第124話 美しさの果て

 夜光の心を取り戻すために、誠児は命がけの呼び掛けに挑んだ。


懸命な呼びかけて、徐々に催眠が解かれ、誠児が闇双剣で夜光に魂の一撃を喰らわせた時、家族の心が戻ってきたのであった。






「2人共! 大丈夫ですか!?」




 夜光の催眠が解けて少し経った後、スノーラを先頭に、マイコミメンバー達が地下階段から団長室に入ってきた。


マインドブレスレットの捜索は終わり、全員の手にはマインドブレスレットが付けられている。


変わり果てた団長室にも驚いたが、マイコミメンバー達の目を奪ったのは、床に倒れていた夜光と誠児であった。






「夜光さん! 夜光さん!」




「誠児! しっかりして!」






 マイコミメンバー達はすぐさま2人に駆け寄り、体を揺さぶって呼びかける。


すると、誠児が重いまぶたを開け、その瞳にマイコミメンバー達を映した。




「・・・みんな。 無事だったんだね」




 目を覚ました誠児をルドが「大丈夫か?」と頭の後ろに手を回し、ゆっくりと抱き起こす。


上半身を起こした誠児が、まず目に入れたのは横で倒れている夜光であった。


レイランが「ダーリンはどうなったの!?」と今にも泣きそうな顔で誠児に問いかける。


誠児とは違い、夜光は精神力と体力をほとんど使い果たしているため、誠児と握手を交わした後、糸切れたように誠児の胸に倒れ、そのまま意識を失ってしまった。


誠児はみんなの不安を消し去るように、優しい笑顔でこう言う。




「夜光はもう大丈夫。 今は疲れて眠っているだけだ」




 誠児の言葉だけでは、確信が持てない部分もあるが、マイコミメンバー達がひとまずほっと胸を撫でおろした。






 同時刻……。


誠児達と別れたエアルは、城庭を通って橋のたもとに来ていた。


彼は左腕のシャドーブレスレットのダイヤルを操作し、【リモーション・ウェポン】と言う機能を使用した。


すると、エアルの手元に突然、刀が瞬間移動してきたかのように現れた。


これは要約すると、リモーションの機能を使って、武器だけを転送するシステムである。


マインドブレスレットでも機能を追加すれば使用可能だが、アストや影の武器は、本来アーマーを身に纏うことでその力を発揮するため、武器だけ持っても生身では扱うことはできない。


