコールを救いたいその感情のまま、ルコールを探しに森を出た。






 だが、手がかりもなくルコールを見つけられることはできず、時だけがむなしく過ぎていく毎日。


森で生きるダークエルフであるが故、人間の町や村で過ごすことはできず、人気のない林や荒野で1人、いくつもの夜を超えていた。。


内心、無謀だと思う感情はあった。


だがそれ以上に家族を失いたくない気持ちが勝っていた。






 ルコールを探し始めてから10年以上経ったある日。


彼女の手がかりを探そうと、いらぬ混乱を回避するためにフードを被ってダークエルフであることを隠して、人間の町で情報を集めていたジルマ。


これと言って収穫もなく、途方にくれていた時、ある男が近づいてきた。




「人をお探しですか?」




「えぇ、まあ・・・あの、あなたは?」




「私はエアル・・・もしよろしければ、私にお話ししていただけますか?」




 ジルマとエアルは、近くの木陰に腰を掛けて話をすることにした。


突如現れたエアルに対し、疑心があるのは否定できない。


だが物腰が柔らかく、親身に話を聞いてくれるエアルに、ジルマは自分の身の上を全て話した。




「そうですか・・・ご家族を異種族ハンターに・・・」




「はい・・・でも手がかりが何も見つからず、ただただ時間が過ぎているだけです」




「残酷なことを申しますが、異種族ハンターに捕まった異種族が助かる可能性がほとんどありません。


万が一、生きていたとしても、ご家族を異種族ハンターから取り戻すのは不可能だと思われます」




 エアルはジルマのルコール探しの真意を問うために、あえてこのような言葉を投げた。


ジルマは拳を握りしめてこう口にした。




「自分がどれだけ無謀なことをしているかは十分わかっているつもりです。 でも、諦めたくはないんです。 彼女がもうこの世にいなかったとしても、彼女の遺骨を家族のいる森で眠っていてほしいんです」




 ルコールが生きているに越したことはない。


だがジルマは決して現実を見ていない訳ではない。


ジルマの覚悟と信念を聞いたエアルは、ポケットからシャドーブレスレットを取り出した。




「それはなんですか?」




「これは・・・力です」




「力?」




エアルはシャドーブレスレットをジルマに突き付けると、鋭い目をジルマの目に合わせた。。




「これはシャドーブレスレットという機械です。 これを手にすれば、あなたのご家族を探し出すことができるかもしれません」




「そんなバカげた話・・・」




「無論信じるかどうか、手に取るかどうかはあなたの自由です。 ですが、これを手にしたら、あなたには大きな罪を背負ってもらうことになります」




「大きな罪?」




 エアルから聞いた大きな罪とは・・・殺人。 それも何人も・・・。


人間相手とはいえ、殺人などしたくはないと1度は断ろうとした。


しかし、エアルの”殺人を犯す理由”を聞いた途端、ジルマの心は迷った。


このまま手がかりなく探すより、シャドーブレスレットを手にすれば、ルコールが見つかる可能性はある。


だがそのためには人の命を奪わなくてはいけない。




 目を閉じて、己の心に問い掛け続けた末、彼はシャドーブレスレットを手にしてこう言った。




「僕はルコールを探し出す。 たとえ悪魔に魂を売ることになっても・・・」




 こうしてジルマは、影の1人、ウォークとして殺人を犯し続けながら、ルコールを探すことにしたのだ。


彼のターゲットは全て憎い異種族ハンターの関係者であったため、どこかしら殺人に対する抵抗が薄い所もあった。


それは偶然ではなく、エアルの配慮によるものである。




そして影として殺人を犯し続けた結果、ルコールを捕えたと言う異種族ハンターが判明した。


それが、ミュウスアイランドで夜光達を襲った男、”レーツ”であった。


当初は、レーツからルコールの居場所を吐かせようと考えていたが、潜入したエアルが”ルコールがグレイブ城にいる”と突き止めたことを記憶共有で知ったため、誠児に倒されていたレーツにトドメを刺し、ルコールを拉致した報いを受けさせたのであった。






 そして今、そのルコールが目の前にいる。


それは左腕を失ったショックを忘れさせるほどの幸福をジルマの心にもたらした。


だがそれと引き換えに、事実を知ったキルカが混乱のあまり腰を抜かしてしまった。




「ばっバカな・・・それが事実だと言うのか・・・母上が我を殺そうとした? あの男が、我を助けよとした?・・・そんなバカなことが!!」






 あまりにも大きな事実に脳が追い付かず、両手で頭を押さえつけるキルカ。


今の話が事実だという証拠はない。


かといって、偽りである証拠もない。


キルカは何が事実で何が誤っているのかが全くわからなくなっていた。






「もう少し面白い反応を見せてくれると思っていたのですが、わざわざ話してあげたわリには期待はずれですね」




 つまらなそうにキルカを見下すマスクナの態度に、ライカは怒りに任せてマスクナに風の刃を放った。


だ顔に命中したものの、すぐさま何事もなく再生するマスクナ。


無論、ライカもこの結果はわかっていた。


それでもなお、マスクナを睨みつけてこう言う。




「いい加減にしなさいよ? この性悪女」




 「フフフ・・・そうですね。 いい加減あなた達の顔にも飽きてきましたし、そろそろ死んでいただきましょう」




 マスクナは体から再び無数の腕を生やすと、再びアスト達を襲い始めたのであった。








 一方、ふもとに降りることのできた誠児とゴウマ。


誠児は夜光を駅内のベンチに寝かせ、意識が回復するのを待った。




 ゴウマはと言うと、駅に設置されている非常用の電話を使って騎士団に連絡を取っていた。


状況を端的に説明し、避難用の記者をよこすように依頼を掛けた。




『了解いたしました。 至急、そちらに向かいますので、我々が到着するまで、そこで待機していてください』




「わかりました。 よろしくお願いします・・・あと、1つ頼みがあるのですが」




『はい。 なんでしょうか?』




「この電話をホームにつなげていただけますか? どうしても連絡したい相手がいるんです!」




 本来、緊急用の電話は騎士団にのみつながるようになっている。


そのため、ほかの電話とつなげることは基本禁止されている。


そのため、『でっですが・・・』と電話対応している騎士団員が渋るのは当然の反応だ。




「責任は私が持ちます。  とにかく、早くこの電話を繋げてください!」




『わっわかりました! 少々お待ちください』




 国王であるゴウマの気迫に負け、騎士団員は電話の向こうで周囲の仲間達に電話を繋げるように伝え始めた。




「(不安はあるが、マスクナさんを止めるには”あれ”を使うしかない!)」




 ゴウマは一部の望みを賭けて、電話がつながるのを待った。

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