だがエアルは元々剣の達人で、その腕は夜光達が敗北したスパイアですら警戒するほどの実力。




 エアルは上を見上げて止め具の位置を確認すると、刀を抜き、橋から少し離れた。


すると次の瞬間、エアルは橋に向かって一直線に走り出し、助走の勢いで壁垂直に上がっている橋に足を付け、そのまま上に向かって再度走り出した。


10メートル以上離れている城と外を繋げる橋だが、上がっている今は10メートル以上の巨大な壁。


どんな体力自慢でも、これを足だけで上ることは不可能。


身体能力が人並み以上であるエアルだからこそできる芸当である。




「でやぁ! はぁ!」




 橋のてっぺんまで上りきったエアルは、両端の止め具を一刀で真っ二つにした。


止め具を斬られた橋は、ドミノのように倒れ、地響きと共に、城と橋を繋げる本来の役割を全うすることができた。


エアルは倒れる寸前、橋を制御していた塔の屋根に飛び移っていた。


彼は塔の階段で下に降り、橋を渡って城を跡にしようするが、それは橋の前にいた人物が視界に入ったことで、一時停止した。




「・・・エアル」




 そこに立っていたのは、ゴウマであった。


意識を失っていた川辺からグレイブ城までは、距離的にはあまり離れてはいないものの、山道の急な坂道を登る必要があるため、老体であるゴウマにはきつい道だ。


最初、セリア達がイーグルで城まで運ぼうと促していたのだが、夜光の救出を最優先させるために、そんな時間を掛けることができないゴウマは断ってしまった。


寒空の下にも関わらず大量の汗が額から流れ、息も乱れる中、断ってしまったことを内心少し後悔しているゴウマ。




「・・・お前が橋を下ろしてくれたのか?」




 エアルは「話す気はない・・・」と、再び足を進める。


一見冷たい態度のようにも見えるが、これは”早く家族の元へ行け”という彼なりの気遣いであった。


ゴウマをそれを察し、すれ違い様に「ありがとう」と感謝の言葉を伝えると、すぐさま城へと走って行った。






「・・・」




「・・・」




 一方で、思わぬ再開を果たしたルコールとジルマ。


最初こそ、ジルマの姿に目を奪われていたルコールだったが、徐々に視線をそらしてしまった。


ジルマと再会できたことは嬉しさで心が躍るような気分になっている。


だが反対に、後ろめたい過去と愛情で、喜びを表に出すことができないでいた。




「・・・どうしてあなたがここに? なぜ、影になっているの?」




 ルコールは目線を合わせないまま、頭に浮かび上がった疑念を口にした。


ジルマはうつ向き、シャドーブレスレットを隠すように右手で覆い、軽く握りしめてこう返した。




「・・・大切な家族のために僕は悪魔になった・・・それだけさ」




「・・・そう」




 ルコールはそれですべてを悟り、それ以上何も聞かず、「立てる?」とジルマに手を伸ばす。


ジルマは「ありがとう」とルコールの手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。




「・・・」




 そんな2人に近づいたのは、憎しみに彩られた目を向けるキルカだった。


マインドブレスレットに手を掛け、今にもエモーションして襲い掛かりそうな雰囲気だったがタイミングよくマインドブレスレットに通信が入った。




『みんな! 無事か!? 夜光と誠児はどうだ!?』




 通信はゴウマからであった。


電波塔が壊れて外部との通信はできないが、マインドブレスレットとゴウマの通信機は、内蔵されている女神石の力によって電波とは違う特殊な音波や光を飛ばしているため、互いの通信は可能。




「ゴウマ様、こちらは全員無事です。 夜光さんと誠児さんも、無事に合流できました」




 スノーラが簡潔に報告を述べると、ゴウマは「そうか・・・よかった」と安堵する。


だがそれもつかの間、すぐに険しい顔でマイコミメンバー達に指示を出す。




『疲れているところ申し訳ないが、すぐ城庭に来てくれ。


ワシは劇場に立て込もっている観客達を避難させる!』




 ゴウマの言葉に「でも、橋はまだ・・・」と橋が上がったままだと思っているミヤが心配そうに言葉をこぼす。




『それなら大丈夫だ。 とにかく、すぐに合流してくれ!』




 ゴウマはそう言うと、通信を切ってしまった。


陰であるエアルが橋を下ろしてくれたなどと言っても、彼女達には信じがたい事実。


下手をすればいらぬ混乱を招く可能性もあるため、説明はあえて省いた。






「・・・」




 ゴウマの通信を聞いてもなお、キルカは2人を睨み続けていた。


そんな彼女の憎しみに支配された手を押さえつけるかのようにライカが握りしめた。


キルカはその行為に少しイラつきを覚えてしまい、思わずライカに「止めるな」と視線で訴える。




「勘違いしないで。 今はゴウマ国王の指示に従おうって言ってるだけ。


夜光と誠児のことも心配だし・・・復讐ならここを出てからゆっくりしても遅くないでしょ?」




 復讐心を否定せず、あくまでゴウマとの合流を優先させるライカ。


”父親”を憎むライカには、キルカの復讐心や憎しみを否定することはできなかった。


たとえ一時的に、解放感のような快楽が味わえるだけの復讐でも、ライカはキルカの復讐心を肯定したいと思ってしまう。


それを察したキルカは、小さなため息をついて「わかった」と聞き入れてくれた。






「いやぁぁぁ!!




 その時、部屋中に耳を塞ぎたくなるような、悲痛な悲鳴が響き渡った。


全員が一斉に声を主に視線を向けた。




「マスクナ・・・」




 そこにいたのは、先ほど夜光に放り投げられたマスクナであった。


周囲には投げられた際にぶつかって倒れた本棚と、収納されていた本棚が散乱していた。


さらには、壁に設置されていた鏡も夜光とウォークの戦闘で破壊され、破片が散りばめられていた。


マスクナは手鏡サイズの破片に映った自分を見て、硬直していたのだ。




「嘘・・・嘘よ嘘よ!!」




 現実を受け入れられないといった顔で、鏡の破片を拾い、写し出された顔を覗き込むマスクナ。


彼女の顔には切り傷があり、そこからわずかばかりの血が出ていた。


本棚にぶつかって床に倒れた際に、床に落ちていた鏡の破片で切ってしまったのだ。


だが、傷は痛みを感じないほど浅く、普通ならここまでうろたえはしない。


女優ならば、命である顔に傷がつけば、平常心を維持することはできないかもしれない。


だが、マスクナは違っていた。




「私の美しい顔に傷が!! 血が!! 顔が!!」




 動揺のあまり手に持っている鏡の破片を握りしめるマスクナ。


手からはドクドクと血が流れ、明らかに顔の傷よりも深いが、マスクナには顔の傷にしか目がいっておらず、痛みすら感じていない様子であった。




「よくも・・・よくも!!」




 マスクナは意識を失っている夜光に殺意のこもった目を向ける。


マイコミメンバー達(キルカを除く)はすぐさま夜光を守る盾のように立ちふさがった。


そして、ライカがふてぶてしい笑みを浮かべてマスクナに「あんたにはお似合いの顔よ」と皮肉を込めた言葉を送る。




「その憎たらしい目・・・”リン”にそっくり」




 マスクナが漏らしたその名に、ライカは聞き覚えがあった。




「リン? なんであたしの前任者の名前が出てくる訳?」




「あいつは入団してからずっと気に入らなかったわ。


”あなたの演技には心がない”だの”みんなのことをもっと考えてほしい”だの・・・私を批判するようなことばかり・・・その癖、若さと美しさを兼ね備えた期待の役者等と周囲は絶賛する始末・・・全く、今のあんたそっくりね・・・忌々しい女」




 その時マスクナは狂気に満ちた口元を緩ませた。


それを見たライカの脳裏に、全身が凍る考えがよぎった。


恐ろしさのあまり1歩下がってしまうが、恐怖を押し殺してその考えを口にする。




「あんたまさか・・・自分の劇団の役者を・・・」




 ライカはそこで口をこもらせてしまったが、その意図はマスクナにも周囲にも伝わった。


マスクナはその場で立ち上がると、顔の傷を手で覆い、緩ませた口を開き、嘲笑うかのようにこう返した。




「フフフ・・・だって、あんな美しくもない三流以下の役者に若さなんて不要でしょう?


若さは美しい私のような女にこそふさわしい力・・・」




 まるで当たり前のことをしたかのように、罪悪感の欠片もない告白を口んにするマスクナ。


周囲は怒りすら湧かない恐怖に支配され、目の前にいる女が人間なのかすら疑ってしまう。




「フフフ・・・これが何かわかる?」




 マスクナは右ポケットから、小さなスイッチを取り出した。


警戒心を強めつつ、ルドが「何をする気だ!?」と問い掛けた。




「この城に仕掛けられた爆弾のスイッチよ。 これを押すだけで、この城は木っ端みじんよ!! 本当は証拠隠滅のために用意していたんだけど、


私をここまでコケにした上、こんな傷までつけた代償は高いわよ!!」




『!!!』




 周囲に一気に戦慄が走った。




「やめてください!  爆発すればあなたも・・・」




 セリアが躊躇を促すも、マスクナは無視してスイッチを押す。


脱出のカウントダウンが始まった。


